わがまま魔人少女の後始末
「ど、どういうことだ! 鍵だけじゃ取り外せないって!」
鍵さえあればエラの首輪を外せると思っていたが違った。よく見ると鍵穴に薄っすらとしたものが見える。
「彼女は魔人だ。普通の人間用の首輪だと魔術で鍵が開けられてしまう」
魔術は、『術者以外』の『万物の外面』に作用できる力だ。鍵穴の内側とて物質としては外面で、魔人であれば開けれてしまう。
「この首輪は魔人用で、物理と魔術の二段構造になっている。鍵穴には私の術の源を注いで開かないようにしている」
魔術の使い方の一つに外装の生成というものがある。例えば、石に外装を張って盾にしたり、棒に鋭利な外装を張って剣にしたりできる。魔人用の首輪は鍵穴の途中に空間が掘られ、その部分を埋めるような術の源の層を生成することで外せないような工夫がされていた。
「どうしたら取り外せるんだ?」
「物質化した術の源は術者自身の魔術で取り除けるが、今の私に残された術の源は少ない」
先程の戦いでマーシャルは術の源をほとんど使い切ってしまった。人間は術の源を生成できなく、外部から取り入れなければ回復できない。
「薬は持ってきていないのか?」
「持ってきているがすぐに回復するわけではない。時間がかかる」
マーシャルは懐から小さなケースを取り出した。中に術の源を回復する薬が入っているのだろう。
「今すぐ飲んでくれ! 早く」
彼はケースから黒く丸い小さな塊を飲み込んだ。血の味がするのか苦々しい表情をしている。
「どれだけ時間はかかりそうか?」
「一〇分程度はかかる。それに何日もかけて密度を高めている。分解するのにも時間がかかる」
エラはそんなウォーレンを、当たり前でしょ? みたいな顔をして見ていた。知っていたのなら教えてくれと心の中で悲鳴を上げるが、今さらどうしようもない。
時間がない。
……そう時間がないのだ。
ドン、ドンと強い力で扉が叩かれた。
『鍵がかけられている! おいっ!! 誰かいるのか!!』
どうやら刑務局の兵士のようだ。荒い声を上げている。もう一人の兵士がいたのか推測を口にする。
『まだウォーレン・ファンベールが見つかっていません。この中にやつがいるのでは?』
お貴族様を『やつ』呼ばわりとは、なんて教育がいっていないんだと頭が沸騰しそうになるがそんな場合ではない。そして、破城槌のような棒でも持っていたのか、扉が大きな音とともに何度も揺れる。
……破壊されそうだ。
(ま、マズイ!?)
ウォーレンは床に転がったナイフを掴み、扉の方に向けて構える。身を挺して時間を稼ぐしかない。
バギャァ!! という音とともに扉が砕け、こじ開けられた。そこには太い木の棒を抱えた二人の兵士が立っていた。ここまでか、そう思った瞬間。
『グヘッ!』
『グハッ!』
情けない声とともに兵士たちが視界から消える。何やら細い金属の棒で殴られたようだ。
「ウォーレン、お元気ですか?」
「兄様、何突っ立っているんですの? それが例の女の子かしら?」
この窮地から助けてくれたのはフォルトナートとイザベラだった。二人の手には長い金属製の燭台が握られていた。屋敷に置いてあるもので長さは背丈ほどだ。
「お前ら! 助かった! もう少し時間を稼いでくれ!」
「首輪はまだ外せてないのかしら? マーシャルが鍵を持っていると父様は言ってらしたのに」
「魔人用の首輪だそうです……解除に時間がかかりそうですね」
ウォーレンがマーシャルと対峙していたときに、実は二人は主犯のダンブルギアへと駆けつけていた。彼が鍵を持っていたときに備えて。
『あちらに逃げたぞ!! なんとしても取り押さえろ!!』
通路から兵士の声が聞こえる。フォルトナート夫妻を取り押さえるのに苦戦しているのだろう。
「あら? あの方たちまだ立てるのかしら? 先程ボコボコにしましたのに。兄様! 次に会ったらお説教ですわよ! こんなことを隠しておくなんて、言いたいことが山程ありますわ!!」
