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VRMMОで異世界転移してしまった件  作者: 天辻 睡蓮
二章・「アソラルセの剣聖」
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剛腕と鉄拳













 例えるならば、双剣と大剣だろう。

 

 大剣は一撃の威力に特化する代わりにその質量故に連続して振るうことができずに、手数が欠けていることは否めない。

 双剣はそれとは真逆で、手数を重視する代わりに一撃一撃の威力が減衰しているという逆転を持つ。


 そして今眼前で猛威を振るう異形は、その大剣を六本装備した最強状態であるだろうとアキラは勝手に推測する。


「オラァアアアッ‼」


「――――」


 掌打の雨。


 筋骨隆々な巨体から放たれた、豪風を伴う剛腕が何度も何度も、執拗にアキラを砕こうと繰り出される。

 躱すのは――不可能。

 先刻回避する合間に氷槍を放ってみたが、傷一つ付けることも叶わなかった。


 遠距離攻撃は無意味。


 氷槍の威力には限界があるので、魔力さえあれば際限なく力が沸き上がる筋力に頼った方が得策であろう。

 物理攻撃でしか決定打を繰り出すことができず、無作為に離脱するのは無駄に体力を消費する愚行だ。


 進むしか、道は無い。


「ウォォォオッ!」


「――――」


 裂帛の気合と共に、アキラは異形の拳に全神経を集中させる。

 

 視界がスローモーションとなり、世界に巨人と自分しか存在しないような、そんな独特の感覚にそその身を包まれる。

 いわゆる「ゾーン」と言われる状態だ。

 異形によって放たれた掌底は都合四本。


 これらを一切合切躱すのは不可能。

 

 そしてアキラは無傷ではなくより無傷に近い姿を理想とシフトチェンジする。


 迫りくる拳には慈悲も遊び、容赦といった雑念の一切が振り払われていた。

 残る感情はただひたすらに極められた殺意。

 無駄のない、洗練された鉄拳は正確無比にアキラへと爆音と聞き間違えそうな程の勢いで風を切りながら肉薄する。


(真面に喰らったな確実に吹き飛ばされるな……)


 今のところ相手は殴打以外の目立つ技巧をアキラに見せてはいない。

 情報が少なすぎる故に相手の手札が読めず、また、アキラですら身震いしてしまうこの莫大な魔力がお飾りだとはとてもじゃないが思えなかった。

 最悪、『賢者』ですら霞むレベルの魔術を扱う可能性すらあると判断。


 つまりこのタイミングで異形と距離をとるのは愚行以上の何者でもないということは自明の理である。

 しかし――回避は不可能。

 ならば――、


「――賭けだ。 失敗すれば死ぬし、勝ってもそこまで利益は無い。 ――上等」


「――――」


 次の瞬間、空間が霞むほどの魔力の奔流が吹き荒れた。

 噴き出た魔力は一糸乱れぬ流れでアキラの右腕へと集束し、強引にその筋力を無理矢理極限まで強化する。

 

 最初は【天衣無縫】で防ごうと一瞬考えたが、そもそも異形の拳が大きするし、消費魔力的にも釣り合わない。

 ならばとアキラが編み出した策は単純明快。

 即ち、目には目を、剛力には剛力を、だ。


 ――刹那、轟音を響かせ光にも届く速度で放たれた剛腕と剣閃が激突した。














 相反する力の束が衝突し合い、互いの勢いを相殺しあう。


 激突の瞬間、甲高い音が響くと同時に苛まれたのは耐え難い激痛であった。

 あえてそれを例えるのならば、片腕をトラックで吹き飛ばされるかのような、苦痛と圧倒的な圧力であろう。

 

 だが、たとえアキラが人間風情と言えども何の抵抗なしにやられるはずがない。

 裂帛の気合と共に、幾重にも重なった足場が一瞬で消滅するほどの勢いで、激烈な一閃が放たれた。

 そして勝負は純粋な我慢比べと以降する。


 アキラの全身全霊の一撃と異形の渾身の掌底の威力は拮抗しつつある。


 後はどれだけそれを維持でき、また破ることができるのかが鍵となってくるのがセオリーだろうか。

 だが、相手は生物としての秩序を完全に無視した冒涜的な存在だ。

 そんな異形に常識など、求めるのが酷なのだろう。


「――ふんっ」


「――ぁ」


 破砕音。


 何が砕けた?

 言うまでも無い――アキラの肋骨だ。


「あがっ」


 突如として襲い掛かる激痛と苦痛の嵐に血反吐をぶちまけ、しかしながら呻く暇すら与えられることなく慣性に従い吹き飛ばされる。

 流星群の如き速度でぶっ飛んだアキラは、次の瞬間荒々しい大地へと鼓膜が破れても可笑しくはない轟音と共に沈んだ。


「――――」


 今まで経験した如何なる苦痛激痛も、この痛烈な感覚に比べると霞んでみえ、なまじき強靭な肉体が意識を手放すことさえも許しやしない。

 咄嗟に殴打の衝撃によって巻き添えを喰らい砕け散った瓢箪から飛び散った水滴をクッション代わりにし衝撃を吸収しなければ一巻の終わりだっただろう。


 鮮烈な痛覚に喘ぎながらも、ほとんど根性だけでアキラは戒杖刀を杖代わりにし、何とか立ち上がる。

 

(危なかった……! 反射的に右腕で防御してなかったら絶対死んでただろ)


 全身全霊の一撃を放つため極限にまで強化した右腕が咄嗟に動いでいなければ、今頃アキラは無残なスクラップとなっていただろうと冷や汗を流す。

 

「くっ――」


 純水を操作し、不純物を取り除きながらも簡易的な止血を済ませる。

 激突した肋骨からは無尽蔵に鮮血が溢れかえっており、いつ失血死しても可笑しくはないだろうと察する。


 止血は済ませたとはいえ、あくまでこれは簡易。


 その手の才覚に恵まれなかったアキラは本格的な治癒魔術は範疇外なので、これ以上の回復は望めないだろう。

 唯一の救いはかつて戒杖刀の素材となったレイドモンスターの厚皮から編まれたこの装備に付与された自然治癒能力か。


(にしても何んだよあの馬鹿力。 運が悪かったら即死だぞ……?)


 なによりも特筆すべきはその膂力。

 当たり所が悪ければ確実にミンチと化していたと最もたる被害者であるアキラは戦慄を隠し切れない。

 

――時間だ


 時間が欲しい。

 異形というどんなレイドモンスターより難解な相手を考察し、攻略する時間。

 自然治癒で全力で動くのに問題がなくなるまでの時間。

 それが欲してやまないのだ。


「――話を、しよう」


「――――」


 唯一の勝機を己の詭弁さに託し、アキラはにこやかに異形へと対話を試みたのだった。

 

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