村長との話し合い
村長の娘ビーマに連れられウォーレンとエラは村長と会話しようとしていたが、そもそも論としてこの村は商人を受け入れていなかった。
村というものは、基本的には自給自足が普通だ。お金ではなく食料や布のような生活に必要なものを住民同士で交換する。彼らがお金を使うのは村にないものを買い付けるときで、街で農作物を換金して購入する。行商人が来る村では金品のやり取りではなく直接物品で取引するだけだ。
この村は、行商人との取引をしない閉鎖的な集落だった。
こんな村が存在しているという知識を元貴族のウォーレンは持っていなかった。もともと税務官で徴税業務をしていた彼だが、それは中央の大きな街だからだ。地方になると領主が雇った市民や奴隷が徴税している。
まさにとりつく島がないといったところか。
拒否されたとはいえ、まだ説得と対話はできる状況だ。だが、もし回答を間違えればこのまま追い出され。獣人の子・ヴォルフィンについて聞くことができなければ、奴隷商売の話などもっての外だ。
(何て言えば聞いてくれるんだ?)
ウォーレンの額に汗が流れる。
しかし。
……そんな状況を打破したのは、ビーマだった。
「パパ! いつまで商人を受け入れないつもりなの! もうこの村はボロボロだし、みんな苦しんでいます! それと、この人たちは私を助けてくれた恩人です。他の商人よりは信頼できます」
さっきまでの大人しかったビーマとは違って、村の今の状況を憂い父親、いや、村長に意見をぶつける、凛々しい少女となっていた。
「……わかった。ビーマが言うことを信じるよ。君たちこっちに来てくれ」
そんな、差し迫った娘を目の当たりにしたからか、村長はしぶしぶ了承した。
案内された部屋はリビングルームで、厨房と食卓が一緒になっていて、広間にはこの時期には使われない竈か設置され、その前には大きなカーペットが敷かれている。部屋の角には本棚が置かれていた。経営に関する本のようで村長が読むのだろうか。
ウォーレンは四角いテーブルの席に着き、その反対側に村長が着く。お茶は出されなかった。エラの出番はないので、カーペットの上でビーマと遊んでいる。シロツメクサでお花の冠を作っているようだ。
すると、入口の扉がノックされて二人の男性が入ってきた。一人は暗めの銀色の髪で、もう一人は淡い茶色のきつね色をした髪だった。彼らの頭の上には三角の耳が付いている。
……獣人だ。
銀色の獣人が警戒しながら荒々しい声で発言する。
「知らない匂いがしたから来てみれば……村長、そいつらは誰だ?」
きつね色の獣人はおどおどしながら続く。
「ま、まさか行商人ですか!?」
彼らを見るや否やウォーレンはビビっていた。獣人は『獣術』を使える人種だ。なんの術も使えない人間が正面で勝てることはまずないだろう。エラがいるとはいえ、ここで対峙してはならないし、彼らを怒らせてもならない。
「そうだ。この方たちは行商人で話し合いをすることになった」
ウォーレンたちについて説明したのは村長だった。しかし、獣人たちは警戒を緩めるつもりはないらしい。
「俺たちも話し合いに参加する。こいつら初めてここに来たんだろう? 商人は信用ならねえ」
「お、おれも兄さんと同じだ」
どうやらこの二人は兄弟のようだ。髪の色が異なるけれど、夫婦の遺伝の影響で父の色と母の色とでそれぞれ引き継がれたのだろう。
獣人兄弟が監視する中、こうして話し合いが始まった。
まず口を開いたのはウォーレンだ。
「まずはこの村について話を聞きたい。今現在、どういう状況でどういう商品があるのかを知りたいからな。さっきのビーマちゃんの様子だと村の状況は良くないんだろ。それに、実際にこの村を見た俺からしてもそれは一目瞭然だった」
ビーマが村の状況を非難していたことからそこについてまず探る。閑散な村の雰囲気とボロボロになった建物を見て、商人として未熟なウォーレンでもいい状況でないとわかっている。ウォーレンたちは奴隷を買い付けに来ているが、そもそもこんな状況下で獣人の村民を売ってくれるのか慎重に確認すべきであろう。
「あなたの言う通りで、この村の状況は良くない。昔はたくさんの人間と獣人が働いていて、栄えた村だった。その頃は一五〇人ほどの村民が住んでいたが、戦争後、住人がこの村から離れてしまって今や七〇人ほどだ」
この国――アンドロギウス王国はもともと人間と獣人が住む共和国だった。しかし、二〇年前の戦争で魔人の国――クナディア帝国に敗北して獣人の市民権が取り上げられた。国から逃げた獣人は南西に集まってテーラ王国という国を建国している。戦争後、この村から獣人たちが離れ、村の労働力が減り衰えていったのだろう。
「住民は今でも減っているのか?」
「……そうだ。街へ移住するものやテーラ王国に移住するものもいる。だだ、移住するのはこの村が貧相だからというわけではない」
貧困状態の村から離れていくのはおかしくないがどうやら違うらしい。
