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2~悪魔に魂を売った男

 1993年春 卓哉は、変わらない日常を淡々とやり過ごしていた。

時に、バイトの休憩中にタバコを吸いながら

「このまま、弁当屋で一生終わりたくないなぁ」

悩んだりはしたが、日々の暮らしを立てていくには、ここの時給は千葉では、魅力的だった。

卓哉には、片思いの素敵な女性が一人だけいた。仕事明けに自転車で良く立ち寄っていたレンタルビデオ店の店員の女の子だった。かれこれ、一年半も告白できずに彼女に会いたくてビデオやCDを借りていた。そもそも、映画も音楽も好きな卓哉にとってこれは好都合だった。

ちょっと、クールな感じの女の子だった。そこが好きだった。

「多分、趣味とか普通の女の子と違うな」

卓哉は、どこか自分と彼女は共通点が多いだろうと思っていた。

その反面、

「多分、彼女は俺みたいな暗い男は苦手だな」

とも思っていた。

後に卓哉は、彼女に当時は想像だにしない猛烈なアプローチをかけることになる。

それは、今思えば「若気の至り」なのか?

彼女の名前は、「淡谷」ネームバッジで知ったその子の下の名前は、今でも知らない。だけど、卓哉と彼女は一瞬だけ恋人のような関係になる。悪魔の力を借りて。正確には、卓哉に悪魔が乗り移って、その悪魔が彼女に告白をして付き合う所まで行くのだが……


バイトを休みがちになっていた。

卓哉は、生まれて初めて自らの意思で精神科の門をくぐる。卓哉二十一歳の春だった。

「あぁ!なんて素晴らしいのだろう!生きていることが!」

卓哉は、気分が高揚していた。

精神科で処方された抗うつ剤がテキメンに効いてしまった。即日に。

直ぐに書店へ出向き、精神医学や向精神薬の本を買い漁った。中には、麻薬や覚醒剤の聖書的な「チョコレートからヘロインまで」いわゆる、「チョコヘロ」も迷わず購入した。  

その頃には、抗うつ剤でハイになることは、なくなっていた。次なる刺激を求めて卓哉は、悪魔に魂を売ることになる。薬こそが、全てでありドラッグこそ命だ、と。

不幸なことに、一人暮らしをしていた卓哉の異変に家族は、気付くのが遅かった。

気付いた時にはそこには、痩せこけ、生気が無く、ただ目つきだけがギラギラした凶暴な悪の化身がいた。

 悪の化身と化した卓哉は、その覚醒系の薬の力を借りて二年越しに片思いの淡谷さんへの告白に成功する。

 サザンオールスターズのいとしのエリーがメロディーのオルゴールをプレゼントした。彼女は、卓哉との交際を承諾した。

 その日の夜、卓哉のアパートの電話が鳴り響いた。

 淡谷さんからだった。

 「音楽の趣味が合わなそうだから付き合えない」

 「はっ!?」

 その後も卓哉は、薬が回った状態で饒舌に喋り続けて彼女を説得したが、

 「電話、切ってもいい?」

 彼女は、ブチンと電話を切った。

 結局、卓哉は「告白以上交際未満」という形で淡谷さんとの関係を終わらされた。

 その後もストーカー行為を続けた卓哉だったが彼女の気持ちは変わらなかった。

 

 失恋した卓哉の唯一の生きがいは、「リタリン」それだけになった。

最初は、錠剤を経口服用していたが効いてくるのに時間がかかったり効き目が悪くなり、別の使用法を思いつくことになる。ミルサーを購入し、独自にブレンドしたオリジナルドラッグを作る作業に日夜アパートの部屋で独りで没頭することになる。

 覚醒系の薬にマイナートランキライザーを少量加えてイライラや不安感が出ない様に慎重に計算してそこにアッパー系の抗うつ剤や軽い眠剤なども加えていく。配合をしっかりドラッグ用ノートに記入してミルサーで一気に粉末状にする。

この一連の作業の最中は、ドキドキワクワクしながら……出来上がった粉末を小さなビニールパックに入れて後は、短く切ったストローで鼻から適量を吸引する。瞬間的に卓哉の顔が不気味な笑みを浮かべ、悪魔が卓哉の身体を支配する。

「ヒヤッホー!」

悪魔は、そう時々叫びながら夜が明けるまでその禁断の行為を繰り返した。合間、合間には自慰行為を挟んだ。ヤクが回っている間の性行為、オルガスムスは言葉では多分説明がつかないくらいの強烈な快感を卓哉の全身に迸らせた。

ヤクが切れてしまった。一晩で使い切った。強烈な脱力感と疲労感、卓哉は部屋の片隅に横たわり、助けを求める。ベランダ越しに可愛がっていた野良猫が

「入れてくれ、遊んで」

とニャーニヤー鳴いている。窓を開ける力も気力も無くなっていた。しばらく鳴き続けていた猫もあきらめていなくなった。しばらく、眠っただろうか?時計を見ても時間がよくわからない。ここ数日何も食べてない。卓哉は、水を一杯だけ口に含み身体の中に流し込んだ。

1994年秋。テレビをつけるとラモス瑠偉がJリーグチャンピオンシップの対サンフレッチェ広島戦で芸術的なループシュートを決めていた。卓哉は、直ぐにテレビを消して再びベッドに横たわり泥のように眠った。

「みんなが、俺のそばから離れていく……」

「それとも俺が、みんなを遠ざけたか?」

ラジカセからは、兄貴から借りたオリジナルラブの音楽が繰り返し流れていた。

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