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美術品リスト


 監禁された魔人少女エラを助け出すには、『首輪』とウォーレンの父親『ダンブルギア』の問題を解決しなければならない。首輪には鍵がかけられその鍵がどこにあるのかわからない。おそらくダンブルギアの専属執事マーシャルによって管理されていて、その近辺を探る必要がある。どうにか鍵を手に入れエラを助け出したとしてもダンブルギアが追手(おって)を放てば彼女は再び捕まってしまうだろう。


 そもそもダンブルギアが関わっているのかという疑問が残るがそれについては根拠がある。屋敷の部屋に小細工し、外からエラを運び込んで監禁するのはマーシャル一人では無理だ。事前に人払いしたり、あの部屋に近寄るな、と使用人に言いつけておくなどの根回しがいる。マーシャルを自由に動かせて、他の使用人たちに命令できるのはファンベール家当主のダンブルギアのみだ。


 あの部屋にはマーシャルしか来ていないとエラが確認が取れている。他の使用人も関係している線もあり、下手に動けば情報が回って主犯者たちに届くだろう。幽霊が出たと騒いでいた使用人たちやフォルトナート夫妻は信用していいのかもしれないが……いずれにせよ、この作戦は誰にも悟られないことが重要だ。


 解決すべき問題が明確になりあとはどう乗り越えるかだ。ただ、その方法は検討できていない。


「先輩。なに小難(こむずか)しい顔をしてるんですか?」


 真面目にいろいろと考えているというのに、頭の中の状況とそぐわない明るめの声が横から入った。


「君……男は女の子のためにやらねばならぬときがあるのだよ……」

「えっ! 先輩にそんな女の子がいたんですか!?」


 金髪メガネっ娘アリシアはウォーレンの喋り方がいつもと違うことは全く気に留めない。その口ぶりから何やら勘違いしてそうだ。


「……恋は盲目になりがちなので気を付けてくださいね」

「そういうんじゃないんだけど……というか俺はマーガレット先輩一筋だぞ」


 マーガレットはウォーレンが学院へ通っていたときの一つ上の先輩だ。可憐でお(しと)やかで高嶺(たかね)の花、そんな女性である。男爵の家の娘で、まだ未婚という情報は掴んでいる。


「あれっ? 違ったんですか。そうやって呑気(のんき)にしていると誰かに取られちゃいますよ」

「いいや、誰にも取らせない。彼女に近づく不届きものは排除する」

「排除って……裏で何かやってないですよね?」

「……」


 何も知らずに近づいた貴族と『お話』したことはあるが排除なんて恐れ多い。そんなんで(はな)から諦める輩、ウォーレンさんは認めないからね!


「そういえば、女性に夢中になりすぎた貴族の噂を聞きました。相手は高級娼婦だったようで結構な額を(みつ)いでたそうです」


 ここで言う『高級娼婦』とは売春を主にした女性ではない。貴族でないが美しく知的な女性で社交界に現れる。男の貴族たちは彼女らの気を引こうと高価な貢物を渡したり、豪勢な社交界に呼んだりする。売春や身請けもできないことはないが屋敷が立つような(がく)がいるとか。


「お金に困った当主は犯罪に手を出しちゃったようで、案の定捕まったみたいです。残った家は息子が引き継いだとか……」

「それだああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 問題は『ダンブルギア』に収束する。


 彼がファンベール家の当主としてあの屋敷に(たたず)んでいる限りエラを助け出すのは困難だ。


 ……例えばの話だが、ダンブルギアが殺害されれば当主は長男のウォーレンに引き継がれることになる。そうなればエラの首輪を安心して解除でき、追手の心配もなく外に出せる。むしろファンベール家で養ってもいいくらいだ。ただ、父親の殺害はウォーレンといえどさすがにできないし捕まってしまう。


 ……ならば他の方法で当主が変わればいいだけだ。

 

