三人組ふたたび
「ビーマちゃんに何かあったのか!?」
「こっちが知りたいわよ!」
くるくる茶髪のウォーレンと魔人少女エラは慌てているが、ここは藁が詰められた罪人用の小屋の中だ。外の情報を得るすべはない。
なら、ここから脱出するまでだ。
「ヴォルフィン、俺たちはここから出る」
「俺も出る!!」
「……それは何のためだ?」
ウォーレンの声は急に落ち着き、暴れる獣人少年――ヴォルフィンを見定めた。
「何のためって……」
「いいか。俺たちが出るのはビーマちゃんに何かあったのなら助けるためだ。彼女がいなかったら村長とは話すらできなかったし、エラはお花の冠の作り方を教えてもらった恩がある」
ビーマのお膳立てがなければ、この村の現状については知りえなかったことだ。捕まったのはウォーレンとエラの自業自得だとはいえ、お世話になったことは間違いない。
「おまえをここから出す条件だ。復讐したくてもビーマちゃんを助けることを最優先にしろ。それなら出してやる」
「……わかった」
そもそもウォーレンたちがここから出る必要はなく外の問題など管轄外だ。リスクを負ってまでここから出るのは、村長の娘――ビーマの安否を確認するためで、ヴォルフィンの復讐を手助けするためではない。そこをきっちり確認しないと、この少年が暴走するだけになってしまう。
「エラ! 頼めるか?」
「ええ、今やるわ!」
エラの帽子がフワーと空中に浮かび上がる。頭の上に角が見えた。角から魔術を行使するようだ。
彼女の足元の藁が円を描きながら空中に舞い上がり、数本のナイフへと変貌する。エラの髪と同じ赤色で切っ先は鋭い。
……魔術の一つ『外装形成』だ。
物体の外側に、術の源で外装を生成する術だ。この場合は藁を元にナイフにしている。
「今切るから動かないでね」
エラが言った瞬間、空中に浮かぶ赤いナイフがウォーレンとヴォルフィンへと近づき、振り下ろされた。
パラッと切られたロープが床に落ち、エラの帽子は元のポジションに戻る。
「な、なんだこれ!?」
「これは……この子の手品だよ」
驚きを見せるヴォルフィンであったが、ウォーレンはあくまでも手品で通す。魔人とバレればそれまでだし、もしバレてもかまわない。
とにかく急がなければ。
「エラ! 相手は盗賊だがもしものことがある。ヤバいと思ったら本気を出していい。後のことは俺が全部やるから思い切り暴れてこい!!」
「わかったわ! 任せてちょうだい!!」
バンッ!!! と小屋の扉が魔術で外に吹っ飛ばされる。
自由になった彼らが外に出ると、
「あんたは!」
第一声を放ったのはエラだった。その視線の先には、女一人、男二人の三人組がいた。ポニーテールで蝶眼鏡をかけた女――SM嬢の脇にはロープで巻かれたビーマが抱えられている。
「あいつらのこと知っているのか?」
「ええ、街でお馬さんをイジメた悪い奴らよ」
辺りを見回すと、村長の家の壁が粉々に壊されていた。話し合いをしていたリビングが外から丸見えになっている。近くに獣人兄弟がいたが、ロープでぐるぐる巻きにされ動けない状態だった。
「あんたら獣人なんだろ!? 獣術で出られないのか?」
ウォーレンは束縛された獣人兄弟に問いかけた。『獣術』を使える彼らなら自力で脱出できそうなものだが。
「なんか力がでねぇんだ。術の源が吸い取られているような感覚がする……」
獣人兄はそう答える。ロープをよく見れば、青いキラキラした石が散りばめられている。
……サフィニア石。
かつてエラが監禁されていたとき、首輪に取り付けられていた石で『術の源』を吸収する効果がある。ウォーレンも所持していて、後輩のアリシアからもらったお守りの中に入っている。
「獣人対策ってことか。エラ、気を付けろ」
「前に戦ったときおかしいと思ったのよ。通りで魔術が効きにくいわけね」
バルサドールの街でエラとSM嬢が対峙したとき、ロープの軌道を上手くそらせなかったのはサフィニア石が埋め込まれていたことが原因だった。
SM嬢は、ウォーレンたちを察知したようだ。
「あらぁ、あのときのカワイ子ちゃんじゃなぁい。こんなところでどうしたのぉ」
「あんたたちこそ何やってるのよ? またぶっ飛ばしてあげるわ。ビーマを返しなさい!!」
「それはダメねぇ。返してほしければ金貨一枚用意しなさぁい」
この三人組の目的は身代金で、村長の娘であるビーマをさらったようだ。金貨一枚は大金だが用意できない金額ではない。しかしこの村だ。硬貨が流通していなく、貯蓄が少ない。すぐに用意するのは難しいだろう。
「娘を返してくれ!!!」
村長が膝を付きながら懇願した。彼は腕を負傷したらしく、手で押さえている。
