急襲
偶にはやってみたかったスパイモノの定番ネタです。
そして毎度の如くさりげなく伏線を設置するスタイル。
ルシファルス家の存在、というより代々引き継がれた魔術はこの章で大きな鍵となるでしょう。 きっと、多分。
深夜一時。
「……眠ぃな、アダール」
「同意せざるをえないな」
地下深く、そんな低音が響く。
声の主は顔に数多のシワが刻まれた老人と左腕がやたらと傷だらけの中年だ。
その奥には一人の淑やかな少女がジッと二人を見つめている。
その瞳には光は無く、全てに絶望したかのよう。
「俺のような荒くれ者でも案外雇ってくれるモンだな」
「油断するな、小僧」
「平気平気。 そもそもこんなところにまで潜り込んでくる物好きなんているか?」
「……はぁ」
老人はやれやれとばかりに思いため息を吐いた。
「憎々しい人族共にとって、このお嬢さんがどれほど価値があると思うか? ただの少女と侮るな。 魔力は封じたとはいえ、何をしてくるか分からぬぞ」
「……ルシファルス家の長女、ね。 言う程重要か?」
「お主でもその名を知っているのだな。 ちと安心した」
中年は老人の皮肉に気が付く様子もない。
それをどこか哀れな者をみるかのような眼差しで見つめる老人。
――ルシファルス家。
かつて、二度にわたって魔族を終焉へと導いた者たちだ。
その手腕は凄まじく、魔族を束ねる魔王ですら敗北を喫したらしい。
だが、魔人族たちは彼らの猛攻になんとか耐え、そして滅亡を免れた。
その当時の記憶はまだ新しい。
「じゃぁさ、なんでこいつ殺さねぇんだ? 危険だろ?」
「馬鹿者が。 交渉のカードに使うからに決まっておるであろう」
「あぁ」
その言葉に中年は納得する。
それならば不自然でもない。
「だからこそ、この憎々しい小娘を死んでも守らねばならんのだ」
「死ぬのは勘弁だなー」
「この先、この娘を狙う刺客の者が現れるやもしれぬ。 その時は覚悟しておけ」
「オッケー、分かった分かった」
中年が「降参!」とばかりに両手を天へと上げる。
そして――、
「じゃぁ、死んでくれない?」
いつの間にか握られていたナイフで老人の体を刺し貫いた。
「がはっ……何故?」
「何故? んなの決まってるじゃねぇかよ。 無駄に年食ってんだからもう少しは読めよな」
そして、中年は老人の血が付着した指で己の額を――引き剥がす。
「なっ……」
「なんかスパイみたいだな。 やっぱ王国には感謝だわー。 こんな優秀なアイテムを発明するんだからな」
そして現れたのは老人がこの長い人生において一度も見たことのない鮮やかなブルーの髪の青年だった。
バッと振り返ってみると、同胞たちが血を流し崩れ落ちている。
明らかに、彼らは死んでいた。
その事実に老人は戦慄を隠しきれない。
「白兵戦もいいが、やっぱ暗殺も偶にはやらんと腕が鈍るな」
「お主は……一体誰じゃ!」
その慟哭を聞いた青年は、ニヤリと口元を歪め
「教えなーい♡」
老人の頭部を踏み潰した。
綺麗に血を拭きながら俺はガバルドの言葉を思い返す。
『手筈は整えてある。 後は存分に殺せ』
それがガバルドの唯一にして最高の命令だった。
何をしたんだが、まさか俺を警備員にしちゃうとはな……
おそらく、魔人族たちは警備すらにも細心の注意を払っているだろう。
だというのに今こうして俺が侵入できた。
(やっぱ内通者居るな)
どうやらお互い様だったらしい。
一体誰がスパイなのやら。
しっかし王国の技術の低さと高さの高低差にはちょっと驚いたな。
王国は魔法関連の技術においてはかなり腕が立つ。
それこそ、こんな顔の輪郭を変えちゃうマスクなんて作ってしまうくらい。
だが、兵士のレベルはどうだろうか?
良くて〈炎弾〉、悪くて〈火の粉〉すら出せないレベルだ。
とてもじゃないがこんなマスクを作れるとは思えない。
これらから導きだされる結論は……
(〈黄昏の賢者〉、ね)
やっぱり、その賢者とやらが一枚噛んでいるのだろうか。
これもガバルドに確認してもらう必要があるな。
だからこそ、さっさとこの姫さんを連れだすか。
「よぉ姫さん。 王国側から救援に来たぜ。 ま、俺はあくまでバイトなんだがな」
「…………ぃ」
「はぁ?」
姫さんが何か呟く。
それは掠れるような声色で、とてもじゃないが聞き取れなかった。
「…………要らない」
ちょっと何言ってるのか分からないですねぇ。
もしかして、本当にエロ同人さながらの展開でもあって精神が壊れでもしたのか、なんていう失礼な疑惑が浮上する。
この子瞳に光ないしな。
本当にそんなこともあったのかもしれない。
俺としては前屈みにならざるを得ない展開である。
まぁ、知らんがな。
「お前がどう思おうと、俺はお前を連れて帰る。 それが俺に任務だからな。 ほら、さっさと起き上がれ」
「……なんで?」
うわぁ……面倒くせぇ。
ただえさえ時間がないのに。
うん、もう面倒臭いから埒しよう。
俺は姫さんの体を強引に掴み、そしておんぶするように抱える。
えっ?
そこはお姫様だっこにしろ?
沙織以外の女って存在価値ある?
「つべこべ言わずにさっさと問答無用で救われろ。 あと重い」
「…………!」
「ちょ、痛い! もうなに!? なんで助けてあげたのに殴るの? ちょっと常識がなっていないんじゃないかな!?」
それでも殴打を止めない姫さん。
この世界って、マジで破壊衝動に汚染されていやがる。
「んじゃ、行くか」
そして俺は姫さんを抱えて駆け出した。