 もしダンブルギアが犯罪に手を出しているとすれば、その証拠を掴んで密告すればいい。アリシアの話のように自動的に爵位は長男であるウォーレンへと引き継がれるだろう。ついでに早く当主の座に就けることも利点だ。権力を自由に使える。この作戦が成功すれば、エラにとってもウォーレンにとっても幸せをもたらしてくれる。なんて素晴らしいんだ。


「ええ!? ど、どういうことですか? もしかして先輩も高級娼婦を?」

「ありがとうアリシア! 俺は……いい後輩を持ったよ……」

「ちょ、ちょっと。意味がわかりません。説明してくださいよー」




 屋敷に帰った茶髪のくるくる頭ことウォーレンはさっそく行動に出る。当主のダンブルギアが犯罪に手を出しているかは不明だ。しかし、貴族は何かしら怪しいことに手を出していることは多く、突けば大概(たいがい)出てくる。今までイザベラが面倒事を起こしたとき、後始末はウォーレンがしていた。怒りを買い敵対した貴族がイザベラやファンベール家を潰そうと画略するので、先にその貴族を調査し弱みを握ることで喧嘩両成敗に持ち込むのが鉄板だった。その経験の蓄積から怪しいことに関しては鼻が利くほうだ。


 ……階段横に立つ彫刻がまた変わっていた。


 今回は海や川をテーマにしているのだろうか、大きく立ち上がる水しぶきから魚が顔を出している。彫刻だけではなく壁に掛けられた絵画や棚に置いてある美術品も定期的に変わっていることも把握している。どの美術品も自然をモチーフにしたものだ。


(とりあえずは美術品だな……)


 この時点では美術品と犯罪が繋がっているかは希薄だが、直感が怪しいと告げている。




 コン、コン、コンと扉を三回ノックした音が響く。


「父上、ウォーレンです」

「……入ってよい」


 扉が内側へと開かれ、ウォーレンは父親ダンブルギアの執務室へ入った。ウォーレンとダンブルギアは親子といえど、その関係は馴れ馴れしいものではなく、子どもの頃から躾けられ、会話するときは敬語を使わなければならない。


 扉を開けたのは青髪の専属執事マーシャルだった。


(そういえば、こいつ魔人なんだっけか?)


 ジーっとマーシャルの頭を見つめる。


「どうかしましたか?」

「い、いや。なんでもない。青い髪がきれいだなと思って」


 男の髪をきれいだなんて言ったら、そっちの気でもあるのかと疑われそうなものだが……


 マーシャルを間近で観察するかぎり角は見当たらなかった。角を切ったりしているのだろうか。


 ダンブルギアは茶色い短髪の大柄の中年男性であった。顔に年齢相応の(しわ)やシミができているが、表情は弱々しいものではなく強さと威厳さを備えていた。ダンブルギアは椅子に深く腰掛けていて、書類作業をしていたのか机には書類が積まれている。


「お忙しいところ恐れ入ります」

「仕事の調子はどうだ?」

「ええ、順調です」


 これをアリシアが聞いたら即反論するだろうがそのことはおいといて……


「それで何用だ?」


 世間話も一瞬で終わり本題に入った。


「私も美術に興味を持ちまして父上の審美眼(しんびがん)をご教授願えればと」

「そ、そうか……おまえも興味を持ったか……」


 貴族にとって芸術を(たしな)むのは基本であるもののウォーレンは芸術に関する教育を施されていなかった。


 ダンブルギアがここ数年急に美術品を買い漁るようになったことから、以前までダンブルギアも興味がなく実の子に教育を与えなかったのだろう。


「だが、私が教える時間などない。他を当れ」


 同じ趣味を持ち、話に乗ってくれると期待していたが突っぱねられてしまった。ダンブルギアから美術品の良さを説いてもらう際にいろいろと突こうと画策していたのだがさっそく計画倒れである。しかし、それは予想の範囲内。代わりに今探りを入れればよい。


