ぐるぐる巻き
部屋の空気が一瞬で静かになった。村長は怒りの形相でプルプル震え、ビーマは目をまん丸にして口をパクパクさせている。
(やっちまったああああああ!)
特大爆弾が落とされたとて、まだギリギリ間に合うとウォーレンは無理やり取り繕う。
「あははー なに言ってるんだエラ。おまえは変な冗談が上手いなー」
「……ウォーレンこそ何言ってるの? 私たちは獣人目当てでこの村まで来たんじゃない。もふもふできないから私はもう興味ないし、あとはウォーレンが買うかどうかでしょ?」
エラの大きな追撃が放たれた。さっきの大きな爆弾で街が半壊したところを、空爆でさらに追い打ちをかけ全壊させるようなものだ。獣人を狙う人狩りや奴隷商人を警戒しているこの村だ、これ以上はどう言い繕っても復旧するのは叶わない。
「こいつらを捉えろ!!!!」
村長の掛け声とともに、村長の両脇に立っていた二人の獣人がウォーレンに駆け寄り、腕をガシッと取り押さえた。彼らの腕や足には毛が生え、顔が本物の獣のようになっていた。
……獣術を使っている。
その様子を見てエラはウォーレンを助け出そうと立ち上がり、肩を回してぶっ飛ばす準備をするが、
「やめろおおおぉぉ」
ウォーレンは必死に頭を横に振った。大人の獣人二人と子どもの魔人一人、いくらエラが魔人といえど勝てる見込みがあるのかわからない。
ウォーレンが言ったやめろは「俺を取り押さえるな」という意味ではなく、「エラちゃん、お願いだから暴れないで」のやめろだ。もしここで大暴れしようものなら家がぶっ飛ばされて、さらに取り返しがつなかなくなる。
エラに通じたのか、腕を回すのを止め不服そうになった。
「わめくな。抵抗しても無駄だ」
「に、にいちゃん! こいつどうする?」
獣人兄弟は完全にウォーレンが動けないよう確保していた。彼らの力はとても強く無理に腕を動かそうものなら骨がポキっと逝ってしまいそうだ。
「罪人用の小屋に入れておけ。どうするか後で話そう」
ウォーレンたちの処置を決め、獣人兄弟に指示したのは村長だった。
そして、ウォーレンとエラは捕まって、ロープでぐるぐる巻きにされた。怪しいものを持っていないか身体をチャックされ、火つけ石や小型ナイフなどの危険物は没収された。そのとき獣人弟がエラの帽子を取ろうとしたがどうやっても外れずに諦めた。魔術で取られないようにしたのだろう。
ウォーレンたちは連行され、村長の家のすぐそばに立つ小さな小屋へと入れられた。藁が敷き詰められているが他には何もない。木製の壁に風を通す四角い穴があるくらいで、ここは倉庫として使われていたのだろう。
爆弾の落とし主・エラちゃんは正座しながらウォーレンに聞く。
「なんでそのまま捕まったのよ?」
「あいつら獣人だろ? おまえが勝てるかわからないし、あそこで暴れたらさらに大惨事になる」
「そんなこと気にしなくていいのに。私なら上手くやれるわ」
「屋敷で本を読んでいたとき、いつもそう言ってたよな。でもやらせたら上手くいった試しがないんだが……はあ、とにかく心配なんだよ」
エラの安否の心配もあるが、どちらというと彼女が暴れた後の心配が大きい。
「エラ、獣人については詳しいか? やつらは獣術を使えて、さっきみたいに獣っぽくなるのは知っていたがどんなことをできるのかまでは把握していない」
「一応授業で習ったわ。魔人は本来モノを加工をして投げるような後方での戦闘が得意なんだけど、獣人は身体を強化して近接で戦うのを得意としているわ。たしか、獣術は『万物の内面』へ干渉する術で、『術者自身』にしか作用できないみたい」
魔人の戦闘スタイルは後衛型だが、エラは魔人だということを隠しているためいつも近接で戦っている。
エラがこの国にいる前は魔人の国――クナディア帝国の軍学校へと通っていた。そのときの授業で獣人の特徴や戦い方について学んでいたのだろう。モフモフを期待していたのも戦闘中に獣人がモフモフになることを知っていたからだ。
「まとめると術者自身の内面に作用できるってことだよな。……魔術もそうだけどよくわからんな。身体を強化できるのなら、腕がカチカチになったり、足が早くなったりするのか? それなら何となくイメージできるけれど……」