「去年は不作だったが、それでもギリギリ生活できているし、年貢も納めている。この村の住人の大半はテーラ王国から亡命したものや、この村に元々住んでいてこの土地から離れたくないものが多い。安全が確保されていない他の街へ移住するのには相当の決心がいる」
「……なら、なんで離れているんだ?」
ウォーレンは疑問を投げかけた。移住する理由が他にあるのだろうと踏んでいる。村長は憶測を踏まえつつ、その疑問に答える。
「……住民が不審な死を遂げたり、貯蔵庫で度々火事が起こっている。不安になった住人は、この村に住むことを諦め外へ出て行った……私たちはこれを領主の嫌がらせと考えている」
ここは閉鎖的な社会だ。いじめが酷くて逃げたり、生活の質を向上したくて街へ出たりといった理由で村民が離れていると想像するものだが現実は違った。
領主が出てきたのでウォーレンは街の青シャツ奴隷商人が言っていたことを思い出す。
「この村に獣人がいるからか?」
「……そうだろう」
領主はバルサドールの街へと連れてこられた獣人奴隷を高値ですぐに買ってしまう。それほど獣人が憎いと聞いている。なら、獣人がいる村に嫌がらせをするのも納得がいく。
ただ、ウォーレンが気になったのは『不審な死』という部分だ。ビーマが悩んでいたのは、大人とヴォルフィンのどちらを信用すればいいのかわからないことだ。大人たちはヴォルフィンの母親が自殺したと考え、ヴォルフィン自身は殺害されたと考えている。事情を知ったウォーレンとしては、この点について突かなくてはならない。
「少し話がそれるが、ヴォルフィンという獣人の子に会った。あんたたちは彼の母親が自殺したと言っているようだが、それも領主の嫌がらせだということはないのか?」
近くでエラと遊んでいたビーマがピクッと反応した。彼女にとって一番気になる点だ。エラはお花の冠を夢中で編んでいる。もう少しで出来上がるだろう。
「……それについては正直俺たちもわからないが、彼の母親が首を吊っていたのは事実だ。病気を患っていたし、あの家庭は村民から忌み嫌われていた。そんな状況で自殺するのは不思議ではないし、そういうことにした方が村の住人にとっては良い」
「……領主の嫌がらせでまた死んだとなれば村民が不安になるからか?」
「そうだ」
つまり、『大人の事情』とやらでヴォルフィンの母親は自殺したと断定されていた。別にこれは悪いというわけではなく、村を運営し続けるにはこういう判断を下さなければならないだろう。かと言って、首を吊っていたのは事実であれど、ヴォルフィンの考えが正しいということは証明できていない。それこそエラが言っていたようにただ意固地になっている可能性もまだ否めない。
ヴォルフィンのことについては、これ以上話しても大した情報を得られないだろう。ウォーレンは自分自身の目的へ会話をシフトする。
「おおよそこの村についてはわかった……商品についてはどうだ? 聞くだけ聞くことになるかもしれないが」
「この村では主に小麦を育てている。他の野菜や大麦も育てているがそこまで多くはない。家畜も飼っているが全て食用だ」
ここは比較的暖かく、川も多いため乾燥していない。小麦を生産するには十分な環境だろう。
建前として商品を聞いたがウォーレンが狙っている商品は農作物や家畜ではない。村民を売り払うのが難しいとわかっているとはいえ、一応聞いてみる。
「……例えばの話だが、村民を売ることはないのか」
村長は少し苦々しい顔をした。それはウォーレンとて想定している。
「それはありえない。今欲しいのは一時の金ではなく住民からの信頼だ。私たちはどうすれば今の状況が良くなるかを考えている最中だ。この状況で売り払うようなら不安が高まるし、特に獣人はダメだ。彼らの立場は人間よりも危うく、売られる可能性があればこの村から離れるのは明確だ。彼らの労働力はこの村の要で確実に繋ぎ止めていたい。彼らをさらおうとする盗賊や商人がいたので私たちは警戒している」
ダメ元で聞いてはみたが、やはり否定された。この旅が無駄になったことと、お金の問題が解決できないことの心労でウォーレンはくらくらする。そして、商人を受け入れていない理由もわかった。どうにか自給自足できているからといって、行商人をポンポン受け入れれば、獣人が晒され、噂が広まり盗賊に襲われる可能性が高まる。
「……それで、こんな村に来たあなたたちは何の商売人だ? 馬車もなければ、売るような商品を持っているようには見えない」
とうとう村長がウォーレンたちを探りに来た。とは言っても、ここは適当な嘘をついて流せばいい。商人に警戒している彼らだ。俺は奴隷商人です、なんて絶対に言ってはならない。
「俺たちは……農作物の商人だ。他の村でも不作だったから買い付けできないかと調査に来た」
すでにウォーレンは話を終えようとしていた。先ほど得た不作の情報を適当に交えつつ返答した。
だが。
こういうときに限って話を聞いているのが彼女だ。
「ウォーレン。何言ってるの? 私たちは奴隷商人じゃない」
完成したお花の冠を帽子の上に乗せたエラちゃんから、特大爆弾が投下された。




