開かずの部屋
あの後どうにかフォルトナートの推測を聞き出そうと奮闘したが、綺麗な笑顔で軽くあしらわれてしまった。挙句、幼虫のバターソテーが給仕され『食べてくれたら気が変わるかもしれません』と言うので頑張って頬張ったが、気は変わってくれなかった。ちなみに味付けがよかったのか幼虫さんたちは美味しかった。悔しいけど舌には逆らえない。ちなみにフォルトナートが料理したらしい。料理は下人がする仕事だというのが貴族の常識だがそんなフォルトナートは公爵家出身だ。やっぱりどこかおかしいと再認識する。
フォルトナートととの夕食を終え、ウォーレンは一階の西側の通路にいた。この場所にいるのも、父親の専属執事のマーシャルの動きが怪しく、幽霊騒動の方角的にも合っているからだ。何かあるのだろうと感づいている。調査し解決できれば日々の平穏が取り戻せる。ウォーレンにとっては幽霊騒動が収まってないことがとにかく気がかりで、このまま眠れない日が続くと生活への影響がさらに深刻になる。
(……この通路だったよな?)
マーシャルが歩いていた通路を覗く。一定の間隔で扉があり、それぞれが部屋へと繋がっている。高価な品が置かれた部屋は鍵がかけられているため、全ての部屋の鍵を持ってきていた。鍵は金属の輪に通され束ねられている。
一部屋一部屋開けて、中を確認するが特に変わった様子はない。そして、一番奥の扉を手にかけ開けようとすると、引っ張っても扉は開かない。
(鍵がかかっている? たしか空室のはずだ……)
その部屋は北西の角部屋で物置にもなっていない。それに空き部屋でも掃除は必要で鍵をかける必要はないだろう。金属の輪から部屋の鍵を探し出し鍵穴に差し込むが、なぜかうまく噛み合わない。
(鍵が使えない!?)
手に持った鍵を見直すが間違っていない。おそらく錠が変えられているのか、何か細工をされているのだろう。このことをウォーレンが知らないことからマーシャルが何か重大なことを隠している可能性が高くなった。マーシャルの主人は父親のダンブルギアで、二人を疑ったほうが賢明だ。部屋の扉とその周りの壁を観察しても何もおかしな点は見つからなかった。どうにか入れないかと考え込んでいると……
「ウォーレン様。どうかされました?」
バッと振り返るとそこに立っていたのは屋敷の巡回・警備担当の男性の使用人だった。腰に剣を携えて胸や頭に金属で作られた防具を装備している。
「……ちょっと探し物をしていてな」
「よろしければお手伝いしましょうか?」
「いや、もう見つかったから大丈夫だ。まだまだ寒いが警備よろしく頼むな」
「はい」
使用人は敬礼し、巡回に戻った。この部屋に入りたいと使用人に相談してもいいのだが、マーシャルや父親の息がどこまでかかっているのかわからないし、部屋が開かないと騒がれても困るのでやり過ごすことにした。
(それにしてもマーシャルじゃなくてよかった……)
おそらくこのことはイザベラ、フォルトナート、他の使用人たちも知らない。使用人に関しては言い付けでもされているのだろうか。いずれにしても、マーシャルたちが秘密裏にやっているということは、バレたらまずいということだ。調査していることが知られれば、ことによっては口封じのためにウォーレンが危険な目に遭わされるだろう。
部屋に戻りウォーレンは自室のベッドで大の字で仰向けになっていた。
(危ない橋を渡っている気がする……こういうことは得意じゃないのに)
基本的にウォーレンは能動的というよりは受動的だ。これは妹のイザベラが能動的に色んな揉め事を起こし、その後始末でウォーレンが奔走することが多く、その態勢が板についてしまった。ウォーレンは積極的に危ない綱渡りをすることはなく、せざるを得ない状況でしか動かない。
考えることを止め、辺りを見渡すと、月の光が入り床に窓の形をした影ができていた。ふと、自室の窓を見る。
(あの窓から入ってきたんだよな……)
そして、思いつく、いや、思いついてしまった。
(……あの部屋にも窓はあったはずだ! 外から調べられるんじゃないか?)
危ない橋を渡ってること察して諦めかけていたが、他の方法に気付いてしまったことで好奇心が押さえられない。外に出ようとベッドから起き上がるが、
(流石にこの時間に外に出るのは怪しまれるか……)
あくまでウォーレンはお貴族様である。日頃から使用人が側に付いているため、自室や職場を除くと独りになりにくい。白昼堂々と外で調査すればマーシャルに感づかれるだろう。かといって、今外に出ようとすると先程の警備していた使用人に気が付かれる。誰にもバレずに任務を遂行したい。
(となると、この方法しかないか……)
「(うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ)」
ドスっという音とともにウォーレンは背中から地面に落ちた。二階の窓から飛び降りたわけではなく、タンスに閉まった変えのシーツを結んでロープを作り、それを伝って降りようとしたのだ。しかし、結び方が悪かったのか、途中で結び目が解けて落ちてしまった。
「イテテテ……上手くいくと思ったのに……どうやって戻れば良いんだこれ」
二階の方を見上げると窓からシーツを結んでできたロープがひらひら舞っている。ジャンプでは決して届かない距離だ。こうなってしまってはどうしようもない。一旦この問題は保留しておいて、目的の遂行にあたる。
(たしか、ここだよな?)
例の開かずの部屋がある場所へ移動し、窓があることを確認する。その窓は建物の西側にあり、二階と同じくシングルハングである。カーテンで遮られ中を確認できない。窓を開けようと手にかける。
(開いた……)
身を乗り出して中に入りカーテンを除けると、なんとも言えない籠もった匂いが漂った。鉄臭いような、汗臭いような。
(うっ)
鼻を摘みたくなるのを我慢する。部屋の中は暗くて一瞬普通の部屋と思えたが、目が慣れてきて細部が浮かび上がる。
……赤髪の小柄な少女が壁に背を当てて寝ていた。
彼女の首には金属の輪がかけられ鎖で壁に繋がっている。そして、素肌に直接茶色い麻布を着用し、素足に毛布をかけている。頭頂部には黒と赤が混ざった二本の鋭い角のようなものが生える。部屋の隅には排泄用の白い瓶が置いてあり、マーシャルが運んだのであろう食事用のトレイが端に寄せてあった。
(監禁されているのか!? というか……角?)
何かを思い出しそうになるが、それより目の前の状況に愕然とする。よくよく確認すると顔や腕に痣ができていて、細い右手の前腕には小さなガーゼが当てられていた。床には点々と血の跡があり生々しい。色が鮮明でまだ新しい。
(おいおい、親父こんな趣味があったのか……)
奴隷は個人の財産でありその命は主人が自由にしてよい。この国には奴隷制が残っている。奴隷をいたぶったり、慰めものにする貴族や市民もいるだろう。ただ、ファンベール家の使用人は全て奴隷であり、かつ、ウォーレンは彼らを懇意にしていることからこういうことはあまり好まない。特にイザベラが知れば激怒するであろう。
「(おーい、おーい)」
話を聞くために少女の前でしゃがみ込み、ペチペチと眠った少女の頬を叩く。もし少女が暴れても小柄であるから大丈夫だろうとくるくる茶髪は鷹をくくっている。
ん?、と少女は眠りから覚め、目を開ける。そして……
ズキッとした激痛が左腕を襲った。