奴隷商人見習い
元貴族のくせっ毛頭ウォーレンと魔人少女エラは、奴隷商を手伝うことにした。あくまでも手伝いであって奴隷商をするのは白髪紳士のセベロだ。彼から与えられる仕事をこなすのがウォーレンたちの役目となる。働く条件として奴隷を助けるかもしれないと告げると、ウォーレンが責任を取るなら自由にしていいと言ってくれた。ただ、奴隷たちに入れ込み過ぎるとキリがないので、動く前によく考えてほしいと念を押された。
そして、奴隷商人見習いのウォーレンはセベロから奴隷商についての説明を受けた。
奴隷の市場価格は、成人男性が一番高く銀貨四〇枚、成人女性は銀貨三〇枚、子どもは一五枚が平均だ。あとは、能力や人種、体格で価値が変わる。人狩りや他の奴隷商から仕入れて仲介料を足して売るのが基本で。仲介料はおおむね二~三割が一般的だそうだ。
後日、セベロの助手のルドルフに例の怪しいエリアへと案内され、奴隷を売り買いをしている店をいくつか紹介してもらった。セベロも店舗を持っていて、普通の奴隷商でも利益を出しているそうだ。オークションのような金持ち向けの場所もあるとのことだが。そこに関わることはほとんどないらしい。
法律の確認もした。
この国の身分は、王、貴族、市民、解放奴隷、奴隷の五種類だ。解放奴隷以上の身分を持つ国民は役所に名前が登録され、身分ごとに色が異なる金属製のタグが渡される。タグには名前が彫られる。奴隷用のタグもあるが名前は彫られなく、役所には名前を登録されない。
奴隷用のタグは二枚一組で両方に同様の通し番号が彫られている。片方を奴隷に渡し、もう片方を主人が持つことで、奴隷と主人の関係が生まれる。もし奴隷が盗まれたり、何かしらの被害にあった場合はそのタグが証明となる。
そして、タグを購入することは主人の義務だ。奴隷を所有すると奴隷税を納めなければならず、この国ではタグを購入することが税を納めることとなる。もちろん、タグを一回買えば終わりという訳ではなく、新しいものが毎年作られていて主人は購入しなければならない。人によっては買っていないものもいるだろうが、摘発されれば確実に罪となる。奴隷商人は特に目を付けられることが多いので注意しなければならない。
ウォーレンとエラは、セベロの屋敷で住み込みで働くことなった。ウォーレンはセベロの助手――ルドルフの部屋に、エラは女子の子ども部屋にそれぞれ住んでいる。ちなみにこの屋敷は、セベロを雇っていた貴族が格安で貸してくれている。当主が変わっても懇意にしてくれるとかなんて聖人なのだろう。
ウォーレンの仕事に子どもたちへの教育も含まれ、頻繁に授業するようになった。一方、エラは授業の様子を見に来たり、外で男の子たちと手合わせしたり、料理を手伝ったりと自由気ままにしている。
そんなこんなで一ヶ月がたった頃、ウォーレンとエラは食材の買い出しをしていた。
「そういえば、ずっとその格好だな。小僧から奪ったんだっけか?」
ウォーレンはエラの服を指摘した。エラは汚れた白い麻布と黒いズボンを着ている。たしか、男の子の服を奪ったとフライシュの看板娘ウェンディに聞いていた。街の子どもとしては普通の格好でも元貴族のウォーレンにとっては少し気がかりだった。屋敷の女の子たちも客見せするためにもう少し良い服を着ている。
「そうね。あの子たちは別の子をイジメてたからぶっ飛ばしてついでに奪ってやったわ。こういう服の方が空に飛びやすいし」
「……おまえ、空に飛べるのか。魔術って便利だなー。でも折角こうして街に来たんだ。服でも見てみるか?」
ちょうど近くに服屋があったので指差す。
「別に私は今のままでいいんだけれど……」
年頃の女の子はオシャレをしたいものだと思っていたが、エラは違うようだ。軍学校に通っていたことからも縁遠い存在で興味がないのだろうか。
