表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/31

排斥された獣人少年の後始末


「なあ、村長さん。話がある」

「おまえたちは!? なぜここに!」


 ウォーレンは村長に話しかけた。ウォーレンたちは元々小屋に監禁されていた。こんなところにいたら驚くのは不思議ではない。


「俺たちはビーマちゃんの叫び声を聞いてここまで助けに来たんだ」

「そんなことを信じるとでも!?」


 村長は手を強く震えながら握りしめた。その手をそっと娘は包み込む。


「パパ、この人が言っていることは本当よ。私を助けに来てくれたのはヴォルフィンだけど、この人たちも来てくれた」


 ビーマを救出したのはヴォルフィンであったが、彼は捕まってしまった。そんな彼を救おうとウォーレンたちは動いたが失敗に終わってしまった。


「……わかった。話とは何だ?」


 村長は立ち上がり、奴隷商人の青年を見つめる。


「俺から一つ提案をする。まずはそれに応じるかどうか答えてくれ」

「いいだろう。聞こう」


 ウォーレンの提案とは言わずもがなである。


「ヴォルフィンの救出を手伝ってくれ、だ」


 なぜそんなことを言うのかと村長は身構える。ビーマは目を丸くした後、願いが叶うかもしれないと希望の笑みを浮かべる。


「何でそんなことをしなくてはならない。彼はもうこの村の住人ではない。我々が手伝うのは筋違いではないか?」


 村長は先ほどビーマのお願いを否定したばかりだ。意見を変えるはずなどない。


「いいや、彼がこうなったのはおまえらのせいだろ? なら責任があるはずだ」

「どういうことだ?」


 そもそも、ヴォルフィンがあそこまで追い詰めた理由は何であったか?


 父の死は避けようがなかったかもしれない、しかし、母の死については防げたのではなかろうか。


「この村が一番おかしいところは防衛体制だ。俺みたいな怪しい商人が土足で入れたし、盗賊たちも同様に入れたんだろう。獣人兄弟が気付いたようだけど、村長の家に入った後だ。そんなんじゃ、襲われ放題じゃないか? つまり、おまえらの防衛が悪いからヴォルフィンの母親が殺されて、彼が苦しい思いをしていたわけだ」


 ウォーレンはこの村の防衛について突く。そもそも、戦争後の今、獣人は貴重な人的資源だ。それを守ろうとしないのは怠慢だ。


「それは……獣人たちを隠すためにあえてそうしていただけだ!」

「それは変な話だ。こうして俺の耳にも届くほど獣人の情報は出回っている。それこそ、村の防衛をしっかりしないといけないほどな」


 獣人たちを守りたい、ならば防衛拠点を気付くのが普通であろう。なら、なぜ彼らはそれをしなかったのか?


「これは俺の考えだが、戦争の前、獣人と人間が共存していた頃はそんなものが必要なかった。こんな片田舎には金品はないし、価値が高いのは人か家畜くらいだ。それに獣人ももっとたくさんいたんだろう。防衛もできていた。だけど、今は違う。獣人は価値が高いし、人は減って防衛力が衰えてきている。それなのに防衛を怠っているのは怠慢か? それとも、そもそも防衛という概念すらもわかっていないのか?」


 戦争で国の事情は大きく変わった。それを理解できても、こんな片田舎には影響がないと、このままでいいと、ずっとずっと、後回しにしていた結果が今のこの村の姿であった。


 エラはウォーレンの考えをサポートする。


「私はこういうのに詳しいわ。普通の村なら防衛設備がなかったり、警備をしていなかったりする村はあるけれど、それは奪われるものがない村よ。ここは獣人という価値が高いものがあるんでしょ? なら絶対に必要よ。堀を作って囲うのは難しくても、木で壁を立てるのはできるんじゃない? 使われていない民家がたくさんあるから資源は豊富よ。それに獣人っていう強力な警備員がいるのに上手く使えてないじゃない。ヤグラを立てて、一日中警備できるようなシフトを組んでおかないのはもったいないわ」

 

 獣人は獣術を使った身体強化で農作業への貢献度が高く、警備に回すのを躊躇(ためら)っていたのだろう。獣人兄弟は警備をしているようだが効果的に働けているかというと疑問が残る。


「ということだ。こんな少女でも一目瞭然のようだぞ」

「……だとしてもだ。私たちが彼を助ける理由にはならない」


 村長は非を認めた。しかし、村にとって重要なのは彼を助けても何の利益がないことだ。ヴォルフィンを助けたとて村に戻してしまえば、彼は問題を起こしかねない。むしろ不利益を被る。


