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少女との出会い


 少女が左腕の前腕に噛み付いていた。甘噛みとかじゃなくマジ噛みで肉がガジリ取られそうになっている。ウォーレンは痛みに(もだ)えながら、半泣きしながら、少女の頭を右手で押し付け腕から離そうとする。


「痛い! 痛い!! やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 咄嗟の出来事でつい叫んでしまった。驚いたのか少女は噛み付くのを止め、ウォーレンは逃げるように後ろに倒れる。噛みつかれた場所にはくっきりと歯型が残り、八重歯が刺さったのか二箇所から血が流れだしていた。少女はウォーレンを睨みつけると細い手を前へと伸ばした。


(うっ!?)


 首が急に苦しくなる。何か見えないもので絞められているようだった。少女がゆっくり腕を上げるとウォーレンも同じように上がり、首吊り状態となった。


「がっ!!……はっ!!……」


 気道を確保しようと両手で首を抑えようとするが何か柔らかいものが遮り、首に触れられない。この何かが首を絞めているようだ。できたことは苦しみから少しでも逃れようと足をジタバタすることのみだった。


『あんた……とうとう私を殺しに来たわけ?』


 少女は冷酷な声でつぶやき、手を前に掲げながら立ち上がる。


「ちっ……ちが……」


 否定しようとするが声が出ない。苦しさが増し血が止まっているためか頭に熱がこもってきた。意識が遠のきそうになる。


『それにしても弱わ……ん? 青髪じゃない?』


 少女が何かに気が付いたようで手を下げると、ドサッとウォーレンが落ち尻もちをついた。首には赤い跡が残っていたが、首の圧迫はなくなっていた。酸素を循環させるように早い呼吸をする。だんだんと意識が戻っていくのを実感する。


『あんた誰? 何しに来たの?』

「ハァ……ハァ……ちょっと待ってくれ。まだ苦しい……」


 時間をかけ呼吸を整える。その間、少女は眉間に皺を寄せながらウォーレンを見下ろしていた。頭から恐怖が離れないが、この少女は『危険』で逃げるのは不可能だと直感していた。


 対話を持ちかけてくれたのが唯一の救い。


 警戒しながら問いに答える。


「俺はウォーレン・ファンベール。この家の長男だ。この部屋を調査しにきたんだ」

『この屋敷の長男? 調査って私がここに監禁されているのは知らなかったの?』

「ああ、今さっき知った。おまえ一体何者だ? なんで捉えられているんだ?」


 少女は疑い深くウォーレンを睨んでいたが、話を信じたのか警戒を緩める。


『私はエラ。ここに捉えられている理由は私もわからないわ』

「おまえも知らないのか……」


 エラはプイっとそっぽを向けた。エラも監禁されている理由を知りたかったらしく、当てが外れ不機嫌そうになる。もちろんそれはウォーレンも同じであるのだが、それよりも気になることを口にする。


「なぁ。さっきのはなんなんだ?」

『?』

「俺の首を掴んで持ち上げただろ。離れているのに」


 何を言っているのかとエラは不可解そうにしていたが、ウォーレンの質問の意図を理解したのか得意げに言う。


『ああ、知らない人もいるのね。あれは私の魔術よ。私、魔人だもの』




 ――魔人。

 この世界には知能を持つ五つの種族が存在し、その一つが人間。その一つが魔人だ。それぞれの種族には何かしらの『術』を行使でき、魔人が使用できるのは『魔術』。対して人間は何の術も使えない。


 ウォーレンの住む人間の国アンドロギウス王国は二〇年前の戦争で敗北し、北の海を越えた魔人の国クナディア帝国の植民地となっている。支配体系としては間接統治であり、元々の王族が君主となっているが、クナディア帝国による管理体制が敷かれている。しかし、何故(なぜ)か王都のこの街で魔人を見ることはほとんどない。

 

 魔人と魔術のことをウォーレンは知っていたが、魔術を使う場面を見るのも、経験するのも初めてだった。


「ま、魔人!?」

『ええ、そうよ。ここに角があるでしょ? 魔人の証よ』


 エラは頭の(とが)った角を指でツンツンして示す。ウォーレンは魔人の特徴を段々と思い出していた。


『あとは背中に小さな羽があるけれど見せないわよ』


 エラは両手をクロスして自身の上半身を抱きしめる。どう返答しても何か怒りそうなのでウォーレンは黙っておいた。先程首を絞め上げられたばかりだ。下手な返答をするのは怖い。


(なんで親父は魔人なんかを捉えているんだ? 魔人を監禁するのは重罪だったような……)


