喪失と懐古
やったぜ(ドヤ顔)
「あー。 久しく実家に帰った気分だわー」
俺は一人、何と無しにそう呟いた。
結局龍艇船の進路にはなんら障害もなく、特にこれといったトラブルもなく進み、遂に王国へと期間を果たした。
ちなみに月彦はガバルドの元で正式に騎士をするそうだ。
まぁ、お似合いってカンジ?
余談だけどガイアスは失踪中。
ぶっちゃけ平常運転なのでそこまで動揺するような内容じゃない。
どうせせっせと悪巧みでもしているのだろう。
まぁ、どうせ彼の目的が叶うにはまだまだ時間が必要。
今すぐどうこうって話じゃないし、ガイアスへの干渉は、ちょっとばかり妨害する程度に留めておいた方が賢明か。
そんなこんででちょっとした事情聴取的なイベントも終え、ようやくこの豪華絢爛な屋敷に辿りつくことができたわけだ。
「懐かしいなー」
離れていた期間はたったの二週間。
だってのにどうして懐古なんていう感情を抱いているのだろうか。
そういえば、あくまで一か月程度とはいえ、この屋敷にほとんど居候してもらってたわけだから、第二の実家と言っても過言ではないのかもしれない。
(姫さんはちゃんとおとしやかに過ごしてるか……。 また変なトラブルを起こしていないか心底心配だぜー)
シルファーは見た目に関しては文句すらない超絶淑女だが、どう間違ったのかいさか性格が破天荒すぎる。
前だって一度屋敷から無断で脱出したことさえもあるのだ。
このご時世では割と珍しいと思うそういう令嬢は。
と、その時屋敷へ近づく俺へ門番が迫ってくる。
「――。 あぁ、スズシロ殿ですか。 これは失礼を。 直ぐに開けますからね」
「おいおい、そんな警備で大丈夫かー? もし俺がスズシロ・アキラに変装した変質者だったどうする?」
「確かに変質者ですね」
「ちょっとどういう意味だ」
門番の畏怖するようなそんな眼差しに嫌な予感がする。
ちなみにこの門番とはそれなりに友好な関係を築けている。
この一か月のニート生活で、俺のことを人畜無害と舐め切っているのもあるが、やっぱりシルファーのおっさんの命令が強く影響しているだろう。
それなりにおっさん、もといヴィルストは俺にこそこそと弁座を図ってくれていたらしい。
感謝である。
俺はどうせならとそれなりに親しい知人である門番に近況を尋ねた。
「門番さん、姫さん大丈夫だった? なんかまた変なフラグ経てたり騒動巻き起こしていない?」
「――。 それが……」
門番はどこか申し訳なさそうに言葉を濁す。
「――――」
この反応、平穏であると決めつける方が頭おかしい。
何かあったな、と目を細くする俺の肩に突如として感触が。
振り返ってみると、そこにはどこか鬼気迫った表情のおっさん――ヴィルストが俺の肩を握っていた。
「ん? どうしたんですか、ヴィルストさん」
「――。 ショックを受けないで欲しい、アキラ君」
「――――」
適当に茶化してみるが、雰囲気は和むどころか刻一刻と切迫しているようでさえあった。
「――娘は今、記憶を失っている」
「――貴方は、誰ですか?」
「――――」
その少女の第一声がそれであった。
確かに、初対面の異性が突如として私室に侵入してきたらそんな台詞が出てくると思うし、警戒もするだろう。
そう、それが当然の反応だ。
――これが初対面であったの場合の話だが
「……さて。 一体全体どうなってやがる?」
俺はお手上げとばかりに両手を上げ、チラッと隣で痛々しいモノでも見たかのように顔を歪めるヴィルストを一瞥する。
実際、父親視点からすれば相当ショッキングな出来事なのだろう。
眼前で見知らる男――当然、俺――へ警戒するように一歩後ずさる少女――シルファーの瞳に宿った感情に温かいものなんてどこにも無かった。
無理解、驚愕と、警戒。
それがまるで宝石のように鮮やかな双眸に宿った感情のすべてだった。
「――一週間前、深夜突如としてこの屋敷に侵入者が現れた。 狙いは娘だろうと考え、必然私が対処しようとした」
「――――」
「だが、一体どのような小細工を弄したのか屋敷の転移機能になんらかのバグが発生してね。 屋敷の構造が狂いに狂いってね。 アーティファクトを修復し終わった頃には既に娘はこの様さ。 本当に、情けない……!」
「小細工、ね」
当初はその規模の壮大さから気が付けなかったのだが、この屋敷は一つのアーティファクトなのである。
それに付与された効果は「転移」と「空間歪曲」。
これにより屋敷には幾重ものハリボテの通路や部屋が存在し、迷宮と化する。
開発者はよく考えたねーってカンジ。
まぁ、だからこその欠点も存在する。
例えばアーティファクトに必要となる「核」を破壊すればその効力を失うし、もっと高度になるとハッキングさえも可能だ。
今回の場合後者だろう。
核をハッキングできるような奴結構限られているし、そこら辺を探せば犯人確定は時間の問題ってことか。
だが、問題はそこではない。
「――――」
考え込む俺を胡乱気に見つめるシルファー。
その瞳からは二週間前までは確かにあった親愛などの感情の一切合切が抜け落ちており、俺をきさぐさそうに見据えている。
「あれっ。 これ詰んでね?」
余りに絶望的な状況に俺はそう嘆いたのであった。