「イザベラ、気持ちはわかりますが目の前の敵をどうにかしましょう。私はまだ暴れ足りないです。『イザベラ流武術』を使える滅多にない機会ですから、思う存分やりましょう」
フォルトナートは既に説教済みなのだろう。『イザベラ流武術』という言葉を初めて聞いたが、おそらく日常のものを使って戦うイザベラの武闘スタイルのことだ。二人が視界から消えたと思えば、外から「ぎゃー」とか「うわー」とか聞こえ出した。
(あいつら兵士相手に善戦するのか……)
フォルトナート夫妻が時間を稼いでくれている、とにかく今は首輪の解除が最優先だ。
「なぁ、本当におまえの魔術で解くしかないのか? エラの魔術が役に立つとかは?」
「それはない。物質化した術の源は術者本人にしか分解できない。もしくは、術の源が似ていれば分解できると聞いている。例えば術者の家族とかな。だが、この薬の供給者となった魔人は私も知らないし、ここにいない。根気よく分解するしかない」
マーシャルはエラの首輪に両手を重ねている。術の源を分解しているのだろう。他の方法を探るしかない。
「俺が……その薬を飲むのは?」
「おまえ、魔術を使ったことがないだろう? 逆に邪魔をしかねない。止めておけ」
魔術を使った経験のないウォーレンが試してみても分解できないどこか、術の源を注ぎ込み分解を妨げてしまうかもしれない。そうなれば本末転倒だ。魔術についてもっと理解しておけばと後悔する。早く分解する方法が他にないのかと考える。些細なものでもいい。なんでもいいから……
唯一の心当たりがあった。
「これ、使えないか?」
ウォーレンがポケットから出したのは、アリシアからもらったお守りだ。袋の中から透明な青い石を取り出すとエラは目を見開く。
「サフィニア石!? なんであんたが?」
「知り合いからもらったんだ。ハーフェニア特区に入るときの人間用のお守りだそうだ」
マーシャルも知っていたようで石の説明する。
「……それは使える。その石には術の源を吸収する効果がある。この首輪にも使われている」
そういうとマーシャルは石を取り上げ、首輪の鍵穴の付近に近づける。首輪に使われているということは、エラの力は石によって弱められていたのだろう。術の源が吸収されているのか石の色が濃くなり、ただの青色へと変貌していく。
分解が終わったのか鍵穴がクリアに見えるようになった。
「終わったのか?」
マーシャルは答えることなく金属の鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。
カチャッ
首輪が取り外された。あとは、エラを外に逃がすだけなのだが……
『窓から白いロープが垂れている!! ウォーレン・ファンベールが逃げているぞ!! 辺りを捜索しろ!!』
外から兵士の声がした。ウォーレンは二階の窓から降りてこの部屋に来ている。また裏目に出た。
「くそっ! 外にも兵士がいるのか!」
「私がぶっ飛ばすわ!」
自由になった魔人少女は、思いっ切り力を発揮したいのか意気揚々と肩を回していた。
「それはダメだ! おまえのことが見つかったら刑務局が捜索し出す。この屋敷の住人を全員取り押さえるのがやつらの仕事だ」
このまま堂々と外に出ては見つかってしまう。ならば、注意を他に向ければいい。
「やつらの狙いは俺だ。俺が囮になる」
「でも!」
「俺はおまえと約束した。ここから出すってな。でもまたおまえが捕まるようなことはしたくない」
そう言って、ウォーレンは被ってたベレー帽をエラに被せた。エラの頭より少し大きく後ろへと垂れ下がるが、頭の角が中で引っかかっているのか途中で止まる。
「この帽子があればおまえが魔人だってバレない。逃げてる間は被っていろ」
エラは帽子が慣れないのか、ぶかぶかなのが気になるのか、両手で押さえていた。そして、ウォーレンは窓の方へと向かいながら別れの挨拶を口にする。