 アンドロギウス王国のトップは人間といえど、あくまでクナディア帝国の魔人たちによって支配下におかれている。魔人を奴隷にしたり無下にすることは宗主国の心象がよくなく禁止されている。そもそも人間は魔術を使える魔人に太刀打ちできず、捉えて監禁など論外なのだが……


「なぁ、おまえ。俺を青髪って呼んだよな。マーシャルのことだよな?」

『マーシャル? 名前は知らないわ』

「マーシャルで合っているだろう。あいつは人間のはず……さっきみたいに抵抗しなかったのか?」


 すると聞かれたくなかったのかエラは不満そうになる。


『したわよ、何度も何度も。でもぜーんぜんだめ。あいつも魔術を使ってくるし力も強いし、いつも失敗に終わるわ』

「魔術を使う? あいつも魔人なのか?」

『知らないわよ。そうなんじゃない?』


 とんでもないことを聞いてしまった。このエラという少女だけではなく、魔人がもう一人この屋敷にいる。道理で魔人の彼女を監禁できるわけだと納得する。彼女の様子からマーシャルが魔術を使うのは本当で魔人確定だ。マーシャルの頭に角が見えなかったが隠しているのだろうか。


『昨日は何か不機嫌で殴ってきたわ。もうやるなって。「花瓶」がなんとか言ってたけれど……』

「ん?」


 ウォーレンはエラの『花瓶』というワードを聞き逃さなかった。ということは窓のガタガタも、食材盗んだのも、花瓶を割ったのも、魔術の……いいやエラの仕業だろう。


「おまえの仕業かああああああああああああああああああああああああああ……がはっ……」


 エラに掴みかかろうとするが、魔術で腹部が殴られたようで飛ばされ、ウォーレンは仰向けに倒れる。


 衝撃の痛みに悶えながら胃が逆流するのを抑え込む。


『気安く近寄るんじゃないわよ』

「は、腹パンはやめて……ください……」




 そして、幽霊騒動について問いただすと全てエラのせいであった。


 捉えられていても暇なので魔術とやらで屋敷を物色していたようだ。夕方から夜にかけて目撃が多かったのは、夕食をつまみ食いするためだった。日中も果物やパンをパクっているらしい。ウォーレンの部屋を物色し出したのも一階の探索が終わったからだった。二階を調べようとしたらたまたま窓の鍵が開いて中を調査したそうだ。ウォーレンの部屋の窓とこの監禁の窓は屋敷の同じ外壁に設置してあり、手始めに調べ易かったのだろう。調査の魔術は触感を頼りにしているらしく、護符を押し付けられたときは驚いたと怒鳴られ再び魔術パンチをくらった。理不尽である。


 護符はエラの麻布の中に隠してあった。紙遊びでもしていたのか折れ目が付けられ破られていた。何が呪いよけの護符だ、全然関係なかったじゃん。


 原因が判明した後は解決するのみだ。


「なぁ、その……魔術とやらを使って屋敷内を(いじく)るのはやめてくれないか? 使用人たちが怖がっている」


 特に怖がっているのはウォーレンだがそんなことは口にしない。


『嫌よ。ここにいるのは暇で暇でしょうがないもの』

「そうやってイタズラばかりしているからマーシャルにボコられたんじゃないのか?」

『今度は上手くやるわ』


 止める素振りを全く見せず話にならない。なんと図太い性格をしているのだろう。根本として暇が原因だというのなら……


「それじゃあ、他で暇潰しになることとかないのか?」


 エラは考え込むと、何か心当たりがあるようだ。


『なら、本を頂戴。物語のやつ。小難しい学術書とかはダメよ』

「……字読めるのか。んー、そうだな……子どものときに読んだ本があると思う」

『お子様が読むような本は受け付けないわ。お・と・なが読むような物語がいいの』


 お・と・なが読む物語ってなんだ、エッチな感じのやつだろうか。そんなわけないのでこのお子様は「私は大人のれでぃよ」と見栄を張っているだけなのだろう。普通の児童文学辺りでよさそうだ。


「本も飯も俺の部屋に置いておくから勝手に取っていくようにしてくれ。ただしバレないようにしろよ。あと、たまにこうして話に来るから。おまえの暇つぶしになるだろ?」

『別に来なくてもわよ』

「へい、へい」


 エラはまだ子どもだ。見栄を張っているが、実際はかまってほしいのだろう。(しつけ)されてもイタズラを止めないのはそういうことだ。それに、このままエラのいたずらがエスカレートしてしまうと、本当にマーシャルに殺されかねないと思えてくる。


『ねぇ』

「ん?」


 エラの声色が急に落ち着き少し唖然としていると。彼女は一旦思い悩み……そして、決心したのか言い放つ。



『私をここから出してくれない?』







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