落下
ワールドトリガーたった十二話で終わってちょっと残念。
「――――」
「ちっ」
初手は最も遠距離攻撃、それも必殺の一撃を片手間のように放つことが可能である龍の息吹であった。
ブレスは射線上の雲を一瞬で薙ぎ払い、猛然と音速さえも上回りエルへと迫る。
初手と言ってもその威力は国家を滅ぼすレベル。
これが初手であり王手でもある可能性は十分以上にあった。
だが――それは相手が『最速の騎士』で無かった場合の話。
純粋な瞬発力ならば全盛期のガバルドさえも上回るエルには、この程度の速度ならば亀にも及ばないほど遅い。
「――〈反転〉っ」
「――――」
エルは不可視の何かを足場にし、跳躍する次の瞬間弾丸のように加速する。
その速度は音速などとっくの昔に超越しており、本来超えることのない光の速さにまで到達しているのではないかと思わせてしまう程。
それに比べれブレスはまさに亀の如き歩幅だ。
必然、それを回避できないワケがない。
凄まじい速度で射程圏外へ離脱したエルは、その勢いを殺さず方向転換し、龍へと弾丸と化し迫りくる。
(されはて。 如何なるカラクリか?)
エルの速度は人間が繰り出せるそれを遥かに超越している。
魔力で身体を極限にまで強化しようと、きっとこの速度には到達できなかっただろう。
それを単純な筋力で成し遂げるとは到底思えない。
つまること――何らかの、魔術が関連している可能性が非常に高い。
(あの不可視の障壁。 既存の障壁とは何か違うような……)
だがしかし、その思考は次の瞬間霧散する。
「――余所見か?」
「なっ――」
この瞬間、龍がエルを食い入るように凝視していたのにも関わらず接近を許してしまった理由は二つ。
対峙するニンゲンは常識へ思いっきり中指を立てるような存在である。
それに、先刻の速度が全力である保証はどこにもなく、余力を隠し持っている可能性は十分にある。
その自明の理を失念していたからこそ、龍はエルを見逃してしまった。
更にもう一つ。
それは――衰え。
龍はかつてかの『英雄』の手によって封印された龍種の一匹。
封印中は物理時間こそ流れないが。それでも思考が停止するわけではない。
そして龍が封印にその身を縛られた年月――およそ二百年。
この途方もない年月は、己と対等以上の強者と戦う際の直感と、その感覚を奪い去ってしまっていた。
更にもう一つ、それは思考的な衰え。
上記の通り龍は封印され、およそ二百年もの途方もない歳月を無と共に過ごしてきた。
そして意識を保つには必然的に脳を酷使しなければならず、幾ら長寿な龍種といえども二百年の月日は余りに大きい。
これが龍の年がまだ若者と言えるレベルならばまだ救いようがあるが、しかしながら龍の封印される直前の年齢は、人間で言うのならば中年と呼称してもなんら可笑しくないレベルなのである。
龍種にも生物学上は哺乳類である以上、幾多もの歳月により思考力が低下することは一般的である。
感覚の衰えと思考力の減衰。
それらが幾多にも重なり合い――その隙を生み出した。
「――〈反転〉」
「――ぁ」
刹那、龍の両翼が消し飛んだ。
(馬鹿な!? 何故!? 何故我の翼をたかがニンゲン如きが容易く両断できる!?)
だが、龍には脳内で喚く暇さえ与えられなかった。
龍は、翼――厳密には翼にある魔力回路――が存在するからこそ、空を自由自在に駆けることが可能となるのだ。
ならば、その翼が無ければ?
必然。
飛べない鴉は鴉以下である。
「――――‼」
次の瞬間、途方もない重力がこちらへ押し寄せてくる。
翼に備われた魔力回路により互いに打ち消し合っていた魔力と重力の拮抗が何の抵抗もなく破綻していく。
圧倒的な重力が放つ力に身を委ねる他なく、抵抗する暇さえないまま龍は激烈な勢いで宙へと堕ちる。
通常、落下の速度に重力は関係しない。
しかしながら、その速度は滞空時間が長くなればなるほど刻一刻と加速する。
そして現在龍が落下するのは地面からおよそ数キロ離れた地点。
「――――」
気圧により肉を抉られ、そこらかしこに血飛沫が上がっている。
すぐさま龍は魔力により体をより強固にし、落下の衝撃に備える。
だが、問題はそれだけではない。
今龍が無様に大地へよ堕ちる要因を作った忌々しい騎士の存在を
「――無様だな、龍」
「くっ……!」
エルは龍と同じ、否比べることすらおこがましい程凄まじい速度で並走し、すれ違い様に一太刀浴びせる。
だが『最速の騎士』の猛攻はこれからである。
現状龍は上空数キロからの落下という未曽有の事態に対応することで精一杯だ。
ならば――刃を振るうのは、今この瞬間。
「がっ!? 貴様ァァ‼」
「愚鈍、愚昧、愚者。 これほどお前に似合う言葉はあるまい」
不可視の障壁を足場にし――加速。
今もなお趙烈な速度で自由落下する龍の速度と閃光と化したエルの瞬発力も相まって、その刃は容易く龍を切り刻んだ。