 こういう場合は逆に考えればいい。


 動いても利益がないなら、動かなければ不利益を(こうむ)るという状況を作ればいいだけだ。


「彼を助けないときの話をしよう。俺は奴隷商人だ。この村の警備体制をよくわかっていて、それを人狩りの専門集団に教えることができる。さらに噂が出回ればもうこの村に人が流れることはなくなるだろう。ついでにビーマちゃんも連れて行っちゃおうかな?」


 ウォーレンがビーマに向かってウインクすると、


「きゃあ~~~、さらわれちゃう~~~」


 ビーマはウォーレンにトタトタと駆け寄り、足を両手で抱え込む。


「ビーマ! なぜ!?」


 村長は呆気に取られた。


 その後、ウォーレンの足にしがみついているビーマをエラが引っぺがした。


「ビーマ、私の方に捕まってなさい」

「は、はい」


 ビーマはエラの片腕を抱きしめた。ウォーレンはその行動が疑問でエラに声をかける。


「(なんでそんなことするんだ?)」

「(いいの! ウォーレンは話を続けてなさい)」


 プイっとエラはそっぽを向いてしまった。


 話を戻し、ヴォルフィンを救出する場合の付加価値について説明する。


「それに、あの盗賊はまだ捕まっていない。あいつらはヴォルフィンの母親を殺しているし常習犯だ。きっとまた襲ってくるだろう。彼らの話を聞いて警戒が強まっていると領主が知ればもっと大量の盗賊を送ってくるかもしれない。潰した方が賢明だ。ヴォルフィンを助ける際にもしあの盗賊を捉えられたら、俺が売ってやる。利益は半々だ」


 この提案に乗れば、村を襲う盗賊を退治できたという名分で住民の不安を和らげられる。しかも、金まで入ってくるとなると、リスクはあれど悪くない条件だ。


 村長の心は揺れていた。


 村長は、最後の質問をウォーレンにする。


「なぜそこまでしてあの少年を助けようとするんだ?」


 ……エラを救ったときマーシャルが放った言葉と同じだった。


「……そんなのもわかんねぇのか」


 人を苦しめることに慣れてしまった人間は、救うということに価値がなければ動かない。


 この世界は所詮こういうものだ。


 知っていた。


 ウォーレンはよく知っていた。


 しかし。


 だとしても。


 ウォーレンはエラと誓った。


 苦しんでいる人を救済すると。


 何のために奴隷商人という道を選んだのか?


 苦しんでいる人に多く出会えるからだ。


 そして、出会ってしまった。


 苦しんでいるヴォルフィンという少年に。



「ヴォルフィンは、母親が病気になって、イジメられて、唯一の生きる希望だった母親が殺されて、大人の都合とやらで嘘つき呼ばれされて、食いつなぐためにやむを得ずに村の食料に手を出して、そんな彼をこの村は誰も救わない、救う声はあった、でも誰も聞こうとしない。なんて、なんて救いようがないんだ! そして、あいつは復讐心を抑えて、必死に抑えてビーマを助け出した! そこまでしても誰も救おうとしない。ふざけてやがる! この世界は本当にふざけてやがる! こんな苦しんでいる彼を知ったら救いたいって思うのは当然だろ! 逆になぜあんたらはそこまで冷酷になれる! 俺たちは彼の生きる道を提案した! その回答をまだ聞いていない! 俺はその回答を聞くまで諦めない! ……こんだけありゃ彼を救う理由は十分か?」


