相対する虚ろな少年と黄昏の賢者
キレそう
――声が聞こえた。
「気持ち悪い」「本当に同じ人間なのか?」「機械の方がよほど人間味がある」「お前など人間などではない」「気味が悪い」「どうしてそんなに目聡いの?」「君なんかに、僕の気持ちなんて分からないだろうね!」「吐き気がする」「少なくとも、あんまり長く見ていて気分が良くなる類のモノじゃあないことは確かだ」「何故お前はそんなに虚ろなのだ?」「人間様の気持ちを機械ごときが分かったかのような口ぶりで話すな、気色が悪い」
誰も彼もが否定する。
存在を、生きる意味を、感情を、全て、全て。
分からない。
その少年にとって、どうして自分が気味悪がれているのかまったく理解できなかった。
――声が聞こえた
「――無理、しなくていいんだよ?」
その可憐で澄んだ声に救われ、ここまでたどり着いたことを話してもきっと記憶を無くしたあの子にはピンとこないだろう。
少年にとって、自分を変えたあの瞬間を張本人が忘れていること。
ただそれだけが唯一の不満だった。
「――術式改変【天衣無縫】」
刹那、世界の法則が入り乱れる。
俺を魔術を帯びた右腕がドアノブに触れた瞬間――確かに、今はもう理解できない何かがが消え去った気がした。
「……どうやら、成功したみたいですね」
「? 何をだい?」
「あぁ。 そういえばそうでしたね」
怪訝な表情で俺を見詰めるヴィルスト。
つい先刻折角俺が隠し通していた魔術を披露したというのに、その顔に浮かんでいるのは無理解だった。
まぁ、それも仕方がないか。
『消去』の魔術は文字通り存在を否定する。
つまること俺に否定された対象の存在はこの世界から消え去り、あたかもなかったように振る舞われる。
といっても一部例外もあるんだけどね。
「んじゃ、俺は行ってきます」
「? 私は置き去りかい?」
「済みませんが、ここからは企業秘密ですよ。 まぁ、貴方が情報を漏らすなんていうことはしないと承知していますけど、やっぱ念には念を入れておきたいってことです。 盗聴も止めてくださいよ?」
「君は私のことを何だと思っているのかい。 確かに不審に思うが、それでも君が個人的に動いていることはなんとなく分かっている。 ――だから、今回は特例だよ」
「――。 感謝します」
流石は大貴族、その寛容さはまるで慈母のようである。
「――それじゃあ、ちょっとぶちかましてきますね」
「頑張ってね」
「できる範囲なら」
そして俺は何ら躊躇することなくあの高原へ繋がる扉を開いたのだった。
◇
そして、ようやく冒頭に戻る。
「――よぉ、クソ野郎」
「……私は別に女装した男性ではありませんよ?」
「クソ野郎:性根が腐りきっているクソ同然の者を指す」
「ナチュラルに罵倒しないで欲しいですわね。 私に「そっち」の趣味はございませんよ?」
「言う程自然か?」
幼女にしては年不相応なほどやけに悠々とした雰囲気で淑やかに紅茶を超ローペースで飲む『黄昏の賢者』。
俺は適当な椅子に座りながらも、無許可に適当に茶を淹れ男らしく飲み干す。
「おやおや。 他人の紅茶を、無許可に飲み干すとは。 最低限の礼儀すらなっていないですわよ?」
うぼっ。
口から溢れだすのは明らかに劇毒でも混入したとしか思えないような刺激的な味わいだ。
お、おのれぇ!
勝てないと分かっていて紅茶に劇毒を混入するなんて卑怯だぞ!
「ですわよ口調で辛辣に罵倒されるのは新鮮だな。 今度沙織に懇願してみようか。 そしたら絶対興奮するわー」
「あら。 さぞかし度量のある奥様ですわね」
「おいおい、勝手に結婚したことにするなよ。 いや、そりゃあ心の奥底から結婚してハネムーンしたいけどさぁ」
「これは失礼を」
「謝罪するのならもうちょっと申し訳なさそうにしてくれません?」
「あらあら」
再度今度は少し慎重に紅茶をついでみるが、どうもその手の類に関しては不器用らしく灰同然の汚物が出来上がる。
まず出来栄え以前にどうしてただの紅茶から灰が生成されるのだろうと疑問に思い、中を確認してみるが至って普通の紅茶だ。
はてさてどうしてこうなった。
これは我ながら才能なのではないのだろうか。
だがこんなところで挫けず不撓不屈の精神を生きる目標としていないのかもしれない俺が諦めるとでも……?
俺は細心の注意を払い、ミリ単位で管理された手捌きでまるで科学者のように紅茶をティーカップに注ぐ。
「――それで、本題は?」
「待って! 今すごくいいところだから――あぁ!? どうして悪化して汚物になるんだよこんちくしょう!」
「――。 ただ闇雲に騒ぎにきたのならば、さっさと帰ってもらえます?」
「うわぁ凄い辛辣。 そう怒んなよ。 俺だって挑発するためにやってるんだから」
「いっそ堂々と挑発と宣言するのもどうかと思われますが?」
「いいだよ、俺だから」
「無茶苦茶な」
……まぁ、そろそろ潮時からぁ。
これ以上挑発すると短気な『賢者』殿がキレるかもしれないし、やっぱそれはあんあまし得策じゃないだろう。
それじゃあ、本題に入りますか。
「さて、俺にクソ野郎認定された可愛いいたいけない幼女『賢者』殿には二つ、悪い話がある。 どっちから聞きたい?」
「そこは良い話と悪い話、ではないのですか? 鞭と飴をご存じないのですか?」
「生憎俺は『敵』と認定した奴は徹底的に攻めるんでね。 一片たりとも慈悲はねーよ」
俺は微笑むメィリへ「べー」と舌を出す。
「――では、無難に一つ目の悪い話を」
「そうかいそうかい。 実に凡庸で面白みのない回答だ。 ――メィリ・ブランド。 現在ただいまお前には『厄龍』ことルインとの関係性を疑われているが、何かコメントは?」
「――――」
『賢者』は、何も答えなかった。




