片目少年の勇気
「おーい、う〇こしたいやつ手を挙げろー」
アホっぽい奴隷商人見習いことウォーレンは、輸送中の奴隷たちに声をかけた。全部で四人いて、三人が三〇代の成人男性で、一人が一〇代の少年だ。
ウォーレンたちが移動してから一日目の夜、河川敷に馬車を停めていた。川の近くであれば飲み水を汲めるのと、わがまま少女エラちゃんが水浴びしたいと駄々をこねたのもある、というかそれが理由だ。焚火を起こしていて、炎の揺らぎとともに影も揺れる。薪は移動中にエラがちょこちょこ集めてくれた。退屈なのは嫌らしい。
「誰もいないか……あと、これが晩飯な」
袋からパンを取り出し、鉄格子の隙間から渡していく。
「これだけか……」
一人の成人男性が残念そうに食事の不満を垂らす。食事をもらえるだけマシな方ではあるが、衰弱死してしまうのは困るので用意していた。
「文句言うなー。俺たちもこれだけなんだよー」
「なんで私たちもこれだけしかないのよ!? もうぐうぐうのぺこぺこなの!!」
ぐうぐうでぺこぺこなエラちゃんも文句をぶちまけた。夕方辺りから空腹で機嫌がとても悪かったので、ウォーレンの分を移動中分けてあげたのだが、逆効果だったらしくさらに不機嫌になった。
「お金がないんだよぉ! 俺のパン分けてあげただろ!?」
「そうだけど、そしたら、『ぐうぐう』が『ぐうぐうのぺこぺこ』になったの!」
空腹状態が続くと身体が慣れて空腹を感じにくくなるが、少しでも食べるとお腹が思い出したかのように空き出すあの現象だ。
「……」
奴隷の方々は、そんなウォーレンたちを少し哀れむような目で見ていた。そんな、目に気付いたのか、パンを食べているスキンヘッドの男性にエラは声をかける。
「ねぇ、おじさんはなんで奴隷になっちゃったの?」
「んー、俺は元から奴隷だ。建設の仕事をしていたんだが、主人が資金繰りに困ったようで俺らを売ったんだ。まあ、仕事をよくサボるから目を付けられていたのもあるんだがな。ちょうどいいタイミングだったってわけさ。そして、こいつらは元同僚だ」
そういうとスキンヘッドは、他の男性二人に手を向ける。彼らは軽くうなずいた。
「ふーん。そういうのもあるのね」
「さすがに他の街に売り飛ばされるとは思わなかったけどな。だが、農奴になってもやることは同じことさ。俺たちにできるのは悪い主人に出会わないことを祈るだけさ」
このおっさんたちは、自分の境遇を理解して飲み込んで、上手く生きることを選んだようだ。
「あなたは?」
「……」
エラは少年に声をかけたが無視されてしまった。少年は前髪が片目だけにかかっていていて、無表情で気力がなく、目が死んでいる、そんな様子だった。
「おいおい、あまり深入りするなよ」
ウォーレンはエラに注意しておいた。不遇な状況に見舞われている人を助け出せるのは、ほんの一部だろう。自ら話を聞き出せばキリがなくなってしまう。
「はーい。じゃあ、川でお魚でも取ってこようかしら」
「暗いから気をつけろよー」
エラはステップしながら川へと向かう、何かやっていないと空腹で辛いのだろうか。まあ、お魚を取ってくるなら万々歳だ。ウォーレンもペコペコなのを我慢している。
その場には、ウォーレンと荷台でご飯を食べている男たちだけになった。ウォーレンは無口な片目少年の前に行き、人差し指をピンと立てる。
「少年。おまえが今までどういう目に遭って、どう生きてきたのかは知らないが。もし、もしもだ。今の状況から少しでも良くなりたいと思うなら諦めちゃダメだ」
深入りするなと、エラに言ったもののウォーレンも気になってしまった。そして、エラについても話す。
「あの女の子は三ヶ月ほど監禁されていたんだが、ずっと抗い続けて、救いを求めて、諦めなかった。そしたらたまたま、本当にたまたまお人良しが気づいて、どうにかその状況から脱したんだ。まだ諦めていなければ絶対にチャンスを逃すな。そのチャンスがおまえの人生を変えるかもしれない」
