臆病者Vs至高の龍種
今更だけど、エクアドルってどんなお菓子でしたっけ。
謎にシュークリームを連想させる名前です。
グーグル先生に聞こっ
――龍の鱗は、常時魔力によって覆われている。
故に魔法などの攻撃への耐性も高く、また纏った魔力により強化された鱗を物理的に破るのは困難を極めるだろう。
過去、ガバルドはおよそ四度龍と相対したが、そのどれもが上記の特徴に当てはまっていたという話は聞いた。
だが、それでも抜刀術に関しては他者の追随を許さないエクアドルだ。
彼が放った一撃はさしもガバルドすらも見切るのは困難。
その威力も凄まじく、強靭な肉体を持つ巨人族でさえ一撃で屠ったことさえもあったという。
故にエクアドルは己の一撃に絶対的な自信を持っていた。
だが――相手はかつてこの世界に未曽有の厄災を齎した存在だ。
そしてその過信の代償は高くつくこととなる。
「――滅べ、愚者」
「がっ――」
刹那、圧倒的な熱量を内に秘める爆炎が無造作にエクアドルを吞みこんだ。
火炎は容易く人体を灰へと化し、骨すら残さず償却する。
だがそれは一般人での話だ。
エクアドルは魔術師タイプではないが、身体強化程度に限った話ならば十分以上の実力を誇っている。
咄嗟に最大魔力を全身に巡らせ、簡易ではあるが魔力の鎧を纏い火炎への対策を済ませたエクアドルは、そのまま爆炎に呑み込まれる。
熱い。
気が狂ってしまいそうな熱量だ。
流石に髪にまでも魔力を、巡らせることはできずに――それでも頭部を纏った魔力の影響で、少なからず強靭になっているが――エクアドルの自慢のサラサラヘアーは、夢の彼方へと消えてしまった。
どうやら灰の中に炎が侵入したようで内臓を焦がす火炎が途方もない激痛を苛ませ、更には肺胞の機能不足で呼吸すらもままならない。
体中炎だらけで、いつなけなしの魔力が尽きて爆炎にされるがままになり、灰と化しても可笑しくは無い。
だが――それでも、生きている。
「うぉおおおおお‼」
「――――!」
エクアドルは己を焼き尽くさんと燃え滾る火炎を無理矢理意識の外側に置き去りにし、空を悠々と舞う龍へ跳躍する。
イレギュラーな事態に龍は瞠目し――次の瞬間、火炎では対応しきれないと判断したのか鋭利な鉤爪を振るう。
「――抜刀術・【睡蓮華】ッッ‼」
「――――」
しかしエクアドルは己の命を今まさに刈り取ろうと肉薄する鉤爪に決して怖気づくことなく、前へと進む。
確かにエクアドルは臆病者だ。
だが――それでも、時には譲れないモノがある。
次の瞬間、鞘から猛烈な勢いで鋭利な刃物が解き放たれる。
「――いい加減、死ねッッ‼」
「くっ……!」
今度は威力重視の渾身の一撃ではなく手数重視。
龍の鉤爪へ甲高い金属音を響かせ衝突した刀は、すぐさま軌道を変更。
流れるように絶え間のない猛攻を浴びせる。
今度は先刻のような無様は見せない。
エクアドルは鱗と鱗の狭間を重点的に狙い、切り刻んでいく。
刃の侵入を拒む抵抗感は――無い。
迫りくる鉤爪を神速の太刀筋で迎撃しながらも意識は鱗と鱗の隙間で全身血を注いでいる。
致命傷には程遠い。
だが、それでも確かなる傷跡だ。
このペースだと、随分と途方もない歳月が掛かりそうだが、それでもちゃんと勝ち筋は見えてきた。
「うぉぉおぉおおおッッ‼」
「――! 貴様ァ、いい加減諦めろッ!」
龍にとってエクアドルが繰り出す斬撃は何の痛痒にもならない。
だが、それでも鬱陶しい事この上なく、そもそもこの程度の愚者に龍という至高の存在が遅れをとること自体が腹立たしかった。
故に――迎撃は、超至近距離での龍の息吹だ。
「――――」
「滅べ、下賤の者よ!」
自分さえも被害が及んでしまう至近距離で放たれた息吹は、容易くエクアドルの動きを停止させる。
流石にこの距離での直撃は危険だと認識したのか、エクアドルは咄嗟に空中に足場を作り出し何とか火炎の射線上から回避。
「――甘いッ‼」
「――ッッ!」
だが、それは本命を覆い隠すためのブラフ。
龍は翼を自由自在に駆使し、空中を二度ほど回転し死に体を晒すエクアドルへ、容赦情けなく鉤爪を振るう。
回避は――無理。
後先考えずに躱したつけが回ってきたか。
エクアドルは即座に見切りをつけ、回避という選択肢を消去して最小限の被害で乗り切る方法を模索する。
業火の大群を躱した際に生じた反動で半回転したエクアドルは、不完全な体制のまま縦九十度の角度で透明な足場を作り出し、踏み込む。
魔力により形成された足場はたちまちエクアドルの踏み込みに耐え切れず木端微塵となるが、そんなこと構いやしない。
一撃の威力に限った話ならばエクアドルはガバルドより上。
だが、それでも相手はかつて未曽有の災害を巻き起こした張本人。
もう既に過信も油断も無かった。
否、そのようなモノ最初からエクアドルにはない。
それは強者だけが獲得できる特権だ。
己のような臆病者が持ち得ていい品物ではない。
余計な雑念を振り払い、ただ目の前の脅威に対処すべく最大最強の一撃を叩き出すことに全力で集中する。
「――抜刀術・【落椿】ッッ‼」
「死ねェッ‼」
刹那、鋭刃と鉤爪が轟音を響かせ、衝突した。




