初めての救い
夕日が街をオレンジ色に染め上げ始めている時間、ファンベール家の当主ダンブルギアの専属執事――マーシャルは魔人少女を監禁している部屋へと向かっていた。
……彼には目的があった。
ある人を助け出す、という目的が。
彼は目的を達成するまではどんなことにも手を染めると決意を固めていた。そして、ダンブルギアが所属する組織に入り、執事として仕えている。これまで三ヶ月ほど魔人少女を監禁している。これは組織にとって必要なことであった。
魔人の体液には、特別な効果がある。
故に魔人を監禁し、体液を収集・加工し組織へと流していた。これはファンベール家だけでなく、組織の他の貴族も同様のことをしている。
準備ができた。
決起の準備ではなく、効率よく魔人の体液を収集するための準備。魔人専用の監獄が国内に完成した。彼女の身柄を監獄へと移すことでこの労役から開放される。彼とて小さな少女を監禁し、躾けるのはやりたくない。さらに魔人となると骨も折れる。だが、それをやってのける感情が。絶対に揺らぐことのない、濃くて、重い、負の感情が胸の内に秘められていた。それが彼を冷徹に、無慈悲に、無情にし、原動力となっていた。
『不味いことになった……』
主人のダンブルギアは言い放った。これまでの不正が明らかになり刑務局が動いているそうだ。来週には刑務局の手で屋敷が取り押さえられることも判明した。ダンブルギアの行動は監視されつつあり、屋敷も見張られ、怪しい動きはできなくなった。例えば、屋敷の魔人少女を連れ出し、完成した監獄へ送り届けるようなことだ。
屋敷が押さえられれば、魔人少女が見つかり、組織の繋がりが明らかになる。さらには国家反逆罪として死罪となる可能性が高い。そうなると、当主のみならず家のご子息、ご息女、使用人も連座となって処刑されるであろう。目的を達成できていない現状、死ぬことなど論外だ。それはダンブルギアとて同じであった。
『これは命令だ……やれ』
ダンブルギアはマーシャルに首輪の鍵と、あるものを手渡した。特に感情も揺らがず頷き主人の命に従う。彼の手にあるのは、いつもの食事が載ったトレイではなく、光沢のある鋭利なものだった。
屋敷外で怪しい動きができないなら『屋敷内』で動けばいい。
少女が魔人足る所以は、発する言葉と魔術、そして角と羽だ。それらを全てなくしてしまえば証拠として機能しない。
……これは必要な死である。
彼の目的に必要な死である。
マーシャルは監禁部屋に入り、正面を向いたまま扉を閉じた。部屋には金属の首輪を付けた角を持った赤髪の少女が壁に背を当てながら床に座っていた。首輪には鎖が繋がれ、壁に取り付けられた鉄の輪まで続いている。
この部屋の細工はマーシャルが手伝った。ダンブルギアの命によって屋敷の使用人は街へと向かい、その間マーシャルと組織の業者によって扉は交換され、鎖をつなぐための鉄の輪を壁に設置した。「この部屋に貴重なものが置かれることとなった」、「決して近づくな」、「管理はマーシャルがする」という命が全ての使用人に伝わり、誰も詮索することはない。
部屋から何とも言えない匂いが漂うがマーシャルは慣れていた。たまに掃除をしていて、換気できるよう窓には細工を施していないが、魔人少女の前では大きな隙を見せれなく、十分な掃除はできていなかった。
窓にはカーテンが掛かっていて外から中が見えないようにしているが、魔術で勝手に開けられたこともあった。カーテンだけではなく窓も開けることもあった。既に、窓を伝って厨房の食材や本を取ってきている。花瓶が割られたこともあり、長男のウォーレン・ファンベールに心配をかけていた。
マーシャルはあの一件から厳しく躾けるようにしたが、ここ最近は問題を起こさなくなった。痛い目に遭うのが嫌なのだろうと考えている。今は窓が開けられているのか、カーテンがゆらゆらと風でなびいている。また勝手に開けたのだろうと推測するが、彼が説教する必要はもうない。
少女はマーシャルが入ってきたことに気が付き、座った状態で見上げる。
「今日のご飯はないのかしら?」
少女は不満ありげの声でつぶやき、いつものトレイがないことを不審そうにしている。