少年にウォーレンの考えを説いていると、茶々が入る。
「若造が何偉そうに人生語ってるんだ? 俺たちの方が先輩だぜ」
スキンヘッドは自信有り気に二の腕を叩きながら言い放った。
「……ならあんたが少年に教えてやってくれ」
「ああ、任せろ。まず大事なのが主人の沸点を探ることだ。その情報がどこまでサボっていいを明確にする。俺がやったのはな…………」
とワイワイガヤガヤと話し出した。片目少年は、ただただそれをボーっと聞いていた。
「深入りするなって言っておいて、何楽しそうに話してるのよ!!」
エラ少女は、ビチビチしたものを両手で抱えていた。大量のお魚さんたちだ。
「おまえ、どんだけとってくるんだよ!? 全部食い切れないだろ!」
結局、おっさんたちの人生語りに付き合い、そのお礼としてお魚パーティをすることとなったのであった。
あの日以降、おじさんたちが少年に話しかけるようになり、ちょっとづつ少年も喋ったり、頷いたりするようになった。少年の目が少しだけ輝きを取り戻している。そんな……そんな気がした。
そして、出発から二日と半日かけて、とうとうウォーレンたちは中領地バルサドールの中心街へとたどり着いた。王都のアンドロギウスよりかは低い建物が多く、人も疎らだ。街の中心と思わしき場所には高くて大きな屋敷が見えた。おそらく領主の屋敷だ。関所で通行料を払い、門番に道を訪ねる。住所は奴隷商人執事の助手――ルドルフがメモを渡してくれていた。
「ふーん。意外と悪くないな」
「ここ何てとこだっけ?」
「バルサドールだよ。俺は初めて来た」
街には川が通っていて、衛生面も悪くなかった。隠居するならココ、みたいな感じの長閑な街だ。
(ここか)
お目当ての場所に辿り着く、十字路の角にある木造の建物で少し大きい。コンコンと扉をノックすると、青いシャツのガタイの良いおじさんが出てきた。
「何の用だ?」
「セベロさんの使いの者だ。男を四人連れてきた」
「ああ、そうかい。助かるよ」
そして、鉄格子を開け、男たちを建物へと連れていく。
「エラ! 大人しくしてろよー」
エラは休んでいる馬をナデナデしながら「はーい」と返事した。奴隷商売の部分は興味がないご様子だ。建物に入ると手前に右上へと続く階段があって、正面の奥には通路があった。通路の両側に監房があるようだ。
すると、
「おじさん! おじさん!」
階段から紙を持った一六歳くらいの少女がドタドタと元気よく降りてきた。
「ねえ、見て見て!」
紙には鉛筆で書かれた風景画のようだ。建物の感じから窓からスケッチしたものだろう。
「良い絵じゃないか。上出来だ」
「本当! また、書いてくるねー」
「ほどほどにしろよー」
そして少女はドタドタと階段を上がっていった。
「娘さんか?」
「いいや、奴隷の子だよ。うちもセベロさんとこの仕組みを真似てみて、子どもに教育してるんだ。あそこほど人数は受け入れられないし、教育期間も短いが、評判は悪くない。あの女の子は母親に絵を習っていたらしく、書かせてみたら上手くて続けさせている」
「そうなのか……おじさんもセベロさんみたく元奴隷だったとか?」
「いやいや、違うよ。俺がやっているのは、ただ単に高く売るためだ。だが……そうだな」
青シャツのおじさんは顎に手を当てて、一呼吸置いて語りだす。
「この仕事をやっていると、言うこと聞かないやつはムカつくし、傷つけることにも慣れるしで……こう、心がどんどんすさんでいくんだ。そんで、セベロさんとこの屋敷を見て衝撃を受けた。あそこの子たちを見ていると、俺も人間に戻れそうって思ったんだ……まあ、結局自分のためだな」
