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第二章 第六節


似内風子(しないふうこ)


伊澄(いずみ)さんって才羽(さいば)校生だったんですか!? 実は私、今年才羽校に入学した1年生なんです!」

「すごい偶然だね。僕は今2年生だよ」

「じゃ、じゃあ今後は、伊澄先輩って呼んでもいいですか?」

「あはは。好きなように呼んでくれていいよ。先輩らしいことはあんまり出来ないけど」


 私と伊澄先輩が出会ってから数日後、私達は真剣家という名前のラーメン屋にいた。そしてこの日、初めて伊澄先輩が私の高校の先輩であることを知った。


 私達が出会ったあの日。私は伊澄先輩に、どうか償いをさせて下さいとお願いをした。伊澄先輩は少し悩んだ後、

「ラーメンでも奢って貰おうかな」

 と言った。私は正直、人を刺しておいて、償いがそんなことだけで良いのだろうかと思った。

「何でもします、他にも何かないですか?」

 と尋ねたら伊澄先輩は、

「ラーメンだけで十分だよ」

 そう言って笑った。人好きのする素敵な笑顔だった。


「お待たせしました! 真剣ラーメン2つです!」

 店員さんはそう言って、私達の使っているテーブルの上にラーメンを置いた。

「ごゆっくりどうぞー!」

 店員さんが私達の傍から去っていった後、伊澄先輩は私に言う。

「そういえば、似内さんは真剣家のラーメンって食べたことないんだよね?」

「そうなんです。このラーメン……なんかこう、すごくこってり感のある見た目ですね」

 見るからに濃そうなスープが印象的だった。さらに、スープの上に割と厚めの油の層までできていた。麺の量も多い。女子高生には厳しいかもしれない。そんな私の様子を見て、伊澄先輩はにこやかに言う。

「でも、見た目よりはこってりとしてないよ。食べてみて」

 た、食べきれるだろうか? 食べる前からそんな不安がよぎる。

「い、頂きます」

 私は恐る恐る、口に麺を運んだ。

 その結果。

「美味しい……!」

 すごく好みの味のラーメンだということが分かった。

 確かに伊澄先輩の言う通り、見た目よりはこってりとしていない。味は濃い部類だけれど、それ以上の旨味が私の舌を満足させた。若いサラリーマンが好きなラーメンというのは、こういうラーメンなのかもしれない。……そんなラーメンを気に入った私は何なんだって話になるけど。


 私の反応を見た伊澄先輩は、ほっとした表情で言う。

「このラーメン、僕は大好きなんだけど、僕の友人の1人は苦手でね。正直、似内さんが気に入るかはちょっと不安だったんだ。でも、気に入ってくれたのなら良かった」

「いや、ホントに美味しいです。週に何度か通っちゃいたいくらいです」

 そう言えるくらい、このラーメンは美味しかった。

「そう言ってくれると嬉しいよ。どんどん食べ……って、似内さんに奢って貰ってるのに、偉そうなこと言ってごめん」

「あ、謝らないで下さい。私の償いなんですから。というか、償いのはずなのに、こんなにいい思いをしてしまって、私こそすみません」

 私は頭を下げた。すると、伊澄先輩は慌てながら言う。

「いやいや、頭なんて下げなくていいよ! 似内さんが反省してるのはもう十分分かってるから。それよりも、ラーメンを食べよう! 麺が伸びちゃうといけないし!」

「わ、分かりました!」

 私はラーメンを味わいながらも、麺が伸びないようにせっせと口に運んだ。



「似内さん。この後時間あるかな?」

 私がラーメンを食べ終わったタイミングで、伊澄先輩はそう尋ねてきた。

「はい、ありますけど……?」


「あまり人がいない静かな場所で、2人きりで話したいことがあるんだ」


「ひ、人がいない場所で2人きり!?」 

 私は驚きの声を上げる。心臓の鼓動も早くなる。

 なぜなら、伊澄先輩の言葉はまるで、今から告白したいから場所変えよう、的な提案に思えたからだ。

「…………あっ。ご、ごめん! 変な意味で言ったんじゃないんだ!」

 伊澄先輩は最初、キョトンとしていたが、しばらくして自分の言動が誤解を招くものだという事に気が付いた。伊澄先輩は顔を赤くしている。

 私はそんな伊澄先輩の様子を、可愛いと思った。

 お互いになんとなく恥ずかしくなったのか、ほんの僅かの間だけど、沈黙の時間が続く。

 数秒後、ふぅ、と呼吸を整えた後、伊澄先輩は真剣な表情で言った。

「実は、似内さんの例の力の事で聞きたいことがあるんだ」

「例の……」

 私の超能力。

「……分かりました。お話しします」

 伊澄先輩は被害者だ。私がしてしまったことについて、問いただす権利がある。私は全て話すつもりだった。



 ラーメン屋から出た私達は、ラーメン屋から少し離れたところにある、河原の土手にいた。

 とても静かな場所だった。周りには人が見当たらない。

 その土手を2人並んで歩きながら、私達は話をしていた。

「やっぱり、人を刺したいという気持ち……衝動はまだあるんだね?」

「……はい。残念ながらあります」



 私はあの日、伊澄先輩を刺した後、伊澄先輩の厚意により、伊澄先輩の家に寄らせてもらうことになった。

 私の服や身体は、伊澄先輩の返り血を浴びて血まみれになっている。そのまま帰るのはまずいだろう。おまけに大雨で身体中びしょびしょだ。だから、身体をシャワーで綺麗にしていくといい、代わりの服も用意する。幸い、僕の家はこの近くだしね。と、言ってくれたのだ。