「俺が気になるんだ。もう少し良い服を着ろ。仕事も見つかったんだしな」
エラを引っ張るように店に入ると、洋服だけではなく帽子も売っていた。エラが被っている帽子はベレー帽で、角を隠すためにウォーレンが渡したものだ。
「魔法使いといえばこういう帽子だろ? これとかどうだ?」
魔人は魔法使いではないがウォーレンとっては同じようなものだ。頭頂部が突き出たとんがり帽子を手に取りエラに見せる。
「……帽子は今のままでいいわ」
エラは帽子が取られないよう手で押さえながら不機嫌そうに言った。
「帽子は被ってなきゃダメだけど、それ少し大きいだろ? これとかどうだ?」
ウォーレンは麦わらで作られたハットを手に取る。麦わら帽子に白いワンピースといえば女の子の夏の定番だ。
しかし。
「これでいいの!」
エラは怒りだしその場から離れてしまった。なんで怒るんだとウォーレンが不思議に思っていると、近くに店員のお姉さんが来たので声をかける。
「すみません。あの子に合う服を探したいんですけれど……」
「あの子ですか? ……まあ、なんてかわいらしい! 私が選んでもよろしいでしょうか?」
少し食い気味の店員に逆らえずに了承する。エラはお姉さんに連れ去られてしまった。お姉さんはエラを着せ替え人形のように次々と服を変えては楽しんでいる。普通のスカートやワンピース、ドレス、ロリィタ系やゴシック系、果てはメイド服や制服など、この世界で見たことのないファッションも交えつつ吟味する。
そして、
「この服ならいいわね。動きやすいし」
エラが気に入ったのは、青いサロペットだった。胸当てからバンドが出て両肩にかかっている。中には白いシャツを着ていた。
「んー。もっと女の子らしいのじゃなくていいのか?」
「スカートとワンピースはスースーして好きじゃないし、下から丸見えじゃない」
「そういうもんだろ……」
エラは飛べるから下から見られることを考慮しつつ機能性も重視しているようだ。できれば飛んでほしくはないが……
「髪型も変えたんだな」
「ええ。店員のお姉さんがこうした方がいいって」
エラの長くて赤い髪は、二つのリボンでまとめられ頭の左右から伸びていた。ツンツン系な彼女にお似合いのツインテールだ。
「いいんじゃないか。似合っていると思うよ」
エラはもじもじしながら髪を触り出す。
「そ、そう……ならこうしようかしら」
そろそろエラが監禁されてからそろそろ四ヶ月になる。その間は髪を切っていないことに気が付いた。
「髪を切ったりはしないのか?」
「んー。昔はここまで長くなかったのよね……でも、なんかもったいないからこのままでいいわ」
短い方が邪魔にならなくて機能美は良さそうだが、そこにこだわりはないようだ。昔の自分を思い出したくない。そういう理由があるのかもしれないが。
他の普段着やその他もろもろを選び、会計すると……
「合計で銀貨八枚とハーフ銀貨一枚になります♪」
「えっ!?」
想像よりとても高い。そういえばここは店舗型の服屋だ。路肩のお店とは違って高いのは当たり前。財布の中身を見ると足りてはいるのだが……
エラを見ると珍しくご機嫌そうでニコニコしている。意外とお洋服選びが楽しかったのか、早く着てみたくてうずうずしている。
そんな彼女の期待を裏切れないと、血の涙を流しながら購入したのであった。
ウォーレンは紳士な奴隷商人ことセベロへと駆け寄り、涙を流しながら膝をついていた。
「セベロ様! セベロ様!」
セベロはコーヒーを飲みながらウォーレンを心配する。
「ど、どうしましたか? 何か問題でも」
「お金が……お金がないんですぅううう」
屋敷に住み込んでいる分は給料から天引きされているので、生きていくのは問題ないが、エラが問題を起こした損害金の催促も来るし、たまには良いもの食べたり劇場に行ったりと贅沢がしたい。