「わかりました。では自然神道(しんとう)の美術品はどこで入手しているのかだけでも教えていただけないでしょうか?」


 『自然神道』はこの国アンドロギウス王国が植民地になる前の国教だ。唯一神アニミスタを崇拝し、全ての自然はアニミスタが創造し影響を及ぼしているとされる。今の国教はクナディア帝国の王を信仰するクナディア教であるため、ファンベール家は隠れ自然神道と呼ばれる信仰一家だ。ウォーレンは形だけ信者というわけではなく、ある程度の信仰心は持っていて自然への感謝の祈りを最低限している。


「今はどこの美術店でも手に入らない。骨董品を売っている店か行商人から買うといいだろう」


 宗教弾圧はないものの国教が変わったことで自然神道の宗教美術は減っている。そのため、通常の店では売られていない。


「お教えいただき感謝します。それと父上がどのような品を集めているのかまとめているのなら拝見してもよろしいでしょうか? 父上が選ぶような品を効率よく網羅(もうら)したいもので……」


 審美眼を学びたいので購入した美術品のリストがあれば参考にしたい、という(てい)(よそお)う。


「それなら……」

「ダンブルギア様」


 マーシャルが口を挟んできた。


「う、うむ。そんなものはない。美術品を閉まっている倉庫にでも行って自分の目で見てくるといい」

「……承知いたしました」


 会話は終わりウォーレンは部屋を後にした。


 ……収穫はあった。


 美術品は、骨董品屋か行商人から買い付けていること。そして、購入した美術品をまとめたリストがあるということだ。マーシャルがダンブルギアの発言を訂正させたことから、リストがあることは確実でウォーレンに見せてはマズいのだろう。まずは怪しい美術品リストを探すことにした。もし、リストが見つからなかったり、手に入れても内容に問題がなければ、次は購入先を調べるだけだ。






 その日の夜、ウォーレンはダンブルギアの執務室に忍び込んでいた。既にダンブルギアが寝室に行ったことを確認している。いつエラが監獄へ移されるのかわからないし、先程の会話からマーシャルが感づいてリストを隠してしまうかもしれない。


 ……早いことに越したことはない。


 執務室には鍵がかけられていたが手持ちの鍵で開いた。緊急時に備え全ての部屋のスペアキーは作られていてウォーレンは所持していた。


(……暗くて何も見えない)


 この日は月が出てなく部屋が真っ暗だった。手持ちのランタンを点け辺りを照らす。


(この資料の量か……)


 机には資料が山積みになっている。引き出しの中にもあるだろう。地道に一枚ずつ内容を確認していった。




 目的のものは意外と早く見つかり、机の上の紙束に埋もれた。資料は五枚ほどだ。


(ん? 詳細が書かれていない)


 資料の不自然な点に気が付く。高価な美術品には作品名があり、作者が誰なのかで価値も決まる。品によっては証明書があり、ないものに関してはメモするのが一般的だろう。しかし、リストには『魚の彫刻』、『山の絵画』など簡単な文言で品名が書かれていた。隣の項目には文字と数字が組み合わさった何かしらのコードが書かれている。


(このコード……購入先とかか?)


 そして、右端に購入金額が書いてあったのだが……


(な、なんて高額なんだ!?)


 それぞれの美術品が金貨数十枚の価格で、ウォーレンが考えるような価格より桁が二つくらい上だ。小さな家を買える値段と言ったほうが直感的だろうか。別にそのような美術品があっても不思議ではないが、ほとんどの美術品がとても高価で、いくら伯爵貴族のウォーレン家でも(まかな)い切れない。そんな高価な美術品の名前がシンプルに書かれていることが逆に不自然さを浮き立たせている。


(……これは黒だな)


 ダンブルギアは財務官で立場は上の方だ。その権力を使いどこかの財源から引っ張ってきた金で美術品を購入しているのだろう。そして、美術品を私利私欲のために買い漁っているのではなく、その金をどこかに流している線が濃厚だ。ウォーレンは持ってきていた紙に略語を駆使して急いで書き写す。


