異形の英雄
「――話を、しよう」
「――――」
無言。
異形は突如として対話を求めてきた不埒者を胡乱気な眼差しで見据える。
対するアキラは己一点へ集中する莫大な殺意とプレッシャーに声が震えないように何とか自分を鼓舞しながらも言葉を紡ぐ。
「お前、無茶苦茶強いなぁ。 多分『傲慢の英雄』すらも軽々と上回るレベルだわ」
「――――」
「だからさぁ、不思議になるわけよ。 ――そんな男が、今まで、一体全体何をしていたんだってな」
その言葉を耳に入れた瞬間、ピクリと異形の眉毛が微動し、鷹揚に頷くと鷹のような鋭い眼差しで問うた。
「――っ。 それが、どうした」
「ほぅ」
対峙し始めて聞いたその声は枯れ果てており、年老いた老人を彷彿とさせるモノだった。
凪いだ水面のような落ち着いており、今が命の奪いあいだというのに平静そのものの態度はこの圧倒的に優勢な状況故か。
(対話は成功……ってことでいいんだよな?)
内心で大量の冷や汗を流しながらも、余裕綽々の態度で十メートル先の巨大な六眸を見上げ、再度言葉を慎重に紡ぐ。
「お前、巨人族だろ? それだけの実力があるのなら、異種族である俺の耳にまで届くほどの成果を叩き出しても可笑しくはないって思ってさ。 その実力だ。 亜人国とかじゃあ重宝されるだろうよぉ」
「――。 成程。 貴様の疑問は理解できた」
「――――」
「冥土の土産だ。 教えてやろう。 ――やらなかったのではなく、できなかったのだ」
「……どういう意味だ」
「単純至極。 確かにかつて私は巨人族の新たな英雄として称えられた。 だがそれも刹那にも満たない。 ――終わったのだよ、一瞬で」
「要領を得ないな。 もうちょっと具体的にお話できないのか?」
そうこう言っている間にも既に肋骨からの出血は自然治癒術式によって収まり、全力を出しても左程支障はもたらさないだろう。
だが、もう少し欲を見てもいいのではないのだろうか、とアキラは異形との会話を続ける。
「私は――奴隷だ。 あの孤独な御方のな」
「……? 奴隷? 信じ難いな。 あんた程の猛者が奴隷だなんて何の冗談だよ。 多分この国探してもあんたより強い奴なんていないぜ?」
「無論。 だが私を戒めるあの御方は我らに決して可視することのできぬ首輪をつける。 だからこそ私が従っているのだ」
「――。 見えない首輪……魔法の類か?」
「否。 それはこの世界の生物ならば知性を持たなくとも自然と理解できる鎖」
「――『ルール』、か」
「正解だ」
まるで不出来な生徒を諭すかのような仕草で異形は鷹揚に頷いたのだった。
しかし、それでも疑問は残る。
交わった約定は、命を懸けても死守させるのが、この世界の、『ルール』なのは既知の事実である。
だが、約定を結ぶには両者の同意が必須条件。
それが成立しないのであれば決して約定が結ばれることなどないだろう。
ならば果たして、この男が言うあの御方とやらは巨人族の英雄を己の傀儡にするほどの何を捧げたのだろうか。
――否。
もし仮に、捧げる必要がなかったら?
「まさか――」
「あの御方は――従なければ私の家族を皆殺しにするといったのだ。 幾ら私とて家族全員を守りきることはできない。 私が折れれば犠牲もでない。 故に私は膝を屈したのだよ」
「――。 あんたの主の名は?」
「――――」
もう、理性がその名を理解している。
だが、それでも魂がそれを拒絶し、否定するのだ。
そして異形は分厚い唇を微かに動かし、その名を呼んだ。
「――『亡霊鬼』」
「――――」
驚愕は、無い。
『亡霊鬼』の手腕は悪辣極まりない。
他者の弱みの一切合切を握り、それをダシにして『約定』を結んで己の傀儡として『暴食鬼の宴』なる組織を作りだしたのだ。
如何なる英雄と言えども、究極の選択に迫られれば無力極まりない。
今眼前で構える異形の英雄が最もたる例である。
「――あんたレベルの傀儡は、他に」
「――温情はここまでだ。 済まぬが、これ以上貴様が足を踏み入れた場合私の家族が犠牲となる。 それだけは、避けなければならいのだ」
「――。 あんたは、それでいいのかよ」
「他者の意思で、他社をこの手で殺めるのに納得ができる者などこの世に存在すると思うか? 不満は数えきれない程ある。 ――だが、そんなもの今更だ。 私は己の罪を背負い、そして貴様を殺す」
「――そうかよ」
アキラは、沈痛な表情で戒杖刀を構える。
油断も慢心も一片たりともない。
全身全霊で、この哀れなかつての英雄をせめて弔ってやろうと、右腕へ魔力を集束させ、鉄拳に対応できるようにする。
「――小僧。 せめてもの情けだ。 抵抗するな。 そのように無作為に足掻いたところで、ただ苦痛を味わうだけだ」
「だろうな。 ――だが、生憎利口に投げ出して殺されるほど俺は可愛くないんでな。 丁度今は反抗期だ。 ジジイの言うことなんて聞くかよ」
「そうか――なら、抗え」
それが異形の英雄の本心かは、おそらく永遠に語られることなどないのだろう。




