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食事会


 一仕事を終えたウォーレンはご機嫌であった。茶色い癖っ毛はいつもよりもくるくるしていてアホ毛のようなものがぴょんぴょん跳ねている。彼が入手した美術品リストは刑務局宛てに、


『ウォーレン家 ノ ダンブルギア。横領 ノ 疑イ アリ』


 と匿名(とくめい)で投書している。匿名での情報は信憑性に欠けるものの、もし調査に踏み込んでくれれば御の字だ。そして、ダンブルギアが逮捕されれば一件落着であり、証拠不十分であればさらに調査すればいいだけだ。


「ふふふ、アリシア君……私はついに成し遂げた……」


 隣の席で仕事している金髪おさげ女子アリシアに声をかけた。


「今日はご機嫌そうですね。一体何を成し遂げたんですか?」


 もちろん作戦のことはアリシアに伝えてない。聞き返してくれるだけでいいのだ。


「漢には秘密の一つや二つあるものだよ。聞かないでくれたまえ」

「……」


 はいはい、と面倒臭そうに手を払いながらアリシアは仕事に戻る。


「今は気分がとても良い。今の私ならどんな願いでも叶えてみせよう」


 このままうまく行けば待つだけで当主の座にありつけ、エラを助け出せる。今のウォーレンはなんでもできそうな、そんな気分であった。


「……それなら今度こそお食事に連れて行ってくださいよ」


 一ヶ月前に約束していたが、ウォーレンもアリシアも多忙の末忘れかけていた。仕事は少し落ち着いている。本当にお願いしてくるとは思わずウォーレンは素に戻る。


「ああ、そういえばそんな約束していたな……明日でいいか?」

「はぐらかさないなんて……先輩、本当にご機嫌ですね。明日でいいですよ」

「いいところを知っているからそこを紹介するわ」

「なんか先輩が先輩らしい! いつもご機嫌だといいのに……」


 そうしてアリシアと食事の約束をした。ちなみに今なら何でもお願いを聞いてくれそうだと、アリシアが仕事を押し付けてきた。いつの間にか先輩の使い方を心得たようだ。






 エラは本を読みながら今日も文句を言っている。


「ねぇ。こいつは勝っても負けても主人公を食べようとしたのに、何で勝負なんてしかけたの? 最初から襲えばいいのに」

「……なぞなぞ勝負だっけか? そいつはなぞなぞが好きなんじゃないか?」


 昔の記憶をひねり出して無難な返事をした。


「ふーん……」


 エラは特に気に止めずに本へと視線を戻した。つまらなそうにするのも(しゃく)なのでウォーレンは遊びを提案する。


「よし、俺がなぞなぞを出してやろう」

「なぞなぞ勝負ね。受けて立つわ!」


 エラは物語の白熱したなぞなぞ勝負に感化されたのか、意気揚々としている。


「では問題。


 小さくて 棒が六本ついていて すぐに真っ赤になる 牛が好きなもの


 なーんだ?」


 んー、とエラはこめかみに手を当て、考え込み答えをひねり出す。


「蟻かしらね。小さくて足が六本あるし、牛を襲うって聞いたことがあるわ」

「ハズレだ。赤が抜けているぞ」


 外れたためエラは不機嫌そうになる。


「答えは何よ?」

「正解は……魔人のエラちゃんでしたー。小さくて、両手、両足、両角と六本生えていて、直ぐに怒るし、牛のお肉が大好k…………」


 言い終える前にウォーレンは魔術で殴られ飛ばされた。なぞなぞの答えはすぐに真っ赤になっていた。イテテと頬を押さえていると、エラは仁王立ちしながら問題を出す。


「じゃあ次は私からなぞなぞ。


 茶色いくるくるのアホっぽそうな大人の人間


 なーんだ」

「おい! なぞなぞしろよ! 単なる俺への悪口じゃねえか!」




 そんなこんな遊んでいるとエラが心配そうに呟く。


「ねぇ。作戦って上手くいってるの?」

「ん? ああ、順調だ。このままいけばおまえだけでなく、俺もハッピーになれる素晴らしい作戦だ」


 そんな都合のいい話があるのかとエラはまだ疑っているようだ。


「あんた私を騙したりしてないわよね?」

「騙すってなんだ? 俺を信用できないのか?」


 今まで多くの大人から裏切りに合ったエラ。ウォーレンと打ち解けたとはいえ信用し切っていないようだ。


「私は大人のことを信用できないわ。あんたとはこうして話すけれどそれは変わらない」


 内心を暴露してくれることからある程度は信用しているようだが、信用仕切るまでには至っていない。


「……おまえにとって俺への信用がどのくらいかはわからないが。作戦はうまくいくから安心しろ、信用するのは外に出てからでいい」


 ある種の挑発と受け取ったのもあるがエラの境遇を知ってしまい、信頼できる最初の大人になってあげたいとウォーレンは思っていた。


「本当にうまくいくのかしら……」






 次の日の夕方ウォーレンはレストランへと赴いていた。アリシアとお食事するためだ。普通はこういうとき多少オシャレをするものだが職場のいつもの格好だった。レストランの前にはフォルトナート夫妻が立っていた。


