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淡い恋心を持った少女


 少年が棒を振り下ろす(すんで)ところで、上へと弾かれる感触があった。それを、ビーマを殴ったときの衝撃だと少年は思っていた。


(やっちまった!?)


 思い切り、振り下ろしたので大きく怪我させただろうと少年は後悔する。恐る恐るビーマを見ると、


 彼女は(いま)だに目をつむりながら震えていた。


(な、なんで!?)


 ビーマには怪我もなくピンピンしていた。そして、少年の手に木の棒がなくなっていた。何が起きたのか、棒はどこに行ったのか、少年は辺りを見渡す。


 少し遠くに青年と少女の一組が立っていることに気が付く。


 ……手元から消えた棒はなぜか赤い髪の少女が持っていた。






 ほんの少し前、魔人少女エラと元貴族奴隷商人ウォーレンは、子どもたちの喧嘩を遠くから眺めていた。


 言い合いが激しくなると、ある少年が木の棒を大きく振りかぶったので、ウォーレンはエラに許可を出し魔術で武器を取り上げさせた。少年の棒に魔術をかけると空中を飛んでエラの手元にたどり着いた。


 トントンと肩を棒で叩きながら喧嘩止めさせ屋の少女はいつもの確認をする。


「ねえ、あの子たちぶっ飛ばしていい?」

「子どもの喧嘩にしてはやりすぎだしな。追っ払う程度でいい。その棒は使うなよ」


 軽くぶっ飛ばす許可を得たエラは、いじめっ子と思わしき少年二人へと駆け寄る。少年たちが戸惑っている間に、エラちゃんパンチで少年たちが軽くふっ飛ばされた。痛い目に遭った少年たちは泣きながら怯えながら走り去った。


「あんなんで逃げ出すなんて……村の男もたいしたことないのね」


 街の子どもに比べて村の子どもの方が屈強で倒し甲斐(がい)があるとエラは期待していたが、そんなことはなかったようだ。


「あ、あの……ありがとうございます」


 花の髪飾りとワンピースが特徴の女の子――ビーマがエラに感謝を伝えた。少女はエラと同じくらいの背丈だ。


「別にいいわよ。あなたはなんであの子をかばったの?」


 エラは倒れている少年――ヴォルフィンを棒で指し示している。


「そ……それは」


 ビーマが言葉を詰まらせていると、


「はあ……今回は穏便に済ませたようだな。よくやった」


 くるくる茶髪のウォーレンが溜息を吐きながら合流した。いじめっ子少年がボコされても穏便と言ってしまえるほどウォーレンは鈍ってきている。ちなみに、珍しく褒められたエラちゃんはえへへーってなっている。


「お嬢ちゃん大丈夫か?」


 ウォーレンがお花少女ビーマを気遣(きづか)う。すると、


 ダッ!!


 黒と白の長いボサボサした毛のヴォルフィンがこの場から走り去った。


「待って! ヴォルフィン!!」


 ビーマがヴォルフィンを呼び止めようとするが……声は届かなかった。


「……あの少年って獣人じゃねえか!? 耳と尻尾があるぞ!」

「ほんとね! でも、もっと毛が多いと思ってたわ。もふもふできないじゃない……」


 獣人と人間の違いは、耳と尻尾があるかないか、爪が少し尖っているかいないか程度だ。肌には毛が生えてなくもふもふはできない。




 状況を整理するため、ウォーレンはお花の少女に(たず)ねることした。乗りかかった船だし、この村についても聞きたいところだ。


「俺はウォーレンで商人だ。んで、こっちはエラ、手品が得意だ」


 奴隷商人とはあえて言わず、魔術に関しては手品で押し通すことにした。


「私はビーマです」

「ビーマちゃんだな。そんで、ヴォルフィンって子はなんでイジメられた?」

「……ヴォルフィンは盗みを働いたり、家を荒らしたりしているんです……それで村の大人や子どもに嫌われています……」

「げっ!? それじゃあ木の棒を持っていた子はイジメじゃなくて正当な理由で成敗してたんだな」


 普通の街であれば盗みや荒らしを働く(やから)は兵士に捕まる。しかし、小さな村となれば村民同士で対処しなければならない。この村の統治システムがどうなっているのかはわからないが、もし放置されてるとしたら村民の不満が溜まってこのような喧嘩が起きても不思議ではない。


