街の関所
奴隷商人見習いのウォーレンとサロペットツインテ少女・エラは奴隷商店の前にいた。彼らの前には馬車が止められている。荷台は鉄格子の小さな牢屋となっていて、そこに三〇代くらいの成人男性が三人、一〇代の少年が一人、閉じ込められている。彼らは奴隷で今回の旅の商品だ。奴隷たちは牢屋の中で、膝に両手を当て体育座りしていた。彼らには足枷が取り付けられ、重そうな鉄球が繋がれている。今回の仕事内容は、南西の中領地バルサドールへと彼ら――奴隷を運び、そこに住む奴隷商人に引き渡すことだ。奴隷が男性だけなのは、力と体力が必要な農業の事業主に売れるからだろう。
ウォーレンはポケットから金属製のタグを取り出す。タグは二枚あって文字が刻まれている。両方とも同じ形、同じ色、同じ文字だ。これは、主人が奴隷へと渡すもので、主人と奴隷が同じタグを持つことで主従関係が法律上証明される。ウォーレンは役所でこのタグを購入していた。
(エラを奴隷にする……か)
視線をエラに向けると、この一帯に住んでいる怪しそうな住人たちに向かってシャーと猫みたいに威嚇していた。住人たちはエラをさらおうとでも企んでいるのだろう。ウォーレンの上司の助手ルドルフが近くに立つ。彼の手には剣が握られていた。刃物が抑止力となり奴隷は逃げようと思わない。ルドルフは仕事が終わったようでウォーレンに話しかける。
「これで準備は終わった。あとは頼むよ」
「ああ、助かった。こういうのはもう慣れているのか?」
「さすがにな。十年くらいやっているし、奴隷を扱うには体力もいる。鍛錬もかかしてない」
ウォーレンは力仕事が苦手だし、こうして直接奴隷を商品として扱うのは初めてだ。ルドルフの助けがなければここまでの準備はできない。奴隷たちはセベロが持つ店舗に監禁され、売られるのを待っていた。彼らを外に出すのも苦労するし、奴隷によっては反抗して怪我を負うこともあるそうだ。
「エラちゃんがいるとはいえ少し心配だ。盗賊が出たら素直に渡すんだ。命までは取られないだろう」
ルドルフにはエラが魔人だということを伝えている。ウォーレンとセベロが屋敷にいないとき、エラが何をしでかすかわからないからだ。
「ああ、わかった」
ウォーレンは御者台に乗り込み手綱を握る。腐ってもウォーレンは元貴族だ。馬車の運転は習っていた。
「おい、エラ。もう行くぞ」
「はーい」
ぴょんと軽々しい動きでエラも御者台に乗り込む。さっきの怪しい住人たちはいつの間にがいなくなり、腹を押さえて唸っている男性が見えた。どうやら彼に腹パンをお見舞いしたようだ。かわいそうに。
馬車を動かし、街の外につながる門へと移動する。
「エラ、これを首にかけてろ」
運転しながら奴隷のタグを渡す。タグにはチェーンが繋がれていた。
「なにこれ?」
「……外に出るには必要なんだ。お守りのようなものだ。身分を聞かれたらこれを見せろ」
「ふーん」
特に疑いもせずに頭から被り、長いツインテールをチェーンの内側から外に出して、首にかける。タグはシャツの中に入れていて外からは見えない。
……ウォーレンはエラを奴隷にすることにした。
街から出るには関所を通らければならず、行商人は必ず呼び止められ商品をチェックされる。商品の種類や数によって通行料が変わり、税務局で働いていたウォーレンはこの通行料の計算処理をだらだらとやっていたが、実際に自身で支払うことになるとは思いもよらなかった。
予期せぬことが起きるのもまた人生だ。
行商人が通るにも通行料が発生するので申告しなければならない。身分を確認されることは少なく自己申告が基本だ。もちろん身分がチェックされる場合もある。主人に同行する奴隷の通行料は市民よりも安いが、身分証がなければ通行料は高くつくし、怪しまれるかもしれない。備えあれば憂いなしだ。
ただ、エラを奴隷にすることはウォーレンといえど忌避感はあった。
元は売られて、監禁され、ほとんど奴隷扱いされていた身だ。仕事するためとはいえ、奴隷にされるのはよく思わないだろう。エラは追われている可能性があり、街にずっといれば捕まるかもしれない。たまに外へ出た方が安心できるとウォーレン自身に言い訳をしていた。結果、エラには直接言えずそのタグが何を意味するのか説明できなかった。
馬車を進めると比較的小さめの門が見えた。南の関所だ。
「へー。ここから外に出れるのね」
「そうだ。ここで通行料を払うんだ。一人で出ようとするなよ。あそこを見てみろ」
門の隣に点々と置かれた木でできた小さな塔を指差す。
「あれは櫓だ。上には兵士がいて。不審者が出入りしていないか見張っている」
「さすがに知っているわよ!」
エラは「バカにしないでよ」と口を尖らせた。元々軍学校で戦闘技術を仕込まれていたエラだ。街の防衛の基本についても学んだのだろうか。ウォーレンは門について少しだけ補足することにした。
「門を通らずにこっそりと出るようものなら見つかるかもしれない。一回外に出るだけならいいが、何度も出入りするのはリスクが高い。俺たちもルールにしたがって堂々と出入りすることになる。バレないように気をつけろよ……」
ポンポンとエラが被るベレー帽子を叩く。エラは「わかっているわよ」というような顔をするが、心配になってしまうのがウォーレンだ。