「ようおまえら。先に着いてたのか」


 と声をかけるとフォルトナートがこちらに気が付き、いつもの挨拶もなく詰めてきて捲し立てる。


「イザベラから久しぶりに食事に誘ってもらえてとても喜んでいたのですが、貴方がイザベラを誘ったんですってね! 私の喜びを返して下さい。今すぐに!」


 いつもデートに誘うのはフォルトナートだそうでイザベラからのお誘いは殆どない。夫婦になったとはいえフォルトナートといえどやきもきしているのだろう。


「お、落ち着け。悪かった、悪かった」


 両手でなだめていると、フォルトナートは続けて言う。


「あと、貴方の仕事仲間の女性も来るのでしょう。彼女は貴方と二人で過ごしたかったんじゃないですか?」

「あいつはただの仕事仲間だ。友達みたいなもんだぞ」

「……やはりイザベラのお兄様ですね」


 何を理解したのか、なぜイザベラが出てきたのか、ウォーレンにはさっぱりであったが、フォルトナートが落ち着いたようでよかった。


「あら。兄様も着きましたの?」

「今日は傘か。それも武器か?」

「備えあれば憂いなしですわ」


 赤いドレスを身にまとったイザベラは手に傘を持っていた。傘は開かないように留め具で固定している。雨が降る気配もなければ、日も昇ってなく、周りから見ればなぜ持っているのかと不思議に思うだろうが、これは武器として活用するためだ。何か揉め事があればすぐに解決に当たれるよう、得物(えもの)を手に持っていなければ心配らしい。ここで言う得物は剣とかではなく日常生活で使う長めの『何か』だ。


 すると、近くからドアが開かれる音がした。


「えっ!? なんでイザベラ様も来ているんですか?」


 そこには馬車から降りたピンクのドレスを着たアリシアが驚いた様子で立っていた。


「俺が誘ったら喜んで来てくれたよ。おまえイザベラのこと好きだろ?」

「イザベラ様のことは好きですが……、はぁ……」


 アリシアは何かを諦めたようにしていた。




「ここはちゃんとしたところなんですか? レストランというか大衆食堂っぽいですが」


 木造の店の一階は壁がなく中が吹き抜けになっており、お酒で出来上がった人たちがテーブルに着きワイワイガヤガヤとしている。正直貴族が来るところではない。壁には『フライシュ』と書かれた看板がかけられていた。店の名前だろう。


「ここは知る人ぞ知る店なんだ。貴族向けではないが味は保証する。接待や社交界で使いにくいからよく知る人しか連れてこない」


 よく知った人に含まれていることを喜んでいいものかとアリシアは考えていると、一階の食事スペースが気になってきた。吹き抜けでとても寒そうだ。


「だとしても……こんな場所で食事はできませんよ!」

「二階にちゃんとした個室があるから安心しろ。ここの隠れファンは多い。侯爵貴族もよく出入りしてるほどだ」


 侯爵貴族と聞いてアリシアは納得してくれたようだ。すると、


「ウォーリックさんじゃないか。久しぶりだね」


 店の奥から給仕姿をした若い元気な女性が声をかけて来た。


(ウォーリック?)


 誰のことかとアリシアは考えてしまうが、どうやらウォーレンのことを指しているようだ。


「ウェンディさん。お久しぶり。やっと来れたよ」


 ウェンディはこのお店の看板娘のようだ。雰囲気はよくハキハキとしている。すると、フォルトナート夫妻に気が付いたようだ。


「イザベラ様、フォルトナート様も来てくださったのですね。また来ていただきありがとうございます」


 夫妻の名前を把握していてしっかりと様付けしている。お貴族様だと理解した対応だ。


「いえいえ。ここのお食事は美味ですもの。また来たいと常日頃思っていましたわ」

「それはとても光栄です」


 イザベラもここのお店のファンだ。


「そちらは……」


 ウェンディはアリシアにも気が付いたようだ。


「ローゼンターク家のアリシアです。ウォーリック(?)さんがご紹介して下さいました」


 名前の体を合わねながらウェンディに自己紹介すると、


「ローゼンターク家三姉妹の次女の方でしょうか? お噂は聞いております。本日はフライシュの料理を楽しんでくださいね」


 ウェンディは貴族界隈の情報を仕入れているらしくアリシアのことを知っていた。これだけでとても優秀なのがわかる。高級レストランや上位貴族の給仕などもっと良いところで仕事できるのではと考えてしまう。




