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獣人少年への提案


「そ、それじゃあ。ヴォルフィンくん、反省するんだよ」


 獣人弟がおどおどしながら言うと、小屋の扉が閉じられ、(かんぬき)が通された。


 ……(わら)が敷き詰められた監禁小屋には、ウォーレン、エラ、そして獣人のヴォルフィンの三人が閉じ込められている。


 ヴォルフィンはウォーレンたちを気にすることなく、そっぽを向いている。ヴォルフィンから話すつもりはないようだ。


 そんな彼を見て最初に口を開いたのはウォーレンであった。


「おまえ、ヴォルフィンって言うんだろ?」

「……なんで俺の名前を知っている?」

「ほら。今日の喧嘩のときに俺たちもいただろ? おまえは逃げちゃったけれど、その後にビーマちゃんに教えてもらったんだ」

「ビーマ……か」


 少年はビーマの名を聞いた途端、(うつむ)いてしまう。


「ビーマちゃんに詳しい話を聞いたんだ。おまえの母ちゃんが亡くなったことについて」

「なんだと!」


 一瞬でヴォルフィンの顔つきが変わり、歯を食いしばってウォーレンを睨みつける。『母』という単語を聞いて頭に血が上ったようだ。


「ちゃんとおまえの意見も汲んでいる。村の大人は自殺って判断していて、ヴォルフィンは殺害されたと考えているんだろ」

「考えているんじゃない! 母さんは殺されたんだ!!」

「落ち着け、落ち着け。村長から話を聞いたんだが、本当におまえの母ちゃんが自殺したのかはわかっていなかったぞ。大人の都合でそうせざるを得なかっただけだ」

「結局はあんたも大人だろ! なら」


 丁寧に話しているつもりのウォーレンだったが、ヴォルフィンは母親のことになるとヒートアップしてしまう。エラの方がまだ話が通じる。


「だ・か・ら、落ち着け!!」


 ウォーレンは怒鳴り声を上げ、時間を空けてクールダウンさせる。ウォーレンは再び話し出す。


「俺は商人でこの村の人じゃない。だから、村長の意見もヴォルフィンの意見も聞いて判断しようと思っているんだ」

「なんでそんなことを?」

「ビーマちゃんの話を聞いて心配になったんだ」

「……」


 ウォーレンはお人好しだ。エラのときもそうだが、彼は嫌々言うものの首を突っ込んでしまう。


「なら、なんで捕まってるんだ?」

「うぐぐ……おまえこそなんで捕まったんだ! どうせまた食べ物パクッて、喧嘩でもして……ぐへ」


 エラちゃんがウォーレンの頭にゲンコツした。ヴォルフィンの前なので魔術パンチは控えたようだ。


「ウォーレンこそ落ち着きなさい。話にならないじゃない」

「すみません……」 


 珍しく立場が逆転した二人だった。エラに従いウォーレンは落ち着いて話を続ける。


「なんで捕まっているのかは置いておこう。辛いかもしれないがおまえの母ちゃんが死ぬときの話をしてくれるか?」


 ヴォルフィンは一旦俯き、嫌な記憶を思い出してウォーレンたちに説明する。


「母さんは病気でいつもベッドで寝ていたんだ。俺がいつものように食事を持っていったら、突然ベッドの下に隠れるように言われて、その通りにしたんだ……そしたら外から誰かが入ってきて……静かになった後ベッドの下から出たら……母さんがロープでぶら下がってた……」


「……」


 こんな辛くて悲しい表情をする彼の話を聞いてしまえば、ヴォルフィンの言い分が正しいとわかるし、何て理不尽な目に遭ったのかと同情してしまう。


(ヴォルフィンの母ちゃんが殺害されたのは事実だろう。あとは誰がやったのかだけど……)


 村長の話を踏まえると二つ考えられる。


 一つは、穀潰(ごくつぶ)しとなっていたヴォルフィンの家庭を良く思っていない村民

 一つは、領主から送られて来た村に嫌がらせしている連中


 ウォーレンたちが村長の家で獣人兄に言われたことを思い出す。


『知らない匂いがしたから来てみれば、そいつらは誰だ?』


 つまり、獣人は人の匂いを覚えている。


「ヴォルフィン。おまえ獣人だから鼻が利くんだろ? その時の匂いって覚えているのか?」

「忘れない、忘れるもんか! でも、村中を探し回っても同じ匂いのやつが見つからなかった……」

「なるほどな……そうなると、村の外から来た連中の線が濃厚か……」


 ヴォルフィンが村に残り続けた一番の理由は、母親の復讐だろう。そのため匂いを頼りに犯人を探している。それと、外で生きる(すべ)を知らないのも理由だろう。監禁から外に出られたエラですら生活するのに困ってウォーレンを探した(他の理由もあるかもしれないが)。