「黒入り、おまえにはもう必要がない」
マーシャルは彼女の名前を知らない。知ろうとしない。
名前を知ってしまえば彼と言えど情が沸いてしまうかもしれない。そのような隙を少しでもなくしておきたかった。彼女が魔人だということをマーシャル自身へと強調するため、赤に黒が混じった角の特徴から『黒入り』と呼んでいる。これはマーシャルが命名したわけではなく。魔人を知るものは知っている用語だ。
「必要ない? 私にはご飯が必要よ」
少女は当たり前のことを当たり前のように言い放った。人が生き続けるには食事が必要だが、
……彼女が生きる必要はもうない。
むしろ生きていては困る。彼女を殺さなければマーシャルが殺される。
ならば……
左手に持つナイフをグッと握りしめる。左手は背に隠れナイフは正面から見えない位置にある。相手は少女といえど魔人だ。しかも黒入り。一瞬の隙が命取りになる。最悪、魔術でナイフが取り上げられれば、逆にマーシャルの命が危ない。
(……一瞬で済ませる。)
マーシャルは右手を前に出す。魔術を使う動作だ。狙ったのは少女の首――首輪が掛かっていない首の根元だ。彼女の首を魔術でつかみ、奥の方向へと力を加えた。少女の頭が壁に強く打たれる。
「ぐっ!!」
咄嗟のことで反応が遅れたのか少女の抵抗はなく、押さえつける力から逃れようと、空気を得ようと、頭を動かしながらマーシャルを睨みつけてきた。
目は諦めていない。
対魔人戦で怖いのはここからだ。相手が本気になれば一瞬の気も許せない。マーシャルは力を加え続けながら、全身に術の源を巡らせ相手の魔術から防衛する。言うのは簡単だが難しい技術で訓練が必要だ。マーシャルとて時間をかけて体得している。一瞬でも攻防どちらかの気が削がれれば殺られる、そういう戦いだ。
命を狙いに来ていることがわかり、少女も抵抗を始める。両手を前に出し、マーシャルの首を狙った。が、防衛済みで耐えられる。首が苦しくなれば自然と両手を首に当てるものだが、マーシャルへと向けてきた。魔術での戦闘が慣れている証拠だ。これは一筋縄ではいかないとマーシャルに緊張が走る。時間をかければ勝率が下がってしまう。咄嗟に少女へと近づき、ナイフを持った左手を高く掲げる、と。
ガラスが割れるという高い音が部屋に響いた。
注意が削がれ目だけを動かして確認すると窓が割られていた。カーテンは破られ、シングルハング窓の上方のガラス面が割れ、外に破片が飛び散っている。少女は左手でマーシャルの首を狙い、右手で窓を割ったようだ。
「無駄な……足掻きだ……おまえはもう用済みだ……諦めろ」
首が苦しいのを抵抗しながら言葉を紡いだ。
「殺れるものなら……殺ってみなさい……」
少女は右手を、マーシャルが左手に持つナイフへと向けていた。マーシャルの左手に後ろ向きの力が加わる。気を抜いていたらナイフが弾かれたか、そのまま左手が後ろへと流されるどころか関節が無理な方向へと曲がり、負傷してしまっただろう。
「なかなか……やるわね……」
この状況で少女は言ってのけた。ナイフが弾かれないよう気を緩めていなかったことを褒めるかのように。左腕に力を込め少女の力の流れに逆らうと同時に魔術でナイフ自体に力を加え、仕留めにかかる。ゆっくりとしているが激しい、そんな攻防だ。ここは狭い一室、小手先のテクニックではなく魔術の力の強さのみがものを言う。マーシャルは右手で少女の首の根本を直接掴んだ。
「うっ!!……」
少女の声が苦しいものに変わった。体内の術の源で相手の魔術に対抗できるが、至近距離なら物理的に首を掴んだ方が有効打となりうる。しかし、こんな状況でも少女はナイフとマーシャルの首に魔術を使い、少女自身を守ろうとしない。
少女は、マーシャルの意識を先に断つことしか考えていない。
魔術が使えるのは、両手両足のような身体の先端部のみだ。指先からでも使えるが、このような力の押し合いの場面では適さない。首を掴む力が強くなり少女の顔が少しづつ赤黒くなる。そして、少女からの抵抗も一層激しくなる。あとは、酸素が足りなくなって意識が落ちるか、防衛への気が緩んでナイフが頭へと突き刺さるか、それで決着がつく。
……はずだった。
ゴッ!!!!!
