瓦礫だらけの遺跡
今日、バレンタインだぁ(真顔)
「――殺せ! 悪しき魔人に死の裁きをッ!」
剣同士が触れ合う金属質な音が度々重なる。
それを俺ことアキラは呆然と眺めていた。
横目でガイアスの姿を確認すると、彼までもが目を見開き俺ほどではないが驚愕している様子が映った。
「ちょっと先輩! なに棒立ちしてるんですか! ちょっとは手伝ってくださいよ!」
「いや、そんなことより状況説明を……」
その応答の最中、生意気な後輩が高速で放たれた弓矢により吹き飛ぶ。
ざまぁ!
まぁ、そんなこと言ってられる状況じゃないんだけどな。
空は俺たちを皮肉ぶるかのように快晴だ。
髪を揺らすそよ風が涼しい。
そして当然の如く宙を舞う誰かの死体と血飛沫。
そこはまごうことなき戦場であった。
「……どうしてこうなった」
俺は現実逃避気味にこれに至るまでの記憶を脳裏によぎらせた。
俺こそスズシロ・アキラはどこにでもいる真っ当な男子高校生である。
そんな俺にも平凡と言ってしまえば平凡な趣味が存在する。
それは、VRMMО。
数か月前の技術がさながらガラケー並みに扱われるこの近代社会の最中では中々どうしてありふれた代物だ。
「ッと! おいガイアス、ちょっと手伝って!」
さるダンジョンに、甲高い悲鳴が木霊する。
だが、返答はにべもない。
「断る。だが、安心しろ。骨は拾うぞ」
「全然安心できねぇ!」
そう俺は声を張り上げつつも、目下に出現したモンスター――脆弱なゲル状の本体を強固な鎧で覆い尽くしたゴーレムへ鋭い一撃を放つ。
踏み込みと同時に放たれた一撃は容易く鋼鉄なんていう代物と比較することさえ申し訳なる外装ごと本体の核を破壊する。
ちなみに、ガイアスとは俺が使役(?)しているNPCの名だ。
外見はどことなく日々の過労に精魂果てた残念なサラリーマンを彷彿とさせるモノだが、されどその瞳の奥底には爛爛とした感情が宿っている。
未だにこの男の全容は不明瞭である。
ちなみに、どうして半ば疑問形だと言うと。
「ねえガイアス、お前って俺が使役してるよね!?」
「そうだが、何か?」
「じゃあ助けてよ! 死ぬよ!? この弾幕じゃ、俺でも死んじゃうよ!」
「……え? なんだって?」
「そういうのいいから!」
これ程までに誰かの顔面へドロップキックをかましたいと、切実な我欲にかられた日はきっと存在しないだろう。
俺は頬を引き攣らせながらも、周囲一帯へ一度あえて納刀していた鋭利な刀身を、踏み込みと同刻に抜き払う。
それに伴い、大量に経験値が蓄積される。
確かに俺も自身がトップランカーの一人だという自負は存在する。
だが、多勢に無勢。
一万もの大群を殲滅できるのは二次元やまた妄想以外でしか実現せず、チート云々が厳粛に管理されたこのゲームでは到底不可能だ。
だからこそ、俺もガイアスを連れてきたのだが――。
「――働け!」
「かつて、先人は言った。――『働いたら負け』だと」
「それ絶対日本人だろ!」
しかも重度のニート!
というか、この中年はほとんどそれらしい活躍を果たすこともないので、もはやニート同然というのが悲しい事実だ。
「……唐突に、スで始まってラで終わる人物の頭蓋骨を完膚無きままに破壊しなければならない宿命を背負った気がする」
「俺を凝視して言わないでくれます?」
殺意しか感じないのだが。
と、いがみあっている俺たちへ、どうやらボス格らしい巨躯の三首番犬――つまること、ケルベロスが急迫する。
その照準は俺……というよりかはガイアスだ。
それもそうだろう。
あれだけ派手に暴れ回った俺は警戒されて然るべきであり、逆説的にニートは「こいつゴミだな」と侮られても文句を言えないのである。
「黙祷……!」
「葬式を開始するな!」
ガイアス……いいヤツだったよ。
いきなり出現したと思うや否やそれまで雇用していたモンスターを殴殺して、俺のペット枠を独占し、以後は完全にニート状態なガイアス……。
別に、死ねばいいのにとか思ってない。
俺は健全かつ真っ当なよき日本人なのである。
だが、現実はそう都合よく進行しないだろう。
現に。
「――蒼海三式・『神穿』」
「おお……」
刹那で精緻かつ繊細な魔力操作をさも当然とばかりにこなし、虚空に大量の水塊を一点に集束させる。
極端な密度の水は、もはや一種の弾丸だ。
それが神速と見紛う程の速力で射出され、暫定ケルベロスの脳天を穿つ。
「……死ねば良かったのに」
「なんか言ったか?」
「照準を俺に向けないでくれます!?」
「安心しろ。――これは誤射だ」
「唯の殺害宣言!」
「……最近の若者は、難しい言葉を使うのお。儂のような朽ちた木偶には、ちょっと何言ってるのか分からんわい」
「先日何食わぬ顔でタピオカ飲んでたのって誰でしたっけ」
「…………」
「都合が悪くなったら暴力で解決しようとするの、悪癖だよ!?」
なんて使い勝手が悪いNPCだ。
結局俺と、渋々ながらも穀潰しの汚名を晴らすべく尽力するガイアスの手により、俺たちを包囲していた大群は殲滅できた。
俺一人なら正直厳しかっただろうが、実力だけは申し分ないガイアスが猛威を振るったおかげで危なげなく成功できた。
釈然としない。
「……で、わざわざ俺まで呼び出してこのダンジョンに何の用だ?」
「ああ、ようやくツッコんでくれたの?」
てっきり考えなしの脳筋かと……殺気!