 ウォーレン御一行は店の二階へと上がりウェンディによって個室に案内される。部屋は狭いものの窓からは夜景が見えて雰囲気は悪くない。商談に使う部屋なのだろう。円卓テーブルが三つほど置かれていて一つへと全員が座った。料理はコースメニューで、前菜と飲み物がそれぞれの執事によって給仕される。


 アリシアは早速疑問を投げかける。


「ウォーレンさん。何でここではウォーリックと呼ばれているんですか?」

「ああ。ここでは偽名を使っている。昔ある調査でここに通っていて……本名は良くないと思って偽名を使った」

「調査?」

「まぁ、色々とあるんだよ」


 ムシャムシャとウォーレンは前菜を頬張っている。


「アリシアさんはローゼンターク家の次女でしたか」


 とフォルトナートが自然に入ってきた、子爵家のローゼンタークはそこまで有名ではないとアリシアは思っていたのだが意外と知られているようだ。


「ご存知なのですか?」

「ええ、学院に通っていたときの先輩が長女の……シュゼッタさんでした。ウォーレンも知っているはずです」

「あのシスコ……妹思いの人な」


 アリシアの姉のシュゼッタは士官を目指して学院に通っていた。その時期にこの二人に会ったのだろう。腕っぷしが強く凛々しい女性であるが、妹たちにとても甘いのが傷である。


「あの人今は何やっているんだ?」

「今は軍務局で働いてますよ。つい先日、二等中士官になれたようです」


 士官には階級があり上中下の三段階だ。さらにそれぞれ一等、二等という細かい階級で分けられる。


「へぇ、順調そうだな」

「そういえば、この間までハーフェニア特区で仕事していたそうです」

「ハーフェニア特区って北にある港街だっけか。クナディア帝国の魔人が住んでるんだっけか」


 ハーフェニア特区は魔人と人間が共存している港街である。特区としたのは、魔人と人間の両種族が同じ街で生活できるか試験し、両国の貿易を活性化するためだ。ハーフェニア特区はクナディア帝国の領土で気軽には入れず情報も少ない。


「そうです。魔人がいるので心配しましたが、無事に帰ってきて安心しました。あとお土産ももらいました」


 アリシアはポーチから小さな袋を取り出した。袋には輪っかになった紐がついている。口は紐で封されていた。


「ハーフェニア特区へ入るときに身に着けるお守りのようです。中に綺麗な石が入っていました」


 袋の中を開け、青くて透明な丸い石を取り出した。石の表面が光に反射して輝いている。


(ハーフェニア特区に入るためのお守り……魔人の魔術対策とか何かか?)


 魔人に対して人間が無力なことをウォーレンは心得ている。もしものことがあるので欲しいところだ。


「アリシア。それ、俺にくれないか?」


 ずけずけと後輩のものを強請(ねだ)りだすと、


「兄様。女性の物を欲しがるなんて……はしたないですわよ」


 イザベラに注意されてしまった。アリシアの前なので淑女モードに入っている。


「私は別にいいですよ。姉さまが遠征の度にいつも何か買ってくるので部屋がもういっぱいなんです」


 そういうとアリシアは、ウォーレンにお守りを渡してくれた。またイザベラに突かれるのも嫌なので、別の話題を振る。


「そうだ、イザベラ。アリシアはおまえのファンだとよ」

「そうなのですか? それは光栄ですわ」


 イザベラは特に驚く様子を見せない。よくあることなのだろう。なんか腹立つが。


「は、はい。昔、社交界で助けてもらったことがあって……」

「……よく見たらあなたでしたの。雰囲気が大分変わっていて気が付きませんでしたわ。今の方がずっと可愛らしいわね」


 プシューとアリシアが頭から湯気を立て、頬を指でかきかきしだした。嬉し恥ずかしで固まっている。


「へぇー。アリシアもイザベラに巻き込まれた口か。俺が知らずに後始末していたかもな」

「こうやって誰しもを助けるところがイザベラの良いところです」


 こうして食事会はお開きになった。メインディッシュの肉料理に舌鼓を打ちアリシアもとても満足してくれたようだ。






 それから数日後、フォルトナートが真剣な趣でウォーレンの部屋を訪ねてきた。


「ウォーレンさん……とても、とても良くない状況です」

「一体どうした?」


 フォルトナートがここまで差し迫った雰囲気でいるのは珍しい。そして、衝撃の一言を言い放つ。



「ファンベール家が潰されてしまいます」







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