鈍い音とともにマーシャルの視界は歪んでいた。左の側頭部が大きく揺れ、飛ばされ、仰向けに倒れていた。何が起こったのか理解できず視点を正面に合わせると、目の前にある人物が立っていた。
……ウォーレン・ファンベール!?
一刻ほど前、くるくる頭のウォーレンと魔人少女エラは監禁部屋にいた。仕事帰りだったのかウォーレンは服を着替えてなく、頭には黒いベレー帽を被っている。
「ついに、この日が来てしまったか……」
「何くよくよしてるの? 作戦の要は私なんでしょ。私が全部片付けるからあんたはそこらへんで遊んでなさい」
「いやいや、遊ぶとかそんなことを大人に言いなさんな。いいか、作戦はこうだ。いつものようにマーシャルが来るのを確認したら、俺とおまえで取り押さえる。そして状況を説明し、マーシャルに首輪の鍵を開けさせる。そんでおまえは外に出てもう自由だ。あとは魔術でも使って上手く逃げるんだ」
ウォーレンはエラに作戦の概要を確認し直した。首輪の鍵は必死に探したが結局見つからず、魔術でどうにかならないかと聞いてみたが、できればやってると即否定された。結局正面切って手に入れる強硬手段となってしまったがやむを得ない。
「ただ親父がいなくなっても組織とやらが感づいて捕まえに来るかもしれない。市民権のないおまえがこの街に住むのは難しいし……遠くの村にでも行って匿ってもらうか、もしくは嫌でも自分の国に帰りなさい!」
「……」
エラは不服そうにしているが、元々彼女はこの国に不正入国している。何の身分も持たない彼女が街に住んでもできることは限られるので、遠くの村で匿ってもらうか、国に帰るかしなければ生きていけない。
それに、組織だけではなく、彼女の祖国クナディア帝国からも追手が派遣されているかもしれない。彼女が堂々と生きていくはさらに困難だ。彼女のこれまでの体験からするとこの提案は酷だろうがこれはどうしようもない。これから捕まる予定のウォーレンにはこれ以上の面倒は見切れない。
彼女の人生、あとはどうしようが彼女の勝手だ。
「それと……この作戦で最も重要なことはマーシャルに逃げられないことだ。確実に取り押さえる。逃げてどこかに行ってしまったら全てが終わりだ」
「はいはい、わかったわ。私が取り押さえるから大丈夫よ」
魔人少女は軽く言ってのけるが心配だ。慎重に作戦を説明する。
「俺は窓の外にいることにする。部屋に隠れたとしても、マーシャルが部屋に入り切る前に気づいて逃げ出したら元も子もない。扉が閉まったのを確認したら取り押さえるぞ」
「……怖気づいてあんたの方が逃げ出さないかしら?」
「に、逃げるわけあるかぁ!」
マーシャルは魔術を使う魔人だ、怖くないといえば嘘になる。さらに一歩でもミスしたら全てが終わる作戦だ。これまでのように何となくで実行すれば失敗する可能性は高まる。協力者の義弟のフォルトナートにも助言をもらっている。
「……あいつが入ってきたら合図してくれ、魔術でカーテンを外に押し出すんだ。それが見えたら俺も駆けつける。おまえだけで取り押さえられれば御の字だし、二人いれば確実だろう」
そして作戦は決行された。
しかし、予想打にしてなかったことが二点あった。一つは合図がカーテンでなく窓が割られたこと。もう一つはマーシャルがエラを殺そうとしていたこと。
窓の外でマーシャルがナイフを振りかぶりエラを殺そうとしている光景を見た瞬間。身体が動かなかった。ナイフを持った相手がいる、その事実だけで手が足が震えて動かなかった。
あのナイフで自分自身が刺されるかもしれない。
そんな恐怖が身体を縛り付ける。
『なんでこの子たちは先生が殺されそうなのを隠れて見ているわけ?』
エラが物語を読みながら言っていたのを思い出す。結局その物語では先生はナイフを持った悪人に殺されてしまう。口では簡単に『助ける』と言えても、実際に行動に移せるかどうかは全く別物だと実感する。
きっかけはエラの首がマーシャルの手によって絞められた瞬間だったのかもしれない。
作戦の前提を思い出していた。強く思い出していた。
これは『エラを助け出す作戦』だということを。
