その腸を切り裂いて
ふわぁあああああああああああ!?
ちょ、エクアドルってどっかの国の名前じゃん!
シュークリーム関係ないじゃん!
「うぉぉぉおおおおおお‼」
「消えろ、小童ァッ‼」
互いの得物が轟音を響かせ、鮮烈な火花を散らせながら激突し合う。
――非常に至極当然のことだが、人間と龍の体格は天と地ほどの差がある。
龍の全長は優に十メートルを超え、その顎門には人間程度実に容易く呑み込むことが可能なのだろう。
当然筋肉の量にも大きな差異が生じてしまうのは自明の理。
だからこそエクアドルは今まで魔力によってその差を補ってきた。
――が、しかし。
種族問わず生物の魔力量は有限。
あくまでエクアドルは使者として帝国へ旅を続けていただけであるし、その本人も烏合の衆程度なら容易く蹴散らすことが可能な実力者だ。
当然、高価な魔晶石など用意していない。
故に――魔力が、枯渇する。
「なっ――」
「――――」
不意に、全身を途方もない倦怠感が襲った。
次いで魔力過剰消費により魔力回路に異常が生じ、限界が見えないような凄まじい激痛がエクアドルを襲う。
それでも、エクアドルは強靭な精神力で刀を離さない。
だが、それがどうしたというのだ。
人と龍。
純粋な体格差、それも龍は己の身体能力を魔力によって常時強化しているので、必然絶望的なまでに不利なのはエクアドル。
そして、まるで砲弾のようにエクアドルは投げ出される。
「――ぁ」
倦怠感と激痛により受け身すらままならず、何度も何度も地面に激突し、その度に石や砂利によって体が抉られる。
例えるならば、裸足でガラスの破片を歩くような蛮行か。
魔力過剰消費による苦痛が天国に思えてしまう激痛に苛まれる。
「がぁっ、うげっ」
「――存在、無様だな」
龍の膂力は凄まじく、地面との摩擦によるある程度は勢いが緩和されるべきだというのにその勢いは一向に衰えない。
そして勢いよく今もなお火災が発生している灰と化した住宅へと激突し、弾丸のように風穴を生み出した。
一体どれだけそれを繰り返したのだろうか。
今や意識は朦朧とし、痛覚すらも機能しない。
幾度にも渡って想像を絶する激痛を味わい続けたことにより、神経すらもその責務を放り出したのだ。
「愚か、愚か。 身の丈に合わぬ振る舞いを行うが故にこのような惨事となる。 ――やはり、人間は愚昧だな」
「――ぁ」
もはや言語を解することすら叶わない。
何かが発せられていること自体は漠然と理解できるが、それでも次々と機能を放り投げ始めた脳がその詳細を拒む。
残された時間はもう短い。
エクアドルはちらりと己が転がった地面を霞んだ視界の中で一瞥する。
かつて人々の営みにより何度も踏みつけられた地面は、その恨みを晴らすかのように鮮血が飛び散っている。
人間は二割の血液を失うと失血死すると言われている。
この量は、明らかにそれすらも上回っているだろう。
後は、楽に死ねるか苦しまずに死ぬかだけ。
それだけがエクアドルに残された最後の贅沢だ。
「――殺して欲しいかぁ?」
「――――」
「そうかそうかぁ」
微かに頷くエクアドルを見て、龍はやけに人間らしく醜悪な笑みを見せる。
「――貴様は、殺さぬ。 精々そこで己の無謀さと愚昧さを噛み締めると良い」
「きぃ、さまぁ」
「恨み言は地獄で吐き散らせ。 ――苦しんで滅びよ、ニンゲン」
「――――」
もはやそんな声の存在すらも朧気になっていく。
だが、それでも己の最後の悲願すらも叶えてはくれやしないことだけは、何故か鮮明に理解することができた。
故――青年は、選択する。
「――お前こそ、苦しんで死ね」
「なっ――」
鮮血だらけの舌を何とか動かして、そうハッキリと告げたエクアドルは、おおむろになけなしの死力を振り搾り、愛刀を掲げ――、
「――――」
己の腸を刺し貫いた。
死ぬ。
これほど死の気配が濃密となったのは割と初めてではないのだろうか。
鬼団長ガバルドの猛特訓でもここまで死の気配を感じたことはないととい実にくだらない自負がある。
走馬灯は――無い。
当然だろう。
一説によると走馬灯とは、どうしようもない困難を今までで蓄積してきた記憶を総動員して模索するためのモノだ。
今のエクアドルには、もう生きる気力もない。
それに、魂がこれ以上生きてもただ苦しいだけと判断したのかもしれない。
視界が刻一刻と暗闇に閉ざされいく。
いつのまにやら死の恐怖は無くなり、ただただ心地よさだけが確かに有った。
――やけにクソったれな人生だったが、少しは格好いい処見せられたじゃないか
そう内心で吐露し、エクアドルはこの短い人生の中で最も清々しい笑顔を、これ見よがしに龍へと見せつける。
そしてエクアドルは晴れやかな笑みで己の人生の終焉を飾った。
まふまふちゃんかわいい