 ウォーレンは堂々と前を見据える。そして、エラは清々しくしている。


「パパ!」


 ビーマが願う声が響き渡った。


「……」


 ここまできて、村長は悩んでいた。


 そこに。


「商人さん、俺たちは手伝うぞ。ここまで言われて動かないやつは男じゃねえ」

「お、おれだって兄さんと同じだ」


 獣人兄弟が名乗りを上げた。それが背中を押し、村長も口を開ける。


「……わかった。彼の救出に協力しよう」


 しぶしぶ、であったが村長も了解してくれた。


「とはいえ、どうやって彼を助けるんだ? 今から追いかけるのか?」


 村長は少年の救出方法についてウォーレンに尋ねた。


「考えなしというわけではない。ただ、獣人兄弟に頑張ってもらう必要はある」


 獣人兄弟は力強くウォーレンへの協力を受け入れる。


「ここまで来たんだ、何でも言いやがれ!」

「お、おれも頑張るよ!」


 そして、ウォーレンは告げる。


「作戦がある」






 昼のバルサドールの街。


 人が疎らで穏やかな雰囲気のこの街に四人が歩いていた。


 一人は女、二人は男、一人はロープに巻かれて顔を布で覆った少年だった。


(あね)さん。こいつは高く売れそうだボ」

「久々の獣人だしねぇ、獣術が使えるのなら良い値が付くんじゃなぁい」

「高値、ならば、豪遊」


 村を襲撃した三人組はヴォルフィンをここまで連れてきていた。彼の顔は塞がれて、外から獣人であることがわからないようにされていた。


 彼らは、奴隷商にヴォルフィンを売りに来ていた。


 いつもの奴隷商店へと足を運ぶ途中。


「よお、おまえら。また会ったな?」

「三度目ね。もう見飽きたわ」


 そこには、ウォーレンとエラが立っていた。


「あなたたち、なんでここに!?」


 ウォーレンは当たり前のように発言する。


「どうせ獣人を売りに来ると踏んだんだよ。俺はこれでも奴隷商人だ。情報網を使えば獣人を扱っている店なんて調べられる」


 情報網というか青シャツおじさんの話に聞いただけだが、ちょっとカッコよく言いたかったのだろう。


「カイッ! ナータン!」


 SM嬢は戦闘準備を男二人に促すが、


「獣術の丸薬を飲んでいないボ」

「俺、ならばっ!」


 カイがナイフを持ってウォーレンに突っ込むが。


 ゴッ!!


 エラが一瞬でカイの背中に肘を入れて、地面に叩きつけた。


 ナータンとSM嬢が、術の丸薬を懐から取り出すが、


「「ああああああああ」」


 ふわふわと丸薬の入れ物が彼らの手元から飛び去って、エラの手元へと移動した。


 今回は二人とも『術の(みなもと)』を補給していなかったようだ。


「に、逃げるわよぉ!!!」


 戦闘するのは絶望的だとSM嬢は翻りナータンが続くが、


 彼女らの前には人の形をした大きなケモノが二人立っていた。


「ひっ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」


 こうして、獣人の少年を巡った大きな一件に終止符が打たれた。






 三人組の身柄は拘束された。


 ヴォルフィンは解放され、顔を覆う布が取られる。


 布を取ったのは、少年の目の前にいたのは、お花の髪飾りをした女の子だった。


「ヴォルフィン!!!!!」


 ビーマはヴォルフィンに飛び込んで、抱きついた。急なことでヴォルフィンは倒れ、ビーマが上に乗り上げる。


「な、なんでビーマも!?」

「無理言って一緒に来たの! でも、本当に、本当にヴォルフィンは助かったんだね……うっぐ……ひっく……」

「お、おい! こんなところで泣くなよ!」

「だって……だって……」


 ビーマはヴォルフィンの上でボロボロ涙を流していた。


「ヴォルフィン。あのとき、助けてくれてありがとう! 本当にありがとう! もうありがとうなんて言えないと思っていた」


 ビーマは再びヴォルフィンに抱きついた。ヴォルフィンは疲れからか、ビーマを止められないのがわかったのか、大の字になって力を抜いた。






 ビーマが落ち着いてきたところでウォーレンは声をかける。


「イチャイチャするのもいいけれど、そろそろ離れなさい」

「イチャイチャ!?」


 ビーマは一瞬で離れ、自分が何をやっていたのか理解し、顔真っ赤にして蹲った。少し遠くでは村長が寂しそうに見ていた。


 ウォーレンは近くに集まった救出者たちに手を向ける。


「ヴォルフィンを救出するために皆ここまで駆け付けたんだぞ」


 エラ、ビーマ、獣人兄弟、村長。


 彼らは話し合いの後、使われていなかった馬車に乗って急いでこの街へと向かっていた。あの村には馬がいなかったので、獣人兄弟が必死になって引っ張ってくれた。エラもこっそり魔術でお手伝いしていたようだ。


