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幼馴染だった過去

鞠谷家両親の馴れ初め

作者: 鞠谷 編花

 これは、私たちがまだ生まれていなかった頃のお話。

 お母さんとお父さんが、結婚するよりも昔のお話。



「マリヤさん!」


 聞き覚えのある声と名前に、可織は足を止めて振り向く。


「……どうしたの、レンジ君」


 人通りの少ない細い路地だから、その姿はすぐに見つかった。高校の後輩の錬次郎だ。

 走ってきたようで、息を整えようとしている。


「いま、時間、大丈夫ですか……?」

「大丈夫だけれど、レンジ君、どうしてこんなところに?」


 可織は昼休み、散歩をしていたところだ。

 つまりこの場所、可織の職場近くである。

 錬次郎は大学生である。彼の通う大学はこの近くではないし、バイト先や実家もこの辺りでないことを可織は知っている。


「その……通りかかって」


 苦しい言い訳である。

 後に彼は白状する。待ち伏せに適した場所を見つけるために彼女の職場周辺をリサーチしていたのだと。交際中であるという点を考慮しても軽くストーカーである。


「偶然見かけて……」


 見かけたのは、本当に奇跡的偶然であった。


「声をかけるしかないって思って……」

「用があったら知らせてくれればいいのに。」

「いや、特に用は……」

「この先に公園があるから、そこで座って話さない?」


 レンジ君がよければ。と可織は言った。

 錬次郎にとり可織と共有する時間以上に優先されるのは、可織が厳命した事柄だけである。

 友人を疎かにしないこと、留年しないことなどがある。


「仕事は大丈夫ですか?」

「ぼちぼち。

 でも同僚はいい方ばっかりで、ここ選んで正解だったよ。」

「週末は……」

「今週は休み。どこかふらっと行きたいわ〜」


 デートに誘おうと家で何度もシュミレーションし、いつでも予定を合わせられるよう週末は可能な限り空けている錬次郎である。


「よければ、私と、出かけませんか?」

「OK.」


 ダメもとであった誘いに応えられ、顔を上げるとそこには可織の笑顔がある。


「レンジ君の行きたいとこに連れてってくれる?」

「はいっ!」



 そして来る週末。


「なに、つまらないの?」

「いや……」


 錬次郎は普段から表情が硬いが、緊張により拍車がかかっていた。

 可織はそうと知っていてからかいたくなったわけではなく、不安になってしまったのだ。


「マリヤさんの隣にいられて、嬉しくないはずがない。」


「楽しいなら楽しいって顔しなさいよ」


 少し膨らんだ頬が子供らしくて素敵。だなんて思っても顔に出ないことに関しては良かったと感じている。言葉にすれば彼女が拗ねることは容易に予想できた。


挿絵(By みてみん)



「一身上の都合により、退職させていただきたいのですが……」

「引き抜き? 転職? ……もしかして、結婚?」


 そこで可織が反応したのを、上司は見逃さない。


「主婦になるつもり?」

「実は……」


 妊娠が判明したことを打ち明ける。

 産後しばらくは子育てに集中したいから、すぐの仕事復帰は難しいことも。

 上司はおめでとう、と言ってから、何事か棚の書類フォルダを引っ張りだして確認を始める。




「産休」


 上司の言葉を復唱する。

 差し出された紙に目を落とす。


「うちは通常3年くらい」


 書かれているのは、申請書と育休の詳細。


「籍はおいときなさい。

 この職場が嫌じゃないなら、だけれど」


「戻ってこられるか……」

「給料はもちろん出さない。けど、名義置いとくだけだからこっちにも損はあんま無いのよ」

「落ち着いたら顔見せて。

 バイトしてくれてもいいけど」


 縫児の産後、喪が明けてから可織はこの職場に戻ることになる。はじめはパートタイマーのような形で、徐々に正社員と同様に。磨織を失った哀しみも、同僚たちに配慮され、幾分かは軽くなった。子を失った哀しみが、完全に癒えることはない。

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