「お給料を前借りさせてもいいですが……あなたたちが来てからまだ一ヶ月くらいです。できたら遠慮してほしいですね……」
前借りを提案してくれているだけでも、セベロは良い雇い主ではあるが、ウォーレンは研修中の身だ。その優しさに漬け込むのはしたくない。
「何か……何か仕事はないのか?」
「そうですね……」
奴隷商人は、奴隷の売り買いの手数料で儲けを出している。手っ取り早く稼ぐなら売り買いをしなくてはならない。
「なら、奴隷を他の街の奴隷商に引き渡すお仕事はどうでしょう? そういうお仕事が入っています。手数料は全部渡してもいいですよ!!」
「まじですか!!」
と、ウォーレンは喜びの涙を流すと
「冗談です」
「……」
一瞬で色んな感情がウォーレンの中へと引っ込んだ。
「でも……六割なら渡してもいいですよ」
「……それはいくらくらいになる?」
「奴隷商への引き渡しなのでそもそもの手数料は少なめですが……大人一人当たり銀貨三枚くらいは渡せます」
「その話乗った!!」
お金に飢えているウォーレンは即決した。
「これも勉強になりますし、そろそろ外に出てもいいでしょう。南西のバルサドールという街で取引をしている方がいますのでそこまで運んでもらえますか? いきなり大人数を運ぶのも心配なので三~四人くらいが妥当でしょう」
バルサドールは南西の中領地だ。平原に川がいくつか流れていて農業が主流だ。農奴としての働き手はいくらでもほしいだろう。
「ただ、馬車を持っていないので借りる必要があります。あと、盗賊に襲われることもありますが……エラさんがいるので護衛はいらないでしょう」
「そうだな……ん?」
ウォーレンの顔から汗がひたひたと流れ出す。
ここでエラと護衛が結びつけられるっていうことはつまり……
「さすがに一緒に住んでいると、彼女が魔人だということには気付きますよ。奴隷商人なので魔人の知識はあります。裏では魔人の取引もありますし、この街に隠れて住んでいる魔人もいるんですよ」
ウォーレンはうなだれるしかなかった。
「もちろんこのことは誰にも言いませんが……あなたたちがよっぽどのことをしでかすようでしたら……そのときはそのときです」
つまるところ、エラが魔人ということを知っているのでセベロに迷惑がかかるようなことはするなよ、ということだ。
「わ、わかった……気を付けます……」
ぐったりした顔でウォーレンは返事した。よっぽどのこととは、どのくらいのことかわからないが、セベロを裏切ってはならないと決心する。もちろん裏切る気なんてさらさらないが。そして、セベロは仕事について補足する。
「さらにお金がほしいようなら、捨て子を拾ってくるのは許します。大人を買うのは目が必要ですのでまだ任せられません。人狩りしてもいいですが……そこは任せます」
――人狩り
村や集落を襲って住人を捕縛したり、街にいる人をさらったりすることだ。やっていいとは言われてもやるつもりはない。
「あと、南西の地域はテーラ王国に近いでしょう? 獣人が流れていることもあるので、見つけたら買ってきてほしいです」
「そっちの方面かぁ……獣人なぁ」
獣人はこの世界にいる人種の一つで、大きな耳と尻尾が特徴だ。魔人が『魔術』を使えるのに対して、獣人は『獣術』を使える。
……テーラ王国とは獣人の国だ。
もともとウォーレンたちがいる国――アンドロギウス王国は、人間と獣人が共存する共和国だった。しかし、二〇年前の魔人の国――クナディア帝国との戦争で負け、獣人が市民権を持てなくなった。獣人たちは追い出されるように南西へと集まってテーラ王国が建国された。今でも獣人は市民権が持てず、アンドロギウス王国には獣人が少ない。そして、獣人は物好きな貴族に売れるらしい。
「それとですね……」
セベロは最後の注意点を述べる。
「この街を出るならエラさんを奴隷にしてください」




