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【幕間】村の小さな家屋


「うっ…………」

「母さん! 大丈夫? ねぇ、母さん!」


 薄暗い部屋の中、黒髪の汚れが目立つ少年と母親と思わしき女性がいた。彼女は病気にかかっているようで、顔がやつれている。


 母親はベッドから起き上がって両手で胸を押さえつけていた。


「……大丈夫よ、ヴォルフィン。いつもの発作だから……しばらくしたら治るわ」

「み、水を持ってきたから! ほら、パンもあるよ!」


 ヴォルフィンと呼ばれる少年はガラスのボトルに入った水とパンを手渡そうとするが受け取ってくれない。そのパンは黒く、農村でよく見られるライ麦が多く含まれたものだ。


「……また勝手に取ってきたの?……村の人たちに迷惑かけたらダメよ?」

「いいんだあいつらのことなんか! 母さんをのけ者にするあいつらが悪い」


 ヴォルフィンは村から食料を盗んでいた。母親は病気のせいで仕事をろくにできていなかった。農村であれば力仕事が多い男が重宝され、力のない女性、特に高齢だったり、病弱であったりするものは冷たい目で見られる。機織(はたお)りのような内職仕事もあるが、母親はそれすらできていなかった。年々症状がひどくなっていて、この一年は動悸と目眩がして度々倒れていた。


「悪いのは母さんの方よ。こんな病気になっちゃったから……」

「いいや。悪いのはあいつらだ!」


 ろくに仕事ができないでいるこの家では、十分な食料を分けてもらえず、ヴォルフィンが盗むことで食いつないでいた。


 急に母親の動きが止まった。そして、険しい顔になる。何かに気が付いたようだ。


「ヴォルフィン、ベッドの下に隠れなさい。早く!」

「ど、どうして母さん?」

「いいから早く!」


 母親が声を荒げたことでヴォルフィンは驚き、指示に従う。ベットの下にうつ伏せで隠れた。


「ヴォルフィン。音が聞こえなくなるまで絶対に出ちゃダメよ! 耳を(ふさ)いでなさい」

「う、うん」


 ヴォルフィンは頭の上にある両耳を手で押さえつける。


「何しに来たのあなたたち?」


 出入り口の扉に向かって声をかけると、バンッと勢いよく扉が開く。そこには、高慢そうなポニーテールの女性と、その後ろには男性が二人立っていた。母親は彼女らの顔と匂いを知っていない……盗賊だろう。


「おや、さすが獣人。耳がいいのかしらねぇ」


 特に驚きもせず女性はなだらかな口調で言った。ヴォルフィンと彼の母親は、耳と尻尾が特徴的な『獣人』と呼ばれる人種だ。耳が良いのは獣人の特徴であろう。


「んー。残念。大人の獣人しかいないし……なんか病弱そうだねぇ」

(あね)さん。こいつは領主に売れないボ」

「病弱、ならば、処刑」


 ボという語尾が特徴的な男は身体が大きいというか、どちらかというとふくよかな体型をしてた。もう片方の言葉数が少なくも喋り方が独特な男は、目だけ見えるようにバンダナで鼻元と頭を隠していた。


「じゃあ、そうしようかしらぁ」


 そう言うと女性の袖の中からロープが飛び出す。ロープは古い新聞紙をまとめるような細いものではなく、かといって綱引きで使うものほど太くはなかった。


 例えば、そう。


 人の首を絞めるにはちょうど良さそうな太さだ。


「あ……ぐぅあ……」


 飛び出したロープは母親の首元に向かってひとりでに巻き付いた。そして、ギチギチと絞め上げる。巻き付いたロープから逃れようと必死に抵抗するが解けない。


「優し…大切………ヴォル………なた…生き………………――――――――」


 獣人の女性はバタリと仰向けに倒れる。彼女の目元には涙が浮かんでいた。


「お仕事終了だボ。さすが姐さんだボ」

「獣人なのに呆気なかったねぇ。なんか言っていたけれど家族への遺言かしらぁ。ま、あたしたちにはまったく理解できないけれどねぇ。今回は首吊りにでも見せかけようかしらぁ」

「偽装、ならば、自殺」


 そういうと三人組は、天井からむき出しになった柱にロープを結び、母親だったものを吊り上げる。


「……そろそろ大きな事件でも起こそうかねぇ」

「ちまちましたことはもう飽きたボ」

倦怠(けんたい)、ならば、異変」


 仕事とやらを終えたのか、三人の気配が一瞬で消えた。




 静寂が訪れて、ヴォルフィンがベッドの下から這い出る。何かが来て、何かが起きた。匂いや音からそう直感していたが、具体的にはわからなかった。


 そして、理不尽な現実を目の当たりにする。


「……えっ? 母……さん?」







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