奴隷商人見習いとして経験の浅いウォーレンには、この仕事を続けるとどうなるのか考えていなかった。
このまま続け行くと心がどうすさんでいくのか不安になってくる。
と、
パンと何かを叩く音が後ろから聞こえた。音の方向を振り返ると片目少年が立っていた。彼は、青シャツおっさんを真剣な眼差しで見つめている。
「あ……あの……」
「なんだ?」
低く強い声が部屋に響いた。少年の発言をこれ以上続けさせない、そんな威圧的な態度でおじさんは少年を見ている。空気が一瞬で静まり返り、重苦しいものと化した。
「……おれに……おれに……教育してくれ!!」
片目少年はそんな重い雰囲気に耐えながら震えた声で言い放ち、頭を下げた。
が、
「なぜそんなことをしなくちゃならない」
返ってきたのは強い否定の言葉だった。少年の肩が、両足が、震える。勇気を、勇気を持って懇願したのだろう。回答を間違えれば、諦めれば、この願いはここで尽きてしまう。
しかし。
しかし、少年は諦めずにもうひと押しする。
「おれは、おれは前の仕事が全くできなくて……何回も怒られたし、殴られたし。そんで、何度も……何度も思ったんだ! 字の読み書きができるようになりたい、計算をもっとできるようになりたい、料理もうまくなりたいって。今のままじゃ、今のままじゃ何も変わらない! 一ヶ月でいい! 一ヶ月でいいから! 高く売れるように必死に勉強するから! お願いします!!!」
少年は再び頭を下げた。
必死な彼の思いが伝わった。
そんな少年を青いシャツの奴隷商人は、価値を見定めるような目で見ていた。
そして、
そしてだ。
「一ヶ月だけだ」
おじさんは必死な少年に向かって告げ、追加条件を出す。
「ただ、うちは本当は半年教育させる……一ヶ月後に試験を出す。それを合格できたならちゃんと教育する。だが、不合格ならそのまま売り払う。わかったな」
片目少年の顔がパァッと明るくなる。
「はいっ!!!!!」
少年は勇気を出したことで、必死に思いを伝えたことで、チャンスを掴み取ることができたようだ。
パンっと何かの音が再びした。
音は少年の後ろから聞こえていて、そこにはスキンヘッドのおっさんが立っていた。彼の先輩は、背中をちょっとだけ押してあげたようだ。
「あーあー、また拾っちまったよ。うちはセベロさんとこと違って、できそうな子しか教育しないんだぞ。少年、機会は与えたんだから俺の期待に答えろよ」
言うことだけ言って、青シャツおじさんは照れくさそうに、通路の奥へと向かっていった。
おじさんが奴隷たちを監房に入れている間、ウォーレンは玄関で待っていた。
(うう、少年が……あの少年が……あんなに立派になって……)
だらっーとだらしない涙をだらだら流しながら感動の余韻に浸っていた。
すると。
ヒヒィーン!!!
馬の嘶き声が外から響いた。
(なんだ?)
馬が暴れ出したのかと少し心配になっていると、
バキバキッ!!! ドンッッッ!!!!
何かが激しく砕けて、重いものが落ちた。そんな音が外から聞こえた。
そう、どちらも外からだ。
魔人少女エラちゃんがいる外からだ。
……嫌な
とても、とても嫌な予感がする。
とっさに外へとウォーレンは飛び出すがもちろん後の祭り。目の前には、車輪が砕けて傾いた馬車に、巨漢の男が足を上にして沈んでいた。どうやら『誰か』に投げ飛ばされたようだ。そして、男が投げられたと思わしき方向を見ると、
「やってやったわ!」というイキり顔で、わがまま少女が腕を組んでいた。
「だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、少年の頑張りを!!! 俺の余韻を!!! 返せええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」