関所に着くと長い槍を持った門番が話しかけてきた。
「奴隷商人ですか?」
「ああ、そうだ。通行するのは市民一人と奴隷一人だ。商品は荷台のものだけだ」
「ええ、わかりました」
外の門番が商品を検閲する。奴隷の数はひと目でわかるからかすぐさま書類に何かを書き込みだした。商人の人数と商品を記入しているのだろう。
「それでは、銀貨一枚と銅貨八枚になります」
ウォーレンは、門番に従ってお金を支払う。詳しいチェックがなさそうだと胸を撫で下ろしていると、
「ん? ウォーレン・ファンベールじゃねえか」
声がする方を見ると、金属の装備で身を固めた青年がいた。髪は黒くてツンツンとした毛束が上に向かっていくつか出ている。
「げっ、クリストハルト!?」
ウォーレンは彼のことを知っていた。知っているということは……お貴族様だ。
「おうおう、聞いたぜ。おまえの家潰されたんだってな。いろんなところで話が飛び交ってたぞ」
「だろうな……」
―― クリストハルト・シュバルツェン
彼は侯爵家の長男で軍務局に所属している士官だ。階級としては一等下士官で、下から二番目に位置する。貴族といえど軍務局では下っ端だ。街の兵士を束ねる仕事をしているのだろう。
「……まさか奴隷商人になったのか!? 何というか……おまえらしい仕事に就いたな。と・て・も似合ってると思うぞ」
「まったく褒め言葉に聞こえないんだが! 俺にもいろいろとあるんだよ!」
家が潰されるのは、内乱や戦争がない限りそうそう起きないだろう。商業をメインとした家だったらそのまま仕事を続けられるし、領主だったらその土地の伝手で仕事が見つかる。だが、ウォーレンのファンベール家は公務員しかいなかった。
元々、当主のダンブルギアは南の大領地出身で、その中の伯爵家の息子だったが、酷い有様だった領地の一区画を改善したことで評価され、爵位が与えられた。そして、引き抜かれて王都のこの街に住むこととなった。
ウォーレンには仕事の伝手はなかったし、他の仕事に就けなかったのはエラが問題を起こしまくったせいだ。
そう、そんな問題児のエラちゃんは、今では街の『有名人』だ。
「ん? 隣にいるのは……」
「こ、これはその。仕事の手伝いだ。もう通行料は払った。ささっと行かせてくれ!」
手綱を握り、少しでも早くこの場から離れようとするが……
「……お、思い出した!! こいつ、街で問題を起こしまくった帽子少女だ!! おい! そこから動くなよ。ひっ捕らえる!!」
クリストハルトは剣を抜いて、エラへと向ける。このまま兵士を呼んで拘束するつもりだ。
エラはクリストハルトが敵意を剥き出しにしていることに気付き、コソコソとウォーレンに確認を取る。
「(何こいつ。やっつけていい?)」
「(ダメだ! こいつは貴族様だ。逆らったら状況がさらに悪くなる! ……俺がどうにかする)」
ウォーレンには策があった。
クリストハルトはウォーレンの妹イザベラと敵対したことがあり、ウォーレンは彼の弱みを握っていた。
「フライシュのウェンディさん」
ウォーレンは一言だけクリストハルトに告げると、汗をかきだし剣を持つ腕がプルプルしだした。
「お、おい! それは終わった話だろ!」
言い逃れようとするクリストハルトだったが、
「いいや、終わってないね。未だにあそこに通っていることを俺は知ってるぞ。この間もおまえがいたのを見かけている。あーあー、今度こそ奥さんに言っちゃおうかなー」
クリストハルトには妻がいるのに、フライシュの看板娘ウェンディのことに好意を寄せていて、しげしげと通っていた。
奥さんは許嫁だったらしく、彼女が気に入らなかったのかクリストハルトは強く当たっていた。社交界中もそのような態度を取っていたので、イザベラがお冠になってボコされたわけだ。ファンベール家に嫌がらせをするようになったので、ウォーレンはクリストハルトを調査して、フライシュのウェンディに好意を持っていること突き止めた。ちなみに、ウォーレンがフライシュで『ウォーリック』という偽名を使っていたのは、この調査で自然とウェンディと話すようになったからだ。
「や、止めてくれ……条件はなんだ?」
もしもウェンディのことをクリストハルトの奥さんに言いつけるようなら貴族の権力で潰されてしまうだろう。それはクリストハルトにとっては本望ではない。
「今回はこの子を見逃してくれ」
「……わかった。ただし、俺からも条件がある……」
しげしげとクリストハルトも条件を提示したが、これでも彼は兵士だ。面目があるし、この場で取り押さえることもできる。
「……手伝いをしてほしい」
「……ウェンディさんとくっつく手伝いか?」
「ああ、そうだよ!!」
「わかった、わかった」
彼から出た条件は、下心の塊だった。奥さんがいるのに他の女性を狙うなんてなんて不届き者なんだろう……でもまあ、貴族には良くある話だ。第二婦人やら愛人やらね。
「ならいい……通れ」
クリストハルトは剣を仕舞い、その場から立ち去った。面倒くさいことに巻き込まれたと嫌になるが、これもエラの後始末のようなものだ。受け入れるしかない。こうして、ウォーレンたちは無事(?)に関所を通過できたのであった。