「ならぁ、お金を用意することねぇ」
SM嬢が腕を大きく振ると、ゆったりとした服の袖口からロープが飛び出し、村長をムチ打つ。
「うぐあぁ」
「パパ!!」
父親を心配するビーマの悲鳴が響き渡った。
「おい、エラ! あのロープはなんだ!? あんな技、人間にできるわけない」
「……魔術ね」
ロープでムチ打つなら人間でも可能だろう。しかし、SM嬢が放つロープの動きは複雑で、距離が長い。人間には到底無理な技だ。
「おやぁ、気付いたのぉ。私は魔術が使えるのよぉ。魔人じゃないけれどねぇ、すごいでしょぉ」
「ということは……術の源が入った薬を飲んでいるのか?」
「あなたたちぃ、それも知っているのねぇ。裏の人間かしらぁ? 私たちは『術の丸薬』って呼んでるのよぉ」
この世界で『術』を行使できるのは人間を除いた四種族のみだ。しかし、術の源を外部から吸収、つまり術の丸薬を飲むことで人間でも魔術を行使できる。エラが監禁されていたのは、彼女の体液を収集し、術の丸薬を作るためだった。
「あたしは先に行くわぁ。ナータン、カイ、時間稼ぎよろしくねぇ」
「ボ」
「了解」
SM嬢はその場から立ち去る。ウォーレンたちの目の前にいるのは、目が白い点で緑の服を着た巨漢――ナータンと、頭と口をバンダナで隠して目だけ開けたシーフ野郎――カイの二人だ。
最初に動いたのは、巨漢のナータンであった。
「いくボ!!」
大きな拳がウォーレンに向かって振り下ろされる。
(やべっ!!)
ウォーレンは咄嗟に横へと飛び出し、直撃を逃れる、が。
ドゴォ!!
ナータンが殴った地面が大きくえぐられ、辺りに土の破片が飛び散る。
「なんだこいつ!? こいつも魔術使いか?」
「オラのは獣術だボ」
術の源を持つのは人間以外の種族だ。もちろん獣人も術の源を保有していて、その体液から『獣術の丸薬』を作り出せるのであろう。
「そんなんありかよおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「ウォーレン離れていて、私が相手するわ」
ウォーレンの前にエラが飛び出す。そもそも二〇〇キログラムありそうな巨体だ。獣術を使えなくてもウォーレンには敵わないし、武器となるものは没収されている。エラに戦ってもらうしかない。
と、ウォーレンは近くに袋が落ちていることに気が付く、
(俺の財布か? あぶない、あぶない)
先ほどの回避行動で落としたようだ。バルサドールの街で奴隷を渡して得たお金が全てこの袋に入っている。エラの後始末代は既に払っているが、おおよそ銀貨一〇〇枚ある。
戦闘中だとはいえお金は大事だ。ウォーレンが財布を取ろうとしたその瞬間。
サッ!
ウォーレンの目の前を影が横切ると袋がなくなっていた。顔を上げると、袋を持って走り去るシーフ野郎ことカイの姿が目に映る。
「おまえ! 待ちやがれえええええええええええええええええぇぇぇ!!!」
ウォーレンは血相を変えてカイを追いかけだした。
「ちょ、ちょっとウォーレン!!」
エラがウォーレンを気にしていると、巨漢男ナータンの拳が迫る。
ドガァ!! という音を立てて地面が再びえぐられるが、エラは避けていた。攻撃はとどまることなくナータンは連続で追撃する。しかし、ぴょんぴょんとかわしているエラには当たらない。
「ちょこまかするなボ」
「あんたの攻撃が遅いのよ」
エラはナータンとの距離を一旦離して、足を引き両手を地面に付けるクラウチングスタートのポーズを取った。
(いくわよ!!)
瞬間。
エラは勢いよく前に飛び、空中で姿勢を変えてナータンの腹部目がけて飛び蹴りを入れる。
ズサササササササッ!!!
キックが直撃したナータンは大きく後ろに飛ばされ、エラが乗った状態で地面に引きずられる。
辺りに土埃が大きく舞う。
しかし。
「き、効かないボ」
ナータンは耐えていた。今の彼は獣術を使える。獣術は『術者の内面』に作用する術だ。身体の強化ができ、巨漢で防御力のある彼はさらに頑丈だ。
ナータンはお腹の上に立つエラを小さな虫を叩くように大きな手で払う。
「キャッ」
驚いたエラは声を上げ飛ばされるが、魔術で上手く着地した。
「面倒くさいやつだボ」
ナータンはゆっくりと立ち上がる、と、その視界に獣人の男の子が目に入った。
……ヴォルフィンであった。
彼はこの状況に付いていけず、怯えて見ていることしかできていなかった。そして、自分が標的になっていることに気が付く。
「!?」
「まずはおまえだボ」
ナータンが腕を上げ、大きな手で拳を作る。
「ヴォルフィン!!!」
エラの大きな叫びが轟く。
そして。
その大きな拳がヴォルフィンへ勢いよく突き出された。




