殺してやる
呪術の四巻タイトルに影響されちゃったことは否めない
「――やぁ」
「これは、これは」
どこまでも続く高原に落ち着いた声が響く。
男――ヴィルストは目を細めながら、眼前で悠々と紅茶を飲み干そうとする少女――メィリ・ブランドへゆっくりと歩み寄る。
メィリは、特に驚くわけでもなく、淡々とヴォルストの分の紅茶を、流れるような仕草で用意する。
ヴィルストはメィリの対面にシンプルな、それでいてその手の情報に精通しなくとも相当の値打ちだ理解できる椅子に座った。
「――何の用で?」
「ちょっとね」
「――――」
メリルは微笑みの仮面を被りながら、突如として来訪したヴィルストを警戒するように目を細める。
「幾年ぶりだろうね。 こうして対面するとは」
「そうですわね」
「さてさて。 それにしても美味しい紅茶だね。 こんなモノどこから盗ってきたの?」
「人聞きが悪い。 ただのお土産ですよ」
「賄賂とも言う。 ――それじゃあ、本題に入ろうか」
「えぇ。 私としてはこの退屈な時間を少しでも紛らわせたかったのですが、残念です。 ――して本題とは?」
一泊。
言葉を探すように一瞬ヴィルストは明後日の方向に視線を彷徨わせる。
「――とぼけないでくれるかな」
「――。 どういう意味で?」
「君なら分かっていると思うよ? 確かに、私はこの異次元の牢獄に君を閉じ込める代わりに、あずかり知らぬ暗躍を黙認している」
「――――」
「――だが、先日の一件で話が変わった」
「――。 何のことでしょうか」
一瞬だ。
一瞬、普段は貴族らしく本心を隠していた仮面が剥がれ、ほんの少しだけ堪え切れない殺気のようなモノが溢れ出る。
「――君。 娘に手を出したよね?」
「――――」
「否定は肯定と受け取る。 分かっていると思うが、私は大貴族らしくそれなりに寛容だという自負がある。 だが――」
ヴィルストは瞳を鋼鉄でさえ豆腐のように切り裂いてしまいそうな刃のように細めて、氷点下の声色で宣言する。
「――私の娘に手を出された場合は、決してその限りではない」
「何を根拠に――」
「直ぐに分かるさ。 私のお気に入りの彼が、近々暴いてくれる。 私としても不用意に君と関わりたくないから、それが最善さ」
「――――」
「これは警告だ。 次娘に危害を加えれば――殺す。 塵芥さえも残さず、想像できる限り最も残酷な方法で殺し尽くしてやる」
「――それが、貴方の本性ですか」
「勘違いするなよ。 別に普段の私が偽物だというわけじゃない。 ただ、今は少しばかり機嫌が悪いだけさ」
「そうですか」
メィリはヴィルストの豹変に特に怖気づくこともなく、どこまでも自然体のままで優雅に紅茶を飲み干した。
「――一つ、忠告が」
「――――」
「娘さんを屋敷の外に連れ出さない方が賢明かと思われます」
「そんなことかい。 もちろん、当然だよ」
「失礼。 杞憂でしたね。 ――では、ごきげんよう」
チクチク、布地に針が通される。
少女の繊細な小指によって刻一刻と編まれ、その小振りな人形が出来上がっていく。
だが、それを人形と形容するのには少しばかり無理があった。
どのように織りなしたのか本来一目見て爽やかな印象を抱かせるはずの目玉の片方は不格好に飛び出ている。
もう一方は目玉というよりは糸目だろう。
口、某都市伝説のあの人のように裂けており、更に口内は、明らかに吐血したような配色であった。
誰がどう解釈しようと呪いの藁人形スーパーバージョンだ。
「よしっ。 上手くできたっ」
意図的でなければまず間違いなく至らなかったであろうその極地に平然とスキップしながら到達した少女は、実に満足そうに微笑んでいらっしゃる。
少女にとってこれは割と上出来だったらしい。
少女――シルファーは実に満足気に人形を眺める。
だが、それも数分。
少女はものの数分で人形に飽きてしまったのか、退屈そうに、ぽいっと、呪いの人形を放り投げる。
実に淑女らしかぬ態度だ。
「あー。 退屈です」
少女はそうぼやき、ちらりと机に山積みされた参考書を一瞥し、直ぐに何でもないように目を逸らす。
彼が不在となってから数日。
その数日をシルファーは思うがまに謳歌し、精一杯惰眠を貪り最近激務に追われ手つかずだった新刊を熟読したり。
だが、それも長くは続かない。
シルファーだって年頃の女の子だ。
折角の晴天なのだから高原にでも散歩に行きたいのが本音なのだが、それは現在の状況的に許されない行為だ。
「――アキラさん。 早く帰ってきてくださいよ」
◇
「――殺してやる、殺してやる‼」
「絶対に殺してやる!」
「■■■■■を殺したあの男を、絶対に殺してやる!」




