絶対防壁の綻び
どうしてだろう。
どうして私が書くと正義の味方が極悪人になってしまうのだろう。
『最速の騎士』を攻略する方法は主に二つ。
まず最初に考え付いたのが、相手の魔力が尽きるまでひたすら戦うという案。
エルの『反転』はあくまで魔術。
あの不可視の足場には微かではあるが確かに魔力を感じられたし、それは間違いないのではないだろうか。
だが、これは余り現実的ではないだろう。
そもそもの話、速度に関していえばエルは何倍も龍を圧倒しているし、その太刀の威力も十分以上。
果たして龍はエルの魔力が尽きるまでこの状況を維持し続けることが可能なのだろうか。
最も己の実力を理解している龍はそれを否定する。
ならばもう一つの方法はどうだろうか。
その方法は余りに単純明快で、赤子でも思いつくような稚拙な考えだ。
だが――既に目星は付いている。
「――〈反転〉っ」
「――ハァァアッッ‼」
裂帛の気合が迸る。
刹那、目に留まらない程の速度で幾多もの鋭利な爪による斬撃がエルへと放たれた。
爪は加速を繰り返し、爆炎でエルの斬撃を捌きながらも一息で何十もの絶え間のない猛攻を繰り出す。
轟音。
それは龍の鉤爪が何度も何度もエルが展開する不可視の壁によって阻まれ、『反転』したことによって生じた音だ。
どうやら、龍の予想は正しかったようだ。
全力――には程遠いが、傍目から見れば十分その剣幕から龍の真剣さが伝わってくる。
誰も彼が手抜きをしているとは思えないのだろう。
だが、龍には手加減をしなければならない理由があった。
龍の鉤爪が障壁へ衝突し、その衝撃が文字通り龍へと『反転』する。
このペースで攻撃を繰り返せば、たちまち龍の両前足は満身創痍となってしまうことは容易に想像できた。
だからこそ、この威力。
客観的に俯瞰すれば十分本気を出していると錯覚されられるだけの速度と剣幕。
これならば二重の意味で被害を最小限に留めることができるだろう。
龍は人間と比べると非常に巨体である。
例えるならば大剣ではないだろうか。
人間の筋力では大剣を連続して振るうことはそう容易ではないだろう。
この連撃は、龍の両前足を駆使しているからこそ可能となったに過ぎないし、そもそもそれだけでは手数は足りない。
ならばどうするか。
「――「爆龍・波天」ッ‼」
「くっ……! 厄介なっ」
そもそも龍はその身に摂氏二千度を遥かに上回る爆炎を纏っている。
今更火炎が『反転』しようと、さして問題では無かったのだ。
龍が尋常ではない集中力と現実離れした技巧によって構築された火炎は、瞬く間に全方位を覆いつくす。
そして次の瞬間、術者である龍ごと呑み込んで殺到していった。
一瞬だ。
一瞬、本来あるはずの抵抗感と『反転』による衝撃に、隙間が空く。
そして龍はその一欠片の綻びを逃さず――全力で、薙ぎ払う。
「――ぁ」
吐血。
龍が、ではない。
常人離れした龍眼は、確かにエルが鉤爪に引き裂かれ、盛大に吐血する姿を確認することができた。
たった一撃。
その一撃は疑念は確信へと昇華される。
(やはり、我の読みは正しかったか!)
龍は内心で歓喜しながらも、一切炎の勢いを緩めることなく猛攻を再開する。
気づいたのはほんの少し前。
大空は龍の庭であり、当然そこに侵入した異物の気配程度容易に察知することが可能だ。
その敏感な感覚は、つい先ほど龍を閉じ込めた障壁の牢獄がいつのまにやら消え去って霧散していることに気が付いた。
そこで龍は考え、ある結論に達する。
――不可視の障壁には時間制限があるのではないだろうか、と。
そもそもの話、エルの『反転』は魔術。
つまること異能とは違いちゃんと魔力は喰うし、無限に不可視の障壁を展開し続けることができるわけじゃない。
だからこそエルは、自動的に障壁が現世に滞在できる時間を設定しているのだろう。
そうでなければ壁を維持するのに莫大な魔力が必要となり、戦闘中は必要か否かを選択する暇などないのだから全自動にしているのだろう。
もしその仮説が正しいのならば、龍がとるべき一手は単純明快。
つまり、エルの障壁展開速度を圧倒的な手数で打ち破ればいい、なんていう滅茶苦茶な作戦は結果的にだが功を奏したようだ。
「チッ!」
「――――」
エルは苛立ち気に舌打ちし、次の瞬間音速を超越した速度で龍が作り出した弾幕からの離脱を図る。
当然、それを龍が許すはずがない。
「――〈反転〉ッ‼」
「させんよ」
エルが不可視の障壁を足元に展開し、軽やかに跳躍する。
推し量るに、エルは不可視の壁を足場にすることで跳躍によって生じた衝撃を『反射』し、加速しているのだろう。
初速自体は大したものではないが、果たしてそれが何度も何度も繰り返されればどうだろうか。
その速度は雪だるま式に積み重なり、ついには光の速度へ到達する。
だがしかし、おそらくエルの凄まじい速度に障壁の展開が追いつく可能性は非常に少ないだろう。
障壁を足場にすれば無理矢理方角を『反転』させることも可能だろう。
ならば、全方位を焼き尽くすまで。
「燃え尽きろッ! ――「爆龍・天玉」ッ‼」
「――――ッ!」
龍の爆炎がエルを吞みこみ、燃え滾る炎熱が『最速の騎士』を焼き尽くす寸前――、
「――「清罪」」
そして――裁きが、下る。