「そうです……だけど、ヴォルフィンは優しくて今まではこんな事しませんでした。昔は一緒に遊んで、毎日笑ってました。でも……ヴォルフィンのパパが亡くなってから全てが変わりました……」


 ビーマは、ヴォルフィンの過去について辛そうに語りだす。


「それからヴォルフィンはママに育てられました。だけど、農業がお仕事のこの村では大人の男の人がいない家庭はよく思われません。それと……ヴォルフィンのママが病気にかかって……」

「……亡くなったってわけか」

「はい……ただ原因は病気じゃなくて、自殺だと大人の人は言ってました。でも、ヴォルフィンは違うって言ってて……私はもうどっちを信じていいのかわからなて……」


 今の彼女はヴォルフィンをどうにかしたいという心を持ちながら、それができないでいる苦しい状況下に置かれている。ビーマは昔の優しかったヴォルフィンを知っているし、今まで育ててくれた村の大人たちを信頼している。こんな年の子がこんな板挟みになれば、何も選択できなくなる。


 ただ、ビーマだけでもヴォルフィンに寄り添っていなければ、彼はこの村からいなくなってしまう、ビーマはそんな思いで一杯だった。ヴォルフィンが母親の自殺を否定しているのは、きっとなにか理由があるのだろうと、ビーマは毎日声をかけているが無視されていた。そして、ヴォルフィンは一人で動いてしまっていた。


 こんな少年と少女のすれ違いがずっと続いていた……


「……ちょっとした喧嘩だと思って突っ込んだら、こんなにも重いとはな……エラ、どうする?」

「んー、そうね。今のところはどっちが正しいかなんてわからないわ。少年がただ意固地(いこじ)なだけかもしれないし、村の人が企んでやったのかもしれないし……どちらの話も聞いてみないと」

「……だな」


 ウォーレンの意見も同じであった。ビーマの悲痛な想いを聞いてしまったらさすがに見過ごすわけにはいかない。別に弁護士や検察官を気取っているわけではないが、第三者のウォーレンとエラは事情を深く知らないし、証拠も不十分だし、両者の証言を聞かなければ意見すら持てない。


 元々ウォーレンたちは獣人がいるかどうかを確かめて、もし獣人を売ってくれそうだったら買って帰ろうとこの村に来ている。商人という立場を使って、できるならばこの少年と少女のすれ違いを解決したいとウォーレンは思った。


「ビーマちゃん、俺たちに村長を紹介してほしい。俺は商人だから話は聞いてくれるはずだ。ヴォルフィンについて聞いてみるよ」

「本当ですか!?」

「ああ、色々と聞いちゃったしな。エラ、いいよな?」

「……探るだけならね」


 ヴォルフィンが不遇な立場にあるとはいえ、まだ白か黒かはっきりしていない。エラは慎重に判断したいようだ。


(でも、ビーマはなんでヴォルフィンをここまで庇うんだろう? もしかして……)