「次はないぞ」
「……ハイ」
どうして平然と音速をゆうに上回る弾丸を味方の脳天すれすれの位置に放つのか、というかそもそもどうやって俺の心情を推し量ったのか、もはやそれらを問い詰めるのは不機嫌なガイアスの様子から愚策以外の何物でもないだろう。
「……風の噂で、このダンジョンの最深部に世界を跨ぐさる過去の遺産が存在すると聞いてな。それの検証に来た」
「……過去の遺産、か」
「――――」
ガバルドは一瞬虚空を眺め、数瞬後にはいつもと憮然とした平時のそれに後戻りし、目を細めながら続きを顎をしゃくって催促する。
「続けるぞ。……最近、このゲーム内でプレイヤーの失踪現象が相次いでいてな。もしかしたら、それと何か関係性があるんじゃないかと思って」
「……そうか? 俺にはそう思えないが……」
「――掲示板だよ。掲示板にさ、その当の失踪者を名乗る数十人が確認できた。彼ら彼女らは、この遺跡と似たり寄ったりな環境で『過去の遺産』なるモノに触れ……そして、目覚めたら異世界に到来していたらしい」
「……法螺話の類にしか聞こえんな」
それに関しては俺も同感だ。
現代日本ならばともかく、VRMMОないでの異世界転移なんてそれこそ荒唐無稽としか言いようがないが……。
「運営の差し金、なんていう可能性は?」
「――――」
「近々、運営あたりが不穏な動きをしていると聞いた。あるいは、その一環がその現象なんじゃないのか。あるいは、クエストだったり」
「……一理あるな」
「だろ?」
前回のアップデートからおよそ半年。
これだけ間が空いているんだから、いつ再度それが巻き起こったとしてもなんら不思議ではなかった。
「で、お前もその暫定イベントを体験してみたいと」
「当然だろ。俺だって男の子なんだぜ?」
「ハッ」
「おい今なんで鼻で笑った?」
その醜悪な顔面を(拳で)整形してやろうか?
と、殺意を剥き出しにする俺に目もくれず、ガイアスは「あっ」と短く嘆息し、暗闇の先を見据える。
「この先、部屋があるぞ」
「なんで分かるし」
「俺は水流操作を旨とする……極端な話、水蒸気だって割り切ってしまえばある種の水蒸気だ。ならば、俺の四肢に等しい」
「極論どころの話じゃねえぞ、オイ」
だが現状それがちゃんと機能しているので、結局文句を垂れながらも何も言えない俺であった。
それから数十歩足を進めていくと、火の粉の精霊が白日の下に晒した壁――ガバルドは指さしたそれ――が、微かにズレていた。
もしやと思い、押し込んでみると、忍者屋敷もかくや、中央を基軸として壁は回転し、俺は遠心力に押し出される。
遅れて火の粉の精霊が追いつき、その部屋を照らし上げる。
「おお……」
そこは、本当に無機質な一室だった。
何も、何もない。
日用雑貨どころか、そもそも埃一つさえ存在しやしないことが、これ以上なくこの部屋の異質性を顕著に指示していた。
そして、その中央。
「……オルゴール?」
「相違はないな」
周囲一帯が余りにも無機質だからこそ、威風堂々と中央に鎮座するそれ――古びたオルゴールに目がいってしまう。
それをガバルドはどこか怪訝そうな眼差しで見下ろし――直後、凝然と目を見開く。
「おいおい……嘘だろ?」
「ガバルド?」
冷静沈着なガバルドにしては珍しく、ハッキリと動揺を露わにし、食い入るように鎮座するオルゴールを注視する。
そして――。
「おい、スズシロ」
「あぁん? また何か文句でも――」
毎度の如く憎まれ口を吐きそうになり、それはガバルドの瞳に宿った複雑迂遠な感情を前になんとか押し黙らせる。
そして、ガイアスはハッキリと、一言零した。
「スズシロ。――強く生きろ(満面の笑み)」
「は?」
先刻までのシリアスさとは打って変わって愛嬌のある笑みをがアイスが浮かべた瞬間――それは、くる。
「ッ!?」
突如、オルゴールが極光を放つ。
目が眩んでしまい、真面に平行感覚さえも保持することのできない俺の視力は数十秒後ようやく回復する。
そして、再度瞼を開いたその時。
――其処は、異世界だった。
よし、刻もう