 そして、獣人兄妹は街の門を見張り、三人組が来たのを確認すると、一目散にウォーレンたちに伝えて、待ち伏せていた。


「俺らに礼なんて言わなくていい。おまえを救いたかった。それだけだ」


 村長との駆け引きはあったもののそんなことをウォーレンは口にしない。


「それと、おまえの回答を聞きに来た」

「回答って、奴隷になるか、自由になるか、村に残るか、か?」

「そうだ」


 選択肢は三つあった。少年の彼にとってはどれも苦しい道であろう。しかし、すでに決めていたようだ。


「母さんを殺したやつはこうして捕まった。なら、おれは奴隷として働きたい! 仕事をして、自分で自分の食べ物を買って、もう誰にも迷惑をかけたくない!」


 ……彼が選択したのは奴隷への道だった。


「食べ物はたぶんもらえるけれどな。わかった。本当にそれでいいんだな? 村に心残りはないか?」

「もちろんあるけれど……母さんと父さんとの思い出がある場所だけれど……もうこれ以上は迷惑をかけられない。それに、死んだ母さんと父さんが悲しむと思ったんだ」


 ヴォルフィンが戻ったとて、信頼が回復するのは時間がかかるだろう。まだ子どもで十分な働きができなければ、食べ物を得るのは大変だ。自由になったとて、それがさらに困難なるだけだ。


「わかった。俺はおまえの選択については何も言わない。ただ、おまえのことをちゃんと面倒を見て、誰に見せても恥ずかしくないようにして、良い主人を見つけてやる」


 ヴォルフィンは奴隷として生きることを選んだ。それを提示したのはウォーレンで、責任を持って面倒を見ることを約束した。


「奴隷って……」


 隣でビーマは話を聞いていた。


「ウォーレンさん。ヴォルフィンは、ヴォルフィンはいくらで買えるんですか!?」

「えっ!?」


 早速お客さんが現れたけれど、どう対応していいのかウォーレンはわからない。唯一出たのは彼の処遇についてだ。


「まだ、彼は売れない。二年ほど教育されてから売られる予定だ」

「いくら……いくらですか?」


 このお客さん、早速少年を買う気満々のようだ。


「そうだなー、獣人だし高いぞ? クォーター金貨三枚あれば足りると思うが……」

「そ、そんなにするのか!?」


 驚いたのは村長だった。ヴォルフィンのことについては引け目を感じているようで少し改心したようだが、大金となると考えてしまうのが大人というものだ。


「パパ! 今日から本気で村を復興します! 部屋にあった経営や領地運営の本は全部頭に入っています」

「あれを全部読んだのか!? 私はまったく読んでいないのに……」


 村長の家に置いてあった本棚のことだろう。村長は買ったものの読まずに詰み本していたようだ。それに対して、ビーマは村長の娘としての役割を果たすべく、それ相応の知識を蓄えていたようだ。


 溜まった鬱憤(うっぷん)を晴らすようにビーマは滑らかに意見を言う。


「子どもだからって意見するのは躊躇(ためら)っていたんですが、もう吹っ切れました。村に言いたいことが山ほどあります。街へ来たので手始めに取引物の需要供給の情報が欲しいし、取引できそうな商人を探したり、もらったお金で農具や資材を補填したいです。それに獣化した獣人の皆さんの毛を刈り取って糸を作りたいです。獣人さんの糸は、質が良いけれど市場には出回っていないと聞いています。きっと高く売れます」


 にこやかにビーマが獣人兄弟を見つめると、兄弟はブルっと振るえた。


「もちろん、ただ毛を出すだけじゃダメです。良い質の毛を出せるように何度も練習してもらいますよ」

「に、にいさん!!」

「……これも修行だ。弟よ」


 大人の獣人を手なずけるなんて本気になったビーマちゃんは止まらないようだ。


 そして、ビーマはヴォルフィンに告げる。


「ヴォルフィン。もうあんな村に戻るのは嫌かもしれないけれど、絶対に良くして、豊かにして、ヴォルフィンが楽しく幸せに暮らせるように準備するからね。私頑張るから。そしたら絶対に戻ってきてね!」

「ちょ、近いって。俺は奴隷になるんだ……誰が買おうと文句は言わねぇよ」


 照れくさそうにヴォルフィンは頭の後ろを手で押さえながら、ビーマの視線から逃げた。


(うむうむ、青春だなぁ。ちょっと変だけど、こんな恋もなんかいいなぁ)


 ウォーレンはしみじみとおっさん臭いことを思っていた。


 エラは幸せなのは良いことね、と満足そうに見つめていた。恋愛の部分は汲み取ってはいなさそうだ。



 こうして、元貴族奴隷商人ウォーレンとわがまま魔人少女エラは、獣人少年ヴォルフィンを救済できたのであった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