「いいか、俺だけじゃなくて、妹のイザベラとその夫のフォルトナートってやつらも命をかけておまえを助け出すのに協力してくれたんだ! 一度も会ったことないのにな!! 人間様も捨てたもんじゃないだろ? エラ、おまえはもう自由だ!! あとは好きに生きろ!! 元気でな!!!」
そして、窓から外に飛び出し大きな声で叫ぶ。
「おまえらが探しているウォーレン・ファンベール様はここにいるぞ!!!!! 捕まえれるもんなら捕まえてみやがれ!!!!!」
夕日が照らす屋敷の庭を、茶髪のくるくる救済者は全速力で走り出し、その後を追うように兵士が続いた。
そして。
小さな人影が屋敷の影から出てきた。その影が手を掲げると、スッと浮かび上がり空へと飛んで消えていった。
あの後、ウォーレンは兵士によって五分もたたずに捕まった。フォルトナート夫妻は捕まるというか投降した。留置所で尋問は受けたものの、美術品リストはウォーレンが投書したと説明し横領に無関係と判断され刑罰は与えられなかった。ただ、フォルトナート夫妻は兵士たちをボコボコにしていたので、少しの間懲役が与えられるそうだ。そうは言うものの、当主のダンブルギアがやっていたことは重罪で他の貴族や市民への面目もあり、ファンベール家は取り潰されることとなった。
…………………………………………………………………………………でだ
……でだ
(なんでこいつがここにいる!?)
目の前には自由にしたはずの魔人少女エラちゃんが突っ立っている。
(……そうだ、そういえば。こいつが落ちてきて、俺の顔を踏んづけて、何か言っていたような、衝撃的な何かを)
「何ボーッとしてるのよ」
エラはジーっとウォーレンの顔を見つめている。
「おまえ、何て言ったんだっけ?」
「はぁ? だ・か・ら、あんたと暮らせばいいじゃないって言ったのよ。っていうか暮らしなさい!」
「拒否権は?」
「ないわ。頭でもぶっ叩けば認めてくれるかしら?」
(この魔人少女、自由になった途端さっそく暴力で人間を従わせることを覚えやがった。だが、魔術には抗えない、ビクン、ビクン。しかも今は首輪がない。前よりもパワーアップしてるんだよな……)
エラの首輪にはサフィニア石が埋め込まれていて術の源を吸収する効果があり、エラの魔術は弱体化していた。以前でも敵わなかったのに、現状だと力の差はさらに大きいだろう。いや、差が大きく開くというよりかは、スライムが頑張ってもレベル四〇の冒険者には瞬殺されるし、相手がレベル二〇でも同じようなものだ。
「そもそも、こんな幼気で可憐な少女をこんなところに放っておくなんて、大人としてあるまじき行為じゃない?」
「誰が可憐だって?」
「あ?」
「冗談だ、冗談」
エラに襟首を掴まれたが、そのまま殴ってこないように両手でガードする。幼気なことについては言及しないところがミソだ。魔術を堂々と使わないことから魔人であることを隠すよう努めているのだろう。
「わかった、わかったよ……俺が面倒見ればいいんだろ」
「そうよ。あんたが私を外に出した責任、ちゃんと取りなさいよね」
「なんて言い草だ! 感謝するどころか責任を押しつけやがって」
「(……感謝は……してるわよ)」
エラはボソッと言うと路地裏から大通りに向かって歩いていく。
「今なんか言ったか?」
「な、なんも! それより、しばらくまともなご飯にありつけてなくて、おなかがとっても空いてるの。どこか美味しいところ連れてって! こっそりつまんで逃げる生活はもう飽き飽きなの!」
「おい! おまえ、今なんて言った!? 外に出ても盗んでるのか!? というかその服、前とは違うよな! それも盗んだのか!?」
ウォーレンは怒鳴りながら、エラを追いかける。
後始末上手な元貴族青年は、
自由でわがままな魔人少女の後始末をすることとなった。
プロローグからやっとここまで来ましたね。
いろいろ失ったウォーレンと自由になったエラちゃんのドタバタ劇が開幕です。
章としては半分くらいでまだ続きますよ。
ここまで読んでくれたそこのあなた! とてもとても感謝します(*^^*)