気付けば歯を食いしばりながら恐怖を押さえつけ、無我夢中で窓から部屋に乗り出し、右手の拳をマーシャルの頭に向かって振り抜けていた。
「エラ!! 大丈夫か?」
「けほっ、けほっ。私一人で大丈夫って言ったでしょ……別に来なくてもよかったわ」
「どう見ても大丈夫そうに見えないんだが」
「お、奥の手があったのよ」
本当に奥の手があったのかなかったのかはわからないし、この際どうでもいいが、あそこまで危ない目に合って強気でいられるその心意気にむしろ関心してしまう。
「なんで窓を割ったんだ?」
「て、手元が狂ったのよ!」
マーシャルが急に襲ってきてエラも驚き手元が狂ったのだろうか。
「ウォーレン・ファンベール……おまえだったか……」
マーシャルは殴ったのが誰であったのか確認するように言い放った。右手で痛む顔を押さえ、左手にナイフを持ちながらマーシャルは立ち上がる。
「おうおう、マーシャル。敬語も使わないなんてファンベール家の執事として失格じゃないか?」
口は強気だが、ナイフは怖い。ウォーレンの額に汗が流れる、が。
「がはっ!!」
マーシャルは後方に飛ばされ、ドンッと壁に押し付けられた。左手のナイフが弾き飛ばされ床に転がる。
エラが両手を前に出し魔術で押さえつけていた。
「あれ? こいつ弱っちくなってるわ」
「……どういうことだ?」
「まるで……術の源がなくなったみたい」
説明されても魔術に詳しくないウォーレンにはピンと来なかったが、説明したのは押さえつけられたマーシャルの方だった。
「……術の源が切れたようだ……私は魔人ではないからな。術の源を生成できない」
「おまえ、魔人じゃなかったのか!?」
これまでエラを監禁し、先程まで超能力バトルしていたことからマーシャルは魔人であると脳内に固まっていて、そんな発言が出るなど信じられなかった。ただ、魔人の象徴たる角が見当たらなかったことを思い出す。角を隠していたわけではなく、ただ単になかっただけの話だった。マーシャルは言葉を続ける。
「私は魔人が憎くて憎くてしょうがないただの『人間』だ」
憎しみがよく伝わってくるそんな一言であった。彼に一体何があったのだろう。なぜ魔人を憎んでいるのだろう。そんな疑問が出そうになるが飲み込む。例え彼がこれまでに険しく苦しい道を歩んでいたとて、今は揺らがない、揺らいではならない。
「人間でも魔術は使える。人間は術を使える才はあるが、術の源を体内で生成できない。だからこそ外から取り入れる。魔人の体液には術の源が溶け込んでいる。それを飲むことで人間でも魔術が使える」
青髪執事は淡々と説明してくれた、
「体液ってことは採血してたのって……」
「ああ、そうだ。人間が魔術を使うためだ。魔人の血液と尿を集め、水分を飛ばし薬剤で凝結させることで、術の源の補給薬ができ……うっ!」
エラが『ある単語』に反応したようで、マーシャルが苦しそうになった。ここを突くのは止めておこう。
「なるほど……そんでその薬を増やして、組織とやらが反乱とか犯罪とかに使おうと企んでいるわけか」
「……」
図星なのだろうか、答えるつもりがないのか、口を噤んでいる。この話を深く掘ってもいいが、今は時間がない。
やるべきことは他にある。
「俺の要求は一つだ。こいつの首輪を解除してほしい」
「そんなことに応じるとでも?」
マーシャルはエラを殺す命令を受けてこの部屋に来ている。ダメでした、殺せませんでした、なんて主人には死んでも言えない。
「いいや。おまえは応じるさ」
「……」
これから拷問でもして、無理やり応じさせようとするのかとマーシャルは身構える。
「いいか、良く聞け……」
ウォーレンが説明しようとしたそのときだ。
遠くからバンという大きな音がし、足音も聞こえだす。玄関ホールの方向だ。
「ファンベール家の者に告ぐ!! 当主ダンブルギア・ファンベールが横領罪の容疑者となった!! この屋敷を差し押さえ、住人の身柄を捕縛する!! 全員速やかに投降しなさい!! 繰り返す……」
玄関ホールに刑務官と思しき男が大声で発していた。手には差し押さえ令状を持っていて、前に向かって広げている。彼の後ろには兵士が十数人立っていた。
「やべ!? もう来たのか!」