 だとしても。


 『大人の事情』があるので村人が犯人探しをするわけがないし、おそらく犯人は外から来た連中だ。となるとこの村に居続(いつづ)けても連中は見つからないだろう。


「ヴォルフィン。もし犯人が見つかったらどうしたい?」

「俺は……殺したい」

「そうか……」


 この村で生きる希望だった優しい母親が殺されたわけだ。生きる理由がないとそうなってしまうのは仕方がない。ウォーレンとエラは逆に親を憎しむ立場だ。頭ではヴォルフィンのことを理解できても、心の部分まではわからない。


「エラ。おまえは親に酷い扱いされただろ? 殺したいと思うか?」

「んー、そうね……殺したいというよりもぶっ飛ばしてやりたいわ」

「俺も同じだ。そもそも親父がエラを監禁したせいでこんな状態になったわけだ。一発ぶん殴ってやりたい……ヴォルフィン。俺たちみたいに悪い親を持つやつもいるんだ。だけど、おまえの母ちゃんはヴォルフィンがこんなんになるほど良い親だった。俺たちにとっては(うらや)ましいよ。あとは恥ずかしくないような道を進んでくれれば、死んだ親にとって喜ばしいことじゃないか?」


「……」


 ウォーレンに言えることはそれくらいだった。復讐に駆り立てられている今のヴォルフィンに、殺すな、なんて言っても聞かないだろうし、その気持ちを本心で理解できない。殺せたとて、その後の彼がどうなるかはわからない。


 村長たちに警戒されて閉じ込められた現状、この問題を円満に解決するのはウォーレンたちにはできない。できるとしたら別の道を提案することだ。


「ヴォルフィン、俺たちは奴隷商人だ」

「ど、奴隷商人!?」

「ああ、そうだ。だからこうして捕まった。で、おまえが復讐を諦めてこの村から出たいと思うのなら連れて行ってやる。もし一人で生きたいのならどこかで逃がすし、無理そうなら奴隷として働くんだ。おまえはまだ子どもだし、うちで預かれば教育されて良い主人を見つけてくれるはずだ。そこは保証する」

「……」


 このままヴォルフィンが村に居続ければ遠くない将来、飢え死んだり、村民の怒りが達して殺されることもあるだろう。ウォーレンたちが彼を救えるのは今だけだ。


 ついでに、悪い大人はこんな話をしてしまう。


「でもそれだとおまえがビーマちゃんと会えなるのがなー」 

「……なんでここでビーマが出てくるんだ」

「えっ、ほら。ビーマちゃんは幼馴染でいつもおまえのことを(かば)ってくれていたんだろ?」

「……そうだけど」


 ヴォルフィンは恥ずかしそうになったり、そわそわしたりしない。


「なんでビーマちゃんから逃げていたんだ?」

「ビーマは村長の娘だし……気にかけてくれるのは当然だろ……」

「そうか。ならビーマちゃんのことはどう思っている」

「?、ビーマはただの幼馴染だ。昔は遊んだけれど、今は……」


 ここでヴォルフィンは居心地が悪そうになる。ウォーレンのくるくるレーダーが反応した。


「もしかして喋るのが恥ずかしいとか?」

「……」


 ここでビンゴ!


 ヴォルフィンは一〇歳くらいで思春期に入るか入らないかの年齢だ。昔は仲良く遊べても年齢が上がるにつれて女の子と喋るのが恥ずかしくなる。そういうこともあるだろう。


「あーあー、なんか残念だ。でも恥ずかしくてもビーマちゃんは大切にしろよ。この村でおまえに親身になってくれるのは彼女だけだかんな」

「お、おう」


 ただ、ビーマが恋心を持っているとはいえ、ヴォルフィンの選択は、彼の『生き死に』に関わる。できれば彼が生き続けられる道を選択してほしいとウォーレンは思っている。


「この村に残るにせよ、出ていくにせよ。おまえに決定権がある。ヴォルフィン、よく考えろ。俺たちは深夜にここから出ていくからタイムリミットはそれまでだ」


 それだけ言ってウォーレンは壁に背を当て休みの体制に入った。


 すると。


 突然。 


 バギャァ!!! と木が砕ける大きな音がして、外が騒がしくなる。


「なんだ? 外で何かあったのか?」


 ウォーレンが慌てていると、


「やつらだ! やつらの匂いがする!!」


 ヴォルフィンは大きな声で叫び外へ出ようと扉にタックルする、が。揺れるだけで開くことはない。


「ちょ、ちょっと落ち着け! どうなってるんだ!?」


 すると、


『きゃああああああああああああああああああああ!! パパぁ!!!』


(この声はビーマ!?)







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