第二章 第五節
◆虎上青葉
ここまでの話を聞いた俺は、ポンっと手を叩く。
「なるほど。つまり、君の初めてを捧げた男が正義だった訳だ」
「下ネタっぽく言うのはやめてもらえませんか。ぶん殴りますよ」
ジョークのつもりだったのだが、似内さんがすごい剣幕で睨めつけてきた。
「悪い。言いなおそう。君が生まれて初めて、ナイフで刺した人間が正義だった」
「……そうです」
「正義は君の事を警察に突き出したり、暴行の仕返しをしたりせず、君の事を許した」
「はい」
「そしてその後、色々あって、君と正義は仲良くなった」
「その通りです」
「やはり主人公か」
「……はい?」
似内さんがきょとんとした表情を浮かべた。俺は拳を強く握り熱弁する。
「いや、だってそうだろう? 正義の行動はもはや、一般的な人間の良心を遥かに超えている。創作物の主人公と言ってもいいレベルだ。一生付いていきたい!」
「……まあ確かに、こんな良い人世の中にいたんだって思うくらい、伊澄先輩は良い人ですけど……。……私も、できることなら、一生付いていきたいというか……、ずっと傍にいたいというか……」
似内さんが恥ずかしそうに言った。顔も赤く染まっている。
俺は確認の意味を込めて言う。
「そう思ったから君は、恋に落ちた」
「……その通りです」
似内さんの顔が真っ赤に染まった。図星のようだ。「私なんかが、伊澄先輩にふさわしいとは思いませんが……」と自嘲はしたが、認めてくれた。
「君の正義への思いは分かった。ところで、君は正義に自分の超能力の事を話したのか?」
「……はい。全てを信じて貰えるとは思いませんでしたけど、私がしたことを理解してもらうには、超能力のことを正直にありのまま話すしかありませんでしたから……」
「でも正義は君の話を信じたはずだ」
「そうなんです。実際に身を持って実感したからっていうのもあるんでしょうけど、私の話を全く疑わず、そういうものもあるんだ、って理解してくれました。まるで、元から超能力の存在を知ってたみたいに」
不思議そうに似内さんが言った。
なるほど。似内さんが今抱えている疑問についてなら、正義じゃなくても俺が答えられる。
「だろうね。なぜなら、俺が超能力者で、超能力のことは以前から正義に伝えていたから」
似内さんが俺の超能力のことを知らないのは、正義が気を遣って内緒にしてくれたからだろう。
「お兄さんって超能力者なんですか!?」
そりゃ、驚くよな。超能力が宿ったことに一番驚いたのは俺だけど。
「ああ。いや、俺も、何で俺みたいな人間に超能力なんてものが宿ったのか分からないが、一応超能力者なんだよ。なりたてで、超能力者になってまだ一年程度だけど」
正確に言えば、俺が死にかけた時。高校入学初日、トラックにひかれかけた時に超能力に目覚めた。
まるでどこかの少年漫画かのように、ピンチになった時に超能力に目覚めたのだ。漫画の展開とは違って、超能力でその場のピンチを脱することは出来なかったけど。
でも超能力者ではあるので、似内さんがさっき説明してくれた、超能力が宿ったときに、自分の超能力がどういうものなのか頭で全て理解できたという話は、「ああ、俺と同じだ」、と納得出来た。
「ど、どんな超能力なんですか?」
似内さんが興味深そうに聞いて来た。俺は出来る限り簡潔に、自分の超能力について説明する。
「俺の超能力は、危険情報の視覚化だよ。俺は目を凝らすと、俺の周りの空間が、色付きのフィルターを通したように見えるんだ。
そしてその見え方は、その空間が危険であれば赤く色づいて見える。安全であれば、青。注意したほうがいいくらいなら黄だ。まるで信号機みたいな判定だろう?
ちなみに、5月4日に君が小屋で正義を刺した時、俺が止めに入らなかったのは、この超能力で人が死ぬほどの危険はないと分かっていたからだ。人が死ぬような空間であれば、黒に近いような濃い赤色となるけど、あの時は濃い目の黄色だったからね。君が正義を殺す気がないのは分かっていたんだ。
正義も、刺されることを納得していたように見えたし。止めに入るのは無粋だと思った」
「そんな超能力が……。私、自分以外の超能力者に会うのは初めてです。お兄さんの超能力も、なにか代償はあるんですか?」
「いや、代償はないんだ。無理さえしなければいくらでも、ノーリスクで使える。だから、この超能力を利用して、正義のパトロールの手伝いをしてる」
「……伊澄先輩のパトロール?」
「俺と正義は、一週間に何度か夜中に出歩いて、地域の治安を守るためのパトロールをしてるんだよ」
「そうなんですか!?」
「ああ。その最中、不審者に危害を加えられそうになった人達を助けたりもしてる。まあ、俺は見つけるのが専門なんで、実際に助けるのは正義なんだけど」
「見つけるのが専門? …………あっ!」
「察してくれたか。そう、俺は超能力を使うことで、危害を加えられそうになってる人を探し出すことができるんだ。正義みたいに不審者を止める力は持ってないけどね。俺じゃ返り討ちにされるのがオチだ。でも俺なら、正義でも気づけないようなことに気付ける」
「それで一緒にパトロールをしてるんですね」
「そういうこと。正義の役に立てるのは嬉しいしね」
「……お兄さんはホント、伊澄先輩の信者なんですね」
「もちろん!」
俺は胸を張り、はっきりとそう告げた。そんな俺の姿に呆れた表情をしていた似内さんだったが、突如、「あれ? それじゃ……」と言って、何かを考え出した。
俺はそんな様子が気になり、似内さんに問いかける。
「似内さん、どうかした?」
「あ、いえ。もしかしたら、私が初めて伊澄先輩に会った日の夜も、伊澄先輩はパトロールをしてたのかなって思って。でもお兄さんがいなかったってことは、多分違いますよね?」
「いや、似内さんの予想は当たってるかもしれない。俺は先月1日だけ、正義とのパトロールを休んだんだ。涼香が熱を出して寝込んでたから、その看病をするために」
「なるほど……。でも、ちょっと意外ですね。お兄さん、伊澄先輩の信者って自分で言うくらいだから、妹の看病よりも伊澄先輩とのパトロールを選ぶと思いました」
「あはは。確かに俺は正義の信者だけど、優先順位は間違えないよ。涼香が病気なら、その看病をするに決まってる。妹を助けるのは兄の役目だ」
俺がそう言うと、なぜか似内さんは、まじまじと俺の顔を見つつ、
「……ちょっとだけですけど、お兄さんの事を見直しました。ホント、ちょっとだけですけど」
褒めてくれた。俺は目を丸くする。そしてほんの少しの沈黙の後、
「似内さん」
「何ですか?」
「ありがとう」
嘘偽りのない、感謝の言葉