後悔と自責
「んで、なんだっけか?」
『ですからファンベール家が……』
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
さっきからずっとこんな調子だったのか義弟の銀髪イケメン――フォルトナートは呆れている。このやり取りはこれで五度目くらいだ。
『ウォーレン、いい加減に落ち着いて聞いて下さい。私も受け入れ難いですが貴方がこんな調子になるとは思いませんでした』
「……」
アホっぽい茶髪のくるくることウォーレンは現実を受け入れ始める。
「……なんでうちが潰されるんだ」
家が潰されるなんて滅多なことではない。この家に恨みのある誰かが画略し、こんなことになったのではと考えていたが、
『どうやら。義父上の不正が告発されたようです。私もいくつか不正を知っていたのですが上から圧力がかかり今まで見逃されていました。それを刑務局側はあまりよく思っていなかったのですが、どこからか証拠を得られたようで水を得た魚のようになっています』
この国の犯罪は刑務局が対応する。例えば街の揉め事は兵士が加害者を拘束した後、刑務局に渡される。貴族の不正などは刑務局が調査し証拠が揃えば兵士とともに現れては取り押さえ、罪状によって適切な処罰が下される。
『もう一度言いますよ。刑務局はどこからか証拠を得たようです』
「うう……」
ウォーレンは油汗をかきながら項垂れた。ここで言う証拠とはもちろんウォーレンが密告した美術品リストのことであろう。父親のダンブルギアを失墜させるため、よく考えずに証拠を投書したが家が潰されることになるとはウォーレン自身思っていなかった。
むしろ早く当主になれると喜んでいたほどだ。
『……はぁ、やっぱりそうでしたか』
フォルトナートは深い溜息を吐きながらやれやれと額に手を当てている。
『それで、なんでこんなことをしたのですか?』
「……あいつのことを知ったからだ」
そして、ことの経緯を話した。
魔人少女のエラが囚われていること、彼女の身柄が魔人専用の監獄へ移されること、彼女を助け出すと決めたこと、ダンブルギアの犯罪を明らかにしようとしたこと、美術品リストを入手し匿名で刑務局に投書したこと……
全てのことを話し終える。
しかし、フォルトナートは驚く様子をしていなかった。
「この屋敷に魔人が監禁されていたんだぞ。驚かないのか?」
『……ええ。私も知っていました。貴方が魔人の少女に会っていたことを含めて』
「なんだって!?」
どうやらフォルトナートは知っていたらしい。というか幽霊の正体がわかった素振りをしていたし、独自に調べたのだろう。
『私もどうすればいいのか悩んでいたのですが、イザベラに話してしまうと暴走してしまうのは明らかだったので、彼女から隠す方向で動いていました』
ウォーレンは揉め事の後始末を得意とするのに対して、フォルトナートは前もって情報を集め、揉め事が起きないよう立ち回るタイプだ。揉め事を起こすのは決まってウォーレンの妹――イザベラだが、逆に言えば瞬発的に動いてくれるのが彼女の良いところであろう。
『まさか貴方が行動に移るとは思いもよりませんでした。これが私の誤算です』
ウォーレンがエラと会っているのを知っていたもののウォーレンが面倒事を起こす発起人になるとは考えていなかった。
「俺自身も動くなんて思わなかったさ。イザベラみたいに堂々とやれたらよかったんだが……できなかった。慣れないことはするもんじゃないな」
『私も保守的に動いてしまいました。こういうことならイザベラに動いてもらったほうが良かったかもしれません。その後どういう状況になるかは未知数ですが……』
もしウォーレンとフォルトナートが協力し、イザベラに呼びかけたなら無事にエラを救い出せたかもしれない。しかし、ウォーレンは当主の座に固執したためフォルトナートに伝えず一人で行動することを決めてしまった。
この状況になったのはどうしようもないことだった。
ウォーレンは堂々と解決するのを諦めて人知れず解決に当たり、フォルトナートは解決するにはどうすればいいのか悩みイザベラに情報を隠していた。そして、ウォーレンが動いたことでボロが出てしまった。
「それで……なんで家が潰されることになるんだ? 横領がバレただけだろう?」
『他の不正疑惑のこともあります。軍務局で工作していたとか。魔人周りに関しても余罪がありそうです。今回横領したのは軍事費用で武器や装備を整えるお金でした。費用に対して支給された物品が少なく怪しまれていました』
「他にもいろいろやってるのか……」
軍務局に手を出しているのなら納得だ。そちら側にもダンブルギアの仲間がいるのだろうか。
『そして、問題なのは横領したお金を私利私欲のために使ったわけではなくどこかに流していることです。何か良からぬことを企んでいる組織があってその運営費用となっているのでしょう。心当たりはあるのですがね……』
フォルトナートは内政局に努めている。怪しい反乱分子の情報は掴んでいるのだろう。
『つまり、余罪が大きくこの件に私たちも関与されていると疑われています。それなら丸ごと家を廃するのも納得がいきます。怪しいものは全て罰してしまう方が国にとって良いですから』