 いくら幼馴染とはいえ、いくら同じ村の仲間とはいえ、盗みを働いて村人と敵対している少年をここまで庇うのは普通ありえない。


 ……ウォーレンは気づいてしまった。


 この元貴族は自分自身への好意には鈍感なくせに、中央の関所で出会ったクリストハルトのように、こういうことには鋭い。


 ニヤニヤと悪い顔をした茶髪のくるくるは、お花の少女に(たず)ねる。


「ところで、ビーマちゃん。ヴォルフィンって子のことはどう思ってるんだ?」

「ど、どう思っているって……た、大切なお友達だと思っています」


 ビーマは何かを隠すようにそわそわした。


 これは……ビンゴだ。


 こんな淡い恋心を持っている少女を深追いしなくてもいいのに悪い大人のウォーレンは止めない。


「ビーマちゃん、そういう意味じゃないぞ。も・ち・ろ・ん、『異性』としてどう思っているのか聞いてるんだ」

「え、えーと……」


 ビーマは頬を赤らめて、両手の人差し指を合わせながら、(うつむ)いてしまった。


「ウォーレン。よくわからないけどビーマをイジメちゃダメよ」


 恋愛というものをわかっていないエラがウォーレンを制止した。何の話をしているのか理解できなくてもイジメていることはわかったらしい。


「すまんすまん、やりすぎた。ごめんなビーマちゃん」

「……はい」




 ビーマが村長を紹介してくれるとのことでウォーレンたちは村の中を移動する。


 バルサドールの街に比べれば家は小さくもろそうで、壁に亀裂が入った家もあった。家の数の割には人の気配なく静かで、使われていない建物がちらほら見えた。貯蔵庫らしき小屋は空っぽだったし、馬小屋は数年使われていないのか柱が腐って倒れそうだった。家畜は、鶏と羊がほとんどを占め、牛が数頭いる程度だ。


 村を眺めながらビーマの案内に付いていくと目の先に白い獣が見えた。


「ヤギさんだ!」


 郵便屋という職務を放棄して食欲を優先した獣に、目をキラキラさせているのはエラだった。


「この村で食べるの?」

「そ、そうですが……どちらかといえばミルクを(しぼ)るのが目的です……」

「ねえ、食べさせて!」

「そういうことは私には決められません……」


 エラはビーマの権限を期待していたようだが、所詮(しょせん)は子どもだ。無理に決まっている。


 しょんぼりしているエラに、ウォーレンは追い打ちする。


「この国の国教はクナディア教だ。ヤギの肉を食べるのは本来良くない。この村なら大丈夫かもしれないけれど止めておけ」


 クナディア帝国の王を信仰するクナディア教は、ヤギ肉を食べることを禁じている。ヤギと魔が密接な関係だからだろう。


「私は信者じゃないから問題ないわ」

「そうだとしても……ぐぬぬ…」


 おまえ魔人だろ! 肉だったらどんな動物でもいいのか! 村の動物に手を出そうとするな! 文化を踏まえた発言をしろ! と多種多様なツッコミをウォーレンは飲み込んだ。


「一体どんな味がするのかしら……」

「義弟のフォルトナートはそういうのに詳しい。いつか会ったら教えてもらおうな」


 寄食家フォルトナートはクナディア教信者であるが、それは彼が元いた公爵家で勝手に決められたことだ。信仰心は全く感じられなかったし、こっそり食べてるに違いない。


(そういえば、フォルトナートとイザベラはそろそろ留置所から出てるのか? 街で話を聞くことはないし、会いに行くことも来ることもなかったし……何してるんだろ?)


 離れ離れになった家族へウォーレンが想いを寄せていると、


「あそこが私の家です」


 ビーマは平たい家を指差す。面積は他の家よりも大きいものの木材は他の家と同じで浮き立ってはいない。


(村長の家といえど所詮しょせんこんなもんか)


 村の(おさ)の家は豪華だという認識を元貴族のウォーレンは持っていたが、予想より二段階くらい下のレベルだった。貴族は自身の財力を屋敷でアピールするものだが、普通の市民にとっては住めればいいだけだ。考え方が根本的に異なる。


 ビーマに付いていくと、彼女はノックもなしに扉を開けて即座に発した。


「パパ!」


 ビーマの声は家に帰って喜んでいるものではなく、大事なお願い事を真剣に聞いてほしいというものだった。


(えっ!? ビーマって村長の娘なのか!? どうりで身なりがいいわけだ)


 ウォーレンが少し驚いていると、奥から声がする。


「お帰り、ビーマ。……一体どうしたんだい? その方たちは?」


 家にいたのは口(ひげ)の生えたおじさんであった。ビーマと同様に身なりがよく黄色いベストを着ている。この人が村長であろう。


 ビーマは扉の前に立つウォーレンたちを紹介する。


「商人の方々です。村の近くで会いました」


 すると、村長の眼差しが急に変わる。それは敵意ではなく、警戒だ。



「……こんな村に取引できるものはありません。私たちは自給自足で暮らしています。お帰りください」



 村長から出たのはウォーレンたちを拒否する言葉だった。







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