「そんな感じじゃない? どういう仕組みかは知らないわ。あと、周りに物がない状態で獣人と戦ってはいけないって教わったわ」
「獣人とは相性が良くないのかもな」
魔術は生命体と相性が悪く、消費する術の源が二倍に増える。『獣術』が自身を強化する術なら魔術がさらに効きにくくなるだろう。エラが教わった通り武器を活用して戦うのが得策だ。
エラから獣人について教えてもらった。あとはこの状況をどうするかだ。
「こうなった以上ビーマちゃんとヴォルフィンのことは諦めるしかないし、奴隷商売なんてもっての外だ。ここから逃げ出したいが、獣人相手に正面突破で抜け出すのは無理そうだな……魔術でここから出られるか?」
「このロープは簡単にほどけるし、扉は木の閂だったから問題ないわ」
「なら、深夜になったら魔術を使ってここからコッソリ抜け出そう。見張りがいないならラッキーだし、いるようなら協力してぶっ倒すしかない。そんで、さっさとこの村からおさらばだ」
このまま監禁され続けるという選択肢もあるが、村長たちと話し合いができるのか怪しいし、ウォーレンたとを処刑すると判断されてもおかしくない。
逃げるが一番だ。
すっかり日は暮れて夜になっていた。監禁小屋の中は暗いが目は慣れている。脱出作戦をするには時間が早く、ウォーレンとエラは暇つぶししていた。
「勇者」
「それは『や』でいいのね。焼肉」
「く……クナディア」
「炙りカルビ」
「動詞が入ってるのずるくねえか? ……ビーマ」
固有名詞ばかりのウォーレンの方がズルいが気付いてないらしい。
「マンサフ」
「……なんだそれ?」
「乾燥したヨーグルトで煮込んだ羊肉の料理よ」
なんでそんなものをこの少女が知っているのか気になるもののお遊びを続ける。
「へーそうなのか。ふ……フォルトナート」
「トリプー」
「……それも何だ?」
「なんで知らないのよ! 羊の胃にいろんなお肉を詰めて煮込んだ肉料理よ。中にどんな種類のお肉を詰めるか、どんな香辛料を混ぜるのかが重要で、いろんなレシピがあるのよ」
ちなみにトリプーは農村の料理だ。この村でも食べられているだろう。
「そもそも全部肉料理じゃねえか! なんでそんな料理も詳しく知っているんだ!」
「元貴族のくせにこんなのも知らないわけ? 私に教えてくれたのは貴族のおじさんだったし、知ってると思っていたわ」
「……貴族のおじさん?」
ウォーレンは突然の貴族という発言に固まってしまった。
「ええ、フライシュでたまに会うおじさんでウェンディさんに紹介してもらったの。肉料理愛好会の会長さんでいろんな料理を食べさせてくれたわ。今や私は肉料理愛好会の一員よ!」
「なんじゃそりゃ!? っていうかいつの間にフライシュに行ってたんだ? 金もないのに」
「お金ならウォーレンが持ってるじゃない」
ウォーレンが知らない間にエラはフライシュの肉料理を堪能していた、つまり、
「だああああああああああああああああああああああああああああああああああ、どうりで金が減るのが早いわけだ!! おまえのせいかあああああああああああああああああああああああ…………ぐへっ」
いつものエラパンチがいつものようにウォーレンを静かにした。ちなみにウォーレンのお腹はぐるぐると巻かれたロープで塞がれていたので、頭を狙っている。
たしかにエラはウォーレンの財布からお金を拝借したが、金欠の大きな原因はウォーレンがエラの洋服を無理矢理買ったからだ。購入の判断をしたのはアホなウォーレンで、自分の首を自分で絞めた結果こんな遠くの村に来ることとなった。
「……これからは小遣いを渡すから勝手に俺の財布からお金を取るな……お願いだ」
お遊びが終わり次何しようかとウォーレンが考えていると、扉の方から歩く音が聞こえた。なんだろうとその方向を見ていると、閂が取り外され、小屋の扉が開かれた。
そこには獣人の弟が立っていてロープを手にしている。ロープの先には何かが繋がれているようだ。
「こ、ここに入って」
おどおどしながら彼がロープを引っ張ると、少年が入ってきた。
彼は、白と黒の毛が特徴的な獣人でウォーレンたちと同じようにロープでぐるぐる巻きにされている。
(ヴォルフィン!?)




