合流地点
元貴族ウォーレンは馬小屋に逃げ込んだが……そこは袋小路であった。
ウォーレンが冷や汗をかきながら振り返ると、そこにはシーフ野郎ことカイが荒い息をしながら立っている。手には小型ナイフが握られていた。
「財布、ならば、奪還」
「絶対嫌だ! これがないと俺が売られちゃうんだよ!!」
売られるかどうかはさておき……いや、売られると思うが、命と金を天秤にかけた場面だ。金欠で頭の狂ったくるくる頭はこともあろうに金の方を選択してしまった。
「そうだ! 俺はサフィニア石を持っている! おまえが何術を使うのか知らんが俺には聞かんぞ!」
術の源を吸収したサフィニア石も時間がたてば再び使えるようになる。ウォーレンはお守りの袋を取り出しカイに見せつける。
「術、ならば、不使用!」
「まじかよ!!」
土壇場のハッタリもどきであったが、そもそもカイは術を使っていなかった。
「俺、ならば、瞬殺」
カイは手に持ったナイフを構える。ウォーレンに突き刺すつもりだ。
(くそぅ、ヤバいヤバいヤバいヤバい)
ウォーレンの手にはピッチフォークが握られている。しかし、彼は戦闘に関しては初心者で、全ての攻撃がカイに避けられていた。
(何か手はないのか! なんでもいい、なんでもいいから……)
と、ウォーレンの近くに腐って崩れかけた木の柱があった。この馬小屋は使われていないのか、ボロボロですぐにでも倒壊しそうだった。ウォーレンは村を歩いたときにこの小屋を見ていた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ」
ウォーレンは勢いよくピッチフォークを腐った柱に向かって横なぎすると容易く折れた。
そして。
ドガドガドガドガドガッッッッッ!!!!
自重に耐えられなくなった天井が崩壊し、全体が倒壊して大きな砂埃を巻き上げた。ウォーレンとカイはその下敷きになった。
(あれっ?)
ウォーレンは頭を抱えて身を守っていた。しかし、砕けた天井が彼の上に落ちることはなかった。周りには大きな木の破片が散らばっているが、彼がいる場所だけは木の破片は落ちていない。
「何やっているのよ?」
少女の声がした。
ウォーレンは上を見ると、天井の一部が浮かんでいた。それは軽々と遠くに投げ飛ばされ、大きな音を立てる。彼の近くの大きな木片の上に赤いツインテールの少女が立っていた。
……エラが救出していた。
「たすかったあぁぁ」
ウォーレンは安堵し大きく息を吐いた。彼が何も考えずに出た行動は自爆行為だ。相手に大打撃を与えられるが、自身は戦闘不能になる。そんな無謀な攻撃だった。
「小屋を壊して相打ちを狙うなんてアホなの? ギリギリ私が助けられたけど死ぬかもしれなかったわ」
巨漢男ナータンを撃破したエラは、ウォーレンを探しに向かっていた。馬小屋に空いた壁からウォーレンとカイが向かい合っていることを発見した瞬間に小屋が崩壊した。どうにか魔術を使ってウォーレンを助けたのであった。
ちなみに、エラがSM嬢ではなく、ウォーレンの方へと先に来た理由は言わずもがなである。
「エラちゃああああああああん。助かったよおおおおおぉぉぉ」
涙を流しながらウォーレンはエラに抱きつこうとするが、
「……ぐふっ」
いつもの魔術パンチで拒まれてしまった。エラは嬉しいような恥ずかしいような様子でチラッと蹲ったウォーレンを見て一言。
「(心配したんだから……)」
ウォーレンとエラは、男二人を撃破したこと、村長の娘ビーマを誘拐した女だけが残っていること、その女をヴォルフィンが追跡していることを共有した。
二人は崩れた馬小屋の近くに座り、これからの行動について話し合う。
「ヴォルフィンが追いかけているとはいえ、状況は良くないな……彼があの魔術使い人間に勝てるとは思えないし、俺たちは獣人じゃないから追跡できない」
獣人の少年ヴォルフィンは匂いでビーマをさらった女を追跡している。しかし、ウォーレンたちには追跡の術がない。
「女の居場所がわからん。魔術でどうにかならないのか?」
「探索はできるけれど私は苦手だし、もう遠くにいるんじゃない? 出会ったときに細い『術の糸』を結んでおけば追尾できるけれど、そんな暇はなかったわ。なんでもできると思わないで」
「いやいや、結構なんでもできるじゃねえか」
何でもできるとはいえ、手段としては良くなさそうだ。他の方法を探る。
「ビーマを誘拐したあの女が言ったことは『時間稼ぎ』だったよな。ってことは何か他に目的がある? いいや、やつらは領主の手先だ。この村に嫌がらせをするのが目的で、ビーマを誘拐するのはその手段だ」
「それなら、引っ掻き回した後どこかで合流するんじゃないかしら?」
嫌がらせが目的だとすれば、ビーマを誘拐したのはその一環で、ついでに金が手に入ればラッキーということだろう。
「だとしてもやつらの合流地点がどこなのか見当が付かない。あの獣人兄弟に頼んで追跡してもらうしか……」
「それもいいけれど時間がかかるし、私たちは捕まったのよ。あいつらの仲間だと思われたら協力なんてしてくれないわ」
「だよな……というかこういうことは頭が回るんだな、おまえ」
パコーンとウォーレンは一発殴られる。
「イデッ!」
「これでも戦略とか戦法とか頭に入ってるし、考える練習をさせられたの! 商人同士の腹の探り合いよりもこっちの方が得意よ」
「おまえはそういうところが得意なのか……逆に俺は交渉の方が頭が回るな。で、どこがやつらの合流地点なんだろう」
話し合ったのはいいものの結論は出ない。ウォーレンが頭を捻っていると、何かピンと来たのかエラが話し出す。
「ねえ、この村って商人を受け入れてないのよね」
「そうだけど……それが何だ?」
エラはおもむろに立ち上がる。
「ならおかしなところがあるじゃない。この村に来る直前、私たちはそれを見たわ!」
「ああ……そういえばあるな! 不自然な場所が!」
村へ行く途中、ウォーレンはエラの魔術で高くまで飛び上がって、この区域全体を見回していた。
そのとき彼らが見たのは何だったのか。
「「キャンプ跡!!」」
村から1キロメートルほど離れた場所にキャンプ跡があった。そこには、焚火の跡が残り、古い布が敷かれている。
そして。
その場所に女性――SM嬢が立っていた。彼女は、ゆったりとした服装で蝶眼鏡をかけ、腰下まで垂れ下がった長いポニーテールが特徴だ。隣には、ロープでぐるぐる巻きにされたお花少女ビーマが正座している。
「あいつらぁ、遅いわねぇ」
この場所が三人組の合流地点であった。予定した時間よりも時は過ぎ、SM嬢は不審に思っていた。
「きっと村の人たちがやっつけたんです!」
ビーマが言い放った途端、バシッ!! とすぐ隣をロープがムチ打つ。
「ひっ!」
「おだまりなさぁい、今のところは怪我させないであげるけれどぉ、それはあたしの機嫌次第よぉ」
SM嬢は仲間を心配していて機嫌は良くなさそうだ。もし彼らが捉えられたのならビーマと交換しようと考えている。今回の奇襲の目的は身代金ではなく別にあった。
……この村に不安を与えることだ。
彼女らは雇われ盗賊で、クライアントの要求に答えて行動している。一気に村を襲うことは禁じられ、術の丸薬が支給された。術を体得した彼女らは、この村を訪れては住人を殺し、貯蔵庫を燃やし、と嫌がらせを続け、住人の不安を煽っていった。そして、村の警戒が高まった今、大きな事件を起こすに至った。
SM嬢が辺りを見回していると何かに気が付く。
(あれは何かしらぁ?)
何かが近づいている。
それは、狼に見えた。
狼は両手両足を使って全速力でキャンプ跡に向かってくる。
……ビーマは一瞬でその狼が誰なのか理解した。
「ヴォルフィン!!」
その狼は、ケモノの姿をした少年は、ヴォルフィンだった。