 血や雨で濡れたのは私だけじゃなく、伊澄先輩も同じなのに。それに、私は血と雨で濡れただけで済んでいるけど、伊澄先輩の服はナイフで刺されたことでボロボロになっているのに。身体の傷も、まだ完全には治っていないというのに。

 それなのに、私に気を遣ってくれていた。

 私は、伊澄先輩の優しさに、心の底から感謝した。


 ちなみに、伊澄先輩のご両親は共働きで、今の時期は仕事がとんでもなく忙しいらしく、二人とも滅多に帰ってこないそうだ。いわゆる、デスマーチと呼ばれる状況らしい。そのため、22時を過ぎているというのに家の中には、伊澄家の人間が先輩しかいなかった。


 日付が変わるまでには帰った方がいいだろう、という事で、伊澄先輩は私が先にシャワーを浴びるように勧めてくれた。私は厚意に甘え、急いでシャワーを浴び、用意してくれた服に着替えた。男性はもちろん、女性でも違和感なく着れるような、スウェットの長袖とロングパンツだった。流石に、下の方の下着は借りるわけにはいかなかったので、自分のものを使った。


 その後、私は伊澄先輩がシャワーを浴びている間、家の中に血が残らないように掃除をした。伊澄先輩はシャワーを浴び終わった後、掃除を手伝ってくれた。

 だけど、掃除が終わった時にはもう、23時半を過ぎていた。

 そのため、今夜中に自分の超能力について全てを話すことは出来ないと思った。

 私は、自分の超能力について最低限の事だけ伝え、後日償いを兼ねてまた会う約束をし、その日は別れた。その会う約束というのが、ラーメン屋に行き、ラーメンを奢ることだった。

 そして今に至る。



 土手を歩きながら伊澄先輩は言う。

「似内さんが初めて人を刺したいと思うようになったのは10歳の時。今似内さんは15歳だから、約5年間耐えてきた訳だけど、また5年間は耐えられそう?」

 私は申し訳ない気持ちで一杯になりつつも、正直に答える。


「……すみません。5年どころか、1か月も耐えられそうにないです……」


 これまでは1度も人を刺したことが無かったから、5年間は耐えられた。

 しかし今の私は、人を刺してしまったから、快感を身体が覚えてしまった。

 駄目だと分かっていても、人を刺したいという欲求を抑えることが出来ない。

 まるで、麻薬中毒者のような身体になってしまった。


「そっか。なら、衝動を抑えきれなくなったら、また僕を刺せばいい」


「……!?」

 聞き間違いかと思った。

 でも、伊澄先輩は続けてこう言った。

「まあ、服がボロボロになるのは困るから、今度は僕が服を脱いだ状態で刺して欲しいけどね」

 私は、信じられない気持ちで問いかける。


「あ、あの……、もしかして、伊澄先輩先輩はいわゆる、マゾな方なんですか?」


「違うよ!?」

 伊澄先輩は大きな声で否定した。だから、ますます分からない。

「じゃ、じゃあどうして、刺さばいいなんて言ったんですか?」

 その疑問に対して、伊澄先輩は真面目な顔でこう言った。


「似内さんが悲しんでいる姿を、もう見たくないからだよ」


 嘘は全くついているように見えない。本心からそう言っているように思えた。

 だから、さらに分からなくなる。

「どうして……、どうして私に、ここまで良くしてくれるんですか?」

 伊澄先輩の行動は、厚意というレベルを遥かに超えている。何が伊澄先輩をそこまでさせるのかが分からない。

 そんな私の困惑を感じとったのか、伊澄先輩は笑って言う。




「実はね、似内さん。僕は結構、自己中なんだ」




「自己中?」

 自己中。つまり、自己中心的。自分中心に物事を考え、場の空気が読めないと言われる人の事だけど、伊澄先輩もそうだというのだろうか。……分からない。

 そう思っていたら、伊澄先輩は直前の表情とは打って変わり、真剣な表情になる。

「……僕は、自分が一度これと決めたことを曲げたくないんだ。僕は、似内さんにもう泣いてほしくない。悲しんでほしくない。そのためなら、どんな行動もする。死なないのなら、刺されたって構わない。

 だから約束して欲しい。僕以外の人は刺さないで。それを守ってくれるなら……、」


 伊澄先輩が歩みを止める。そして、決意を込めた瞳で、



「僕が必ず、似内さんを救ってみせる」



 そう言ってくれたのだ。






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