爆龍
体から命が今まさに零れ落ちる光景が嫌にハッキリと見えた。
切り刻まれる度に血飛沫が宙を舞い、何度も何度も、執拗に龍の体を念入りにズタボロにしていった。
だからこそ――魂と、龍種としての矜持がその未来を否定する。
有り得ない、と。
何故ならば己こそ至高の種。
生命の頂点に立つべき存在が、このような羽虫に刻まれては末代までの恥である。
ならば――今この炎を以って、その無様を羽虫ごと焼き尽くす。
それこそが――龍として最も清く正しい振る舞いなのだから。
「――「爆龍」」
「――――」
刹那、視界を燃え滾る爆炎が覆いつくす。
溢れ出した火炎はもはや海と形容しても過言ではない規模となっており、空中これを避けるのはそう容易ではないだろう。
――異能は、誰しも平等に分け与えられている。
異能はシステムに一切関連しない、生物が持つエネルギーがなんらかの形で異変し、超能力のような形へ成ったと言われている。
しかしながら万人が異能という超能力を持ち得ているわけではない。
規則性は皆無だが、それでも一万に一人程度のペースで異能者が生まれることが分かっている。
そして龍の異能は「爆龍」。
その身に魔力によって構築した火炎を纏うという至ってシンプルな術式だ。
だがしかし、その爆炎は先刻放ったブレスよりなお一層強大な熱量をその身に宿していることは一目瞭然。
この熱量ならばあるいは――。
「――生憎、無策で挑むような真似はしない」
「ちっ。 読みが外れた」
しかしながらどんなに凝視しようともエルの額には重症どころか掠り傷一つない。
龍の「爆龍」の範囲は余りに広大だ。
そして、その身を燃料にするため、必然その炎に宿る熱量は凄まじく、幾ら魔力で防御しようと人間ではまず死ぬ。
だが、これだけの火力でも実際は傷一つ刻むことすら叶わなかった。
が――収穫は、有る。
龍は先刻の光景を再度脳裏に浮かべる。
エルへと龍が放った爆炎が到達した瞬間――確かに、その火炎がこちらへ反射される光景を見ていた。
そして〈反転〉とやらの名称も含めて考慮すれば、導き出される結論は唯一無二。
「――反射。 それが貴様の魔術の正体だ」
龍は爆炎より生み出した翼をたなびかせながら、そう悠然と宣言したのであった。
一瞬エルは虚を突かれたような表情をするが、あくまで一瞬。
「――愚かな。 俺にその呟きに答える義務はどこにある? 何故答えると勘違いした?」
「否。 それで十分。 ――どうやら、我の推測は正解だったようだな」
「――――」
「沈黙は肯定とみなすぞ、下賤の者」
「信じない、信じない。 そもそもそれが真実である根拠はどこに?」
「逆に聞くが、それに答える義務はどこにある?」
「ハッ」
情報の開示は余程の利益が無い限り愚行である。
だが――龍はあえて最も愚かしい行動を行う。
その理由の第一は、端的に言うと時間稼ぎである。
先刻のラッシュで龍の体は既に満身創痍に近い状態へとなっている。
これ以上の負傷は余りに危険と判断し、龍はあえて相手に己の魔術を悟られたことを伝え、警戒させる。
これで相手も迂闊に飛び込んできたりはしないだろう。
龍は人間離れした自然治癒能力を保有している。
あとほんの数分負傷を抑えれば、全快とは言えないものの全力を出すのに支障がない程度には回復できるだろう。
翼は爆炎で何とか代用しているが、これに慣れるのにもそれ相応の刻限が存在すると龍は踏んでいる。
警戒し、思案し、集中しろ。
人は考えることのできる生物だが、だからこそそれによって生じる弱点も十分存在することを幾多もの英雄と呼ばれる猛者たちを葬ってきた龍は理解している。
しかも今対峙する相手は、明らかに他者を、というか世界を信じ切れていないようなそんな臆病者独特の気配がする。
憶病者ほど幾多もの敗北を経験しており、故に最後の最後まで油断しないだろう。
「――あ?」
だが次の瞬間、エルの姿が瞬く間に消え去る。
目視する暇もなく――一閃。
この短時間何度も何度も味わってきた二百年ぶりの苦痛に苛まれ、血飛沫さえ圧倒的な熱量に蒸発する。
確かに、エルは臆病者の中の臆病者だ。
だが、それはその一歩を踏み込めない理由にはならない。
「――〈反転〉」
「くっ! 「爆龍・天玉」ッッ‼」
形勢不利を悟ったのか、龍は即座に虚空に渦巻く爆炎を集束させ、幾多もの球体を凄まじい技量と集中力で作り出す。
次の瞬間爆炎が超圧縮された球体は一斉に、龍すらも目視することが不可能なほどの速度で肉薄する。
だが――無駄。
「――〈反転〉っ」
「――! そういうことかっ」
ようやく龍はエルの魔術を正確に把握した。
これはあくまでも龍の空虚な妄想に過ぎないのだが、推し量るに「反射」の鍵を握るのはあの不可視の障壁。
あの障壁に触れた存在すべてを「反転」し、勢いを落とさずに次々と障壁を展開し簡易の領域を作り出したのだ。
故に龍の火炎を防ぐのはあまりに容易で、逆に龍へ文字通り飛び火してしまうだろう。
強い。
まだ不明な点も多いが、それでも障壁の弾幕を突破するには並大抵の労力では叶わないだろう。
だが――一握りの希望。
これが叶うのならば――龍にも勝機がある。
「――訂正するぞ、ニンゲン。 貴様は決して下賤の者なのではない。 ――紛れも無く、我の『敵』だ」
「――――」
龍はそう堂々と宣言すると、その希望を叶えるべく己からエルへと猛然と突き進んでいった。
ライズ買いたいけどそもそもスイッチ持ってないという衝撃の事実に直面する作者。
ちなみに私は永遠の3ⅮS派です