 最後の一枚に差し掛かったところで……


 コン、コンとノックの音がした。


「……開いている?」


 扉を開けて呟いたのはマーシャルだった。鍵がかかってなく扉が開いたことに驚いたのだろう。見回りに来たのだろうか、何か用事があったのだろうか、いずれにせよ間が悪い。ウォーレンは咄嗟にランタンを消し、机の裏で息を潜めていた。火を消したばかりで油の匂いに気づかれるかもしれないが、もうどうしようもない。マーシャルもランタンを持っているようで辺りが照らされている。影が動き、壁に反射した光が明るくなるのがわかる。


 マーシャルはウォーレンの方へと近づいていた。


(腹を括るしかない……)


 この状況でできることは、マーシャルに気づかれずにやり過ごすか、不意打ちで捉え交渉するかだろう。堂々と出ていけば捕まり取り押さえられるかもしれない。しかもマーシャルは魔人だ。


(あいつは魔術を使うから速攻で取り押さえないと……)


 どうやら後者を選んだようで身構えたそのとき、



「おや、義父上はいらしてないのですか?」



 開いた扉の隙間から澄んだ声がした。


「フォルトナート様? こんな夜分にどうしましたか?」


 声の主はフォルトナートであった。どうしてこのタイミングで来たのだろうか。


「先程まで義父上がいらっしゃったようなので(うかが)いに来たのですが、もういないようですね」

「……どうりで開いていたわけですね。全く不用心な方だ」


 そう言いながらマーシャルは部屋の外に出ていった。フォルトナートに救われた。


(うう、心臓に悪い……)


 バクバクと心臓が高鳴り口から飛び出そうだった。エラのときといいマーシャルはホラーゲームの倒せない怪物キャラのようだ。逃げ回るか隠れるしかない。難易度は見つかっただけでゲームオーバーになるベリーハードモードだ。


(サッサと残りを書き写してしまおう)






 ウォーレンは執務室から脱出し自室にいた。あんなことがあったものの心なしか機嫌がよさそうだ。


(やっほーい。どうにか証拠を手に入れられたぞ)


 手に持った資料を掲げていると、コン、コン、コンと扉が三回ノックされる。音に驚きバッと資料を隠す。


「ウォーレンさん。フォルトナートです」

「フォルティ?」


 慌ててしまったがマーシャルでなかったことに安心し迎え入れた。


「夜分遅くにすみません。お元気ですか?」

「ああ、超元気だ」


 夜分の慣例あいさつに超元気と答えるのは例えそうであっても口にしないものだが、一仕事を終え調子が良くなったウォーレンにはそこまで気が回らない。


「それは結構です。ところでコソコソ何をやっていたんですか?」

「それはだな……ん?」


 なんでコソコソやっていることをフォルトナートが知っているのかと固まってしまう。


「危なかったので助けましたが……私が気づいていなければ見つかってましたよ」


 フォルトナートは内政官であり諜報を得意としているのだが、私生活までそれは及ぶのかと呆気にとられる。彼はどこまで調査しているのだろうか。もしや自室での至福の(たしな)みもバレてないよね?


 フォルトナートのことが少し怖くなったが作戦のことを思い出す。


 ……誰にも知られてはならないことを。


「そ、それはだな……まぁ、いろいろとあるんだよ!」


 咄嗟に言い訳も思い浮かばずダメな誤魔化し方をしてしまった。どの道どんな嘘をついても感づかれてしまう。ならば何も情報を与えないのが正解だと自分に言い訳をする。


「………」


 フォルトナートとしては納得がいっていないようだが、


「何をしているのかわかりませんが程々にしてくださいね……」


 どうにかフォルトナートは深く追求せずに帰ってくれた。


 何かしていることはバレたが、それがファンベール家に大きく影響を与えるとは思うまい。簡単に説明すると『魔人の女の子を助け出すため、父親の不正を摘発し当主の座を交代する』という辻褄(つじつま)の合わない意味不明な作戦だ。フォルトナートに頼ったら、助けたお礼に当主の座を受け渡せとか言ってくるかもしれないのでもちろん頼らない。


 一人で成し遂げると心に誓うウォーレンであった。







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