「……これは、一体?」
マーシャルが理解できないでいるとウォーレンは説明する。
「刑務局が屋敷と住人を差し押えに来ている」
「……それはおかしい。やつらはまだ来ないはずだ」
「俺らがやつらにリークしたんだ。差し押えの情報が漏れてますよー、早くしないと親父が逃亡しますよーって」
「なぜそんなことを……」
差し押さえられる情報を持っていたとしても、刑務局を急かす意味などないのだが、これにはもちろん相応の理由がある。
「それはこの状況を作り出すためだ。このままエラがあいつらに捕まったら俺らは全員死刑でエラも殺されることになる。それは最悪な結末だろ? 重要なのは今ここでエラを殺しても死体を隠せないことだ。つまり、殺す意味がない。なら俺たちに残された道はただ一つ。エラをここから助け出す。それだけだ」
そもそもエラを殺害して死体を隠蔽できるのは、差し押さえられるまでの猶予があるときだ。刑務局が屋敷に来ている状況では証拠を隠せる時間はない。
「そんなリスクまで負ってなぜこの魔人を!?」
ただ、一つでも噛み合わなければ、エラが見つかり全員が死刑になる。そんなことなら、そもそもエラの存在をなくした方がリスクは少ない。なぜ自分の首を自分で絞めるような真似までして、こんな魔人を逃がそうとするのかマーシャルには理解ができなかった。
しかし、逆になぜこんなこともわからないのかとウォーレンに火が付く。
「エラは今まで散々大人に酷い目に遭わされて、さらに殺されそうになっていて、どんだけこの世は救いようがないんだって思ったんだ。こんな少女が目の前で救いを求めているのに見逃せるわけないだろっ! 自分の命をかければエラを救い出せるかもしれない、ならかけて当然だ! ここから出すって約束もしたんだ。彼女が嫌いな大人になりたくなかった、彼女との約束を果たしたかった。十分な理由だろ?」
マーシャルは呆気に取られてしまった。そもそも何のためにマーシャルは組織に協力していたのか。それはある人を助け出すためだ。人を救うという原動力がどれほど強いものか彼はよく知っていた。いいや、甘く見ていた。そして思い知らされた。
これが人を助けるということなんだと。
一方、エラはどういう表情をすればいいのかわからずにただウォーレンを見ていた。
これは彼女にとって初めての救いだった。今まで売られ、騙され、追われ、怒られ、叱られ、殴られ、監禁され……短くも理不尽な人生だった。そんな環境に彼女は今まで抗ってきた、抗い続けていればいつか自分で道を切り開けると信じていた。しかし、いくら抗い続けても抗い続けても状況は変わらなかった。むしろ悪くなっていった。
心が折れかけていた。
表面上では強気に見えても、誰にも見せない内側はすでにボロボロであった。そんなとき、つい、こんな言葉を口にしてしまった。
『私をここから出してくれない?』
会って間もない人に救いを求めてしまった。そして、彼はここから出してくれると約束してくれた。
信じていいのか、本当に信じていいのか。
何度も何度も思った。
青髪が襲ってきたとき、本当は怖かった。
カーテンなんて押しても気づかないかもと、つい、窓を割ってしまった。
救いをまた求めてしまった。
しかし、彼は逃げずに、ここに来てくれた。
そして、死刑になるリスクを負ってまで助け出そうとしていることを初めて知った。
エラは、ここまできてやっと思った。
『彼を信用していい』と。
自然と。
自然と、頬に雫が伝う。
触ったら、涙を流しているのだとわかった。
自然と、自然と、彼女は泣いていた。
この世に救いがあったんだと。本当に、あったんだと……
「エラ! 泣くのはまだ早い! まずはその首輪を外さなくちゃな」
「△※◆!✕%」
先程まで涙を流していた少女は何とも言えない声を漏らし、後ろを振り向く。顔がピンク色に染まりながら、目を必死にゴシゴシしている。
「……マーシャル。もう一度言う。エラの首輪の鍵を開けてくれ」
「……わかった。鍵は私が持っているが……」
マーシャルは何かが吹っ切れたような顔をしているが、何かを言い淀んでいた。そして、
「この鍵だけでは首輪を取り外せない」