合点がいった。
ダンブルギアが不正を働いている理由も、家が潰される理由も。
「……俺たちも疑われているのか。それなら厳戒態勢が敷かれているはずだ。どこからその情報を得た?」
そもそもこの話が本当かどうかも検証しなくてはならない。情報のソースが確かなものか知るべきだ。
『イザベラの派閥の方からのタレコミです。彼女への信頼が厚い人からでした。刑務局に勤めているので信用できます。何より……嘘をつく理由がありません。イザベラに言っていいものか迷っていたようで代わりに私に教えてくれました。イザベラのことです。刑務局に殴り込みに行くやもしれません』
刑務局に殴り込みに行くなど普通ありえないが、ことイザベラなら不思議ではない。殴り込みに行ってもただ罪状が重くなるだけだ。
現状を整理できたところで、これからどうなるか、どうすればいいのかを整理する。
「俺たちはいつ捕まるんだ?」
『おそらく今月中には。そろそろ私たちの行動が監視され、全員が屋敷に集ったときに捉えに来るでしょう』
それはとても不味い。
ファンベール家の人どころかエラも捕まってしまう最悪の展開だ。
『何よりエラさんでしたっけ。彼女が魔人だということが良くないです。魔人を監禁するのは重罪ですし、これは私の推測ですが……この件は国家反逆に繋がっています。それが明らかになれば連座で私たちには「死刑」が言い渡されるでしょう』
「!!!」
国家反逆罪は最も重い罪だ。直接関わった家は連座で死罪を与えられ、関連した家も粛清される。エラの監禁がここまで繋がっているとは寝耳に水だ。
「お、俺たちは、ど、どうすれば!?」
混乱した様子でウォーレンは言い放った。心臓がバクバクと音を立てている。死が間近になれば正常ではいられなくなる。
『落ち着いて下さい。私たちにできることは二つです。「魔人のエラさんを助け出すこと」と私たちが関係していないことを明らかにし「罪状を軽くしてもらうこと」です。ただ……』
フォルトナートは思いつめたように言い放つ。
『義父上がエラさんを外に出すことはないです。刑務局が動いているとわかれば捕まる前に証拠隠滅のため、彼女を殺してしまうでしょう。刑務局に保護されても同じことです。クナディア帝国へ情報が漏れる前に刑務局側で秘密裏に処理されるでしょう』
衝撃が走った。
物理的ではなく精神的な。
ウォーレンたちが助け出さなければエラが殺されてしまう。
さっきまでは自分自身の身を案じて動揺していたが、彼女が本当に殺されるという事実を聞いて頭が真っ白になる。
何のためウォーレンはこれまで行動していたのか。
彼女を助け出すためである。
しかし。
しかしだ。
方法が間違っていたためかエラは殺されかけ、フォルトナートやイザベラにも尊大な迷惑をかけている。
最悪、全員が殺される。
こんなことになるのなら、
こんな裏目になるのなら、
そもそも助け出そうとすべきではなかったのか?
そんな約束を彼女としてはならなかったのか?
いっそのこと……
彼女と出会わなければよかったのか?
とてつもない後悔と自責の念に囚われる。
苦しい。
……胸が苦しい。
「……フォルティ、すまん……俺は……俺はエラを助けようとするんじゃなかった……」
唯一出たのは謝罪と後悔の自白であった。しかし、フォルトナートは叱咤するわけでもなく言い放つ。
『ウォーレン。何を言っているんですか? 別に貴方を責めているわけではないです』
「……なんでだ?……この家が潰されることとなった原因は俺だ。全員死刑になる可能性があるし逃れられても貴族から市民に格下げになる。全て俺が原因なんだぞ! 全て俺がッ……」
「悪い」と、言いかけたところでフォルトナートが割り込んだ。
『いいえ。こうなったのも貴方と私の選択が間違っていたからでしょう……ですが、貴方がやろうとしたことは決して間違っていません』
フォルトナートはウォーレンの考えを否定し、むしろフォルトナート自身にも否があることを伝えた。
『私は貴方のような正義感を持つイザベラに惹かれて愛しています。それにそんなイザベラの後始末をし続けてきた貴方も信頼しています。イザベラの正義感に負けてどうするんですか? 貴方はイザベラの兄なんですから』
フォルトナートとてエラの状況をよく思っていなかったのだろう。ただ、ウォーレンと同じく解決に当たって直接行動するタイプではなく根を張り、万全な状態で助け出すための手立てを考えていたのやもしれない。
『私は市民になるのは構いません。元々公爵家からわざわざ伯爵家の養子となったのですから、権力とか家柄とかは正直どうでもいいです。イザベラの隣にいられさえすれば私は満足です。むしろ貴族の束縛から外れたイザベラがどういうことを起こすのかワクワクしています……ただ、市民に落ちることを良く思わないでしょうが』
なんてかっこいいことを言うんだとウォーレンは思った。こんな旦那さんがいて妹は幸せ者だ。そして、当主の座に固執してフォルトナートに作戦を伏せていたことが情けなくなってくる。フォルトナートは既に腹を括っている。なら、あとは彼に倣うだけだ。
「フォルティ。エラの救出に協力してほしい。作戦がある」
『ええ。イザベラに説明するのも腰が折れそうです』




