プロローグ
木造建築が立ち並ぶ大通りから薄暗い路地裏へと一人の青年が入っていった。彼の髪は茶色く天然パーマなのかくせっ毛が目立つ。彼は立ち止まり顎に手を当て考え込む。
(これからどうしよう……しばらくは暮らしていけるが……)
青年の名前はウォーレン。この国の伯爵家ファンベール家の長男だ……いや、そうであった。
ちょうど一週間前、ファンベール家は爵位を取り上げられ廃された。理由は、ファンベール家の当主の不正行為が摘発されたからだ。特に決定的だったのが、ゆうに金貨五百枚をこえる軍事費用の横領だ。
それゆえ使用人を含むファンベール家の住人は全員拘束されてしまった。ウォーレンも漏れずに捕まったが、横領に直接関わっていないことで刑罰はなかった。しかし、身分は貴族から市民へと落とされ、家や個人の財産は全て差し押さえられた。直近の生活費は受け取ったが一月生活できるかどうかだ。
そんな彼は今後の生活を嘆いていた。
(個人の財産も取られるとは……事前に隠したりしておけばマシになっただろうに……)
拘束される前、彼はとても精一杯で捕まった後の生活に見通しを立てていなかった。過去の自分のアホさにむしゃくしゃしつつ頭を抱える。
(……まったくこんなことになるとは)
そもそもこのような状況になったのはウォーレンの貢献が大きい。自業自得といえるのだがそれには訳がある。
パラッ……
上から何かの欠片が落ちてきた。
(ん、なんだ?)
上を向いたそのとき、何かが顔に向かって落ち……
「ぐへっ!」
それは顔に着地し、情けない声とともにウォーレンはふっ飛ばされた。痛む顔と腰を手で押さえながら落ちてきた正体を確認すると、
……そこには見覚えのある赤髪の少女が立っていた。
「やっと見つけたわ!」
少女は意気揚々とウォーレンに向かって発した。状況を察するにどうやら建物の上からこの少女が落ちてきて、こともあろうに顔面に向かって着地したらしい。少女は、隠れんぼの鬼が隠れていた子どもを見つけ喜んでいるような、そんな表情でウォーレンを見下ろし仁王立ちしている。
「おまえっ……自由にしてやったはずじゃ」
ウォーレンはヒリヒリと痛む頬を手で押さえながら立ち上がり、少女に問いただした。
「ええ、そうね」
「自分の置かれている立場をわかってるのか?」
「よくわかってるわ」
「……」
彼女の立場は悪く逃走犯のようなもので追われている可能性が高い。この状況を本当にわかっているのか甚だ疑問である。心配するのがバカバカしくなって頭が痛んでくる……実際に痛むのは踏みつけられた顔だが。
「なんで俺の顔を踏みつけた?」
「……な、なんとなくよ」
何か言いにくそうに少女は発言した。まるで足を滑らせて落ちたような……これを言うと少女が不機嫌になることをウォーレンは知っているので口にしない。
長い赤髪を持つこの少女はエラと言う。年齢は十二~十四歳といったところか。黒いベレー坊を被っていて、少し汚れた白いシャツと黒いズボンを着用している。以前はボロボロな麻の服を素肌に着ていて今の服とは異なる。どこかからもらったのだろうか。
「んで、自由になったおまえがなんでここに?」
「たしかに自由にしてもらったけれど、この街に住むのって無理じゃない! お金もなければ住む場所もないしどうしろっていうの!?」
このわがままな少女エラは逃げるどころかこの街に残る選択を取った。その考えをウォーレンは否定する。
「だから言っただろう! 身分のないおまえがこの街で暮らすのは難しいって! だから遠い村にでも行くか、おまえの国に帰るか、選ぶんだ! でないとそのうち見つかってまた捕まるぞ!」
駄々をこねる子供を諭すように話しかけるが、エラは逆に不機嫌そうになる。聞く耳をもってくれない。
「捕まりそうになっても返り討ちにさせるから問題ないわ」
「いやいや、問題ありまくりだろ!」
「私が負けるとでも思っているわけ!?」
「そんなこと一言も言っていないんだが……」
会話にならないとウォーレンは額に手を当て、呆れていると、
「そうだ! あんたに提案があって、わざわざ探したんだった」
思い出したかのように、エラはポンと手のひらを叩いた。
「て、提案?」
嫌な、
とても嫌な予感がする。
「さっき言ったわよね。私がこの街で暮らすのは難しいって」
そう言いながらエラはウォーレンの目の前を横切り、赤い髪をなびかせながら振り返り、言い放つ。
「それなら、あんたと暮らせばいいじゃない」
彼と彼女が出会ったことが巡り巡ってこの状況を生み出した。慎重に慎重にドミノを立てて続け、最後のドミノを立てるとなぜか後ろに倒れてしまい、これまでの努力が無に帰る。そんなあっけもない話。
それは遡ること数ヶ月前、冬の寒さが残る季節のことであった。
この作品を、閲覧していただき本当にありがとうございます(*´ω`*)
それでは、二人の出会いの物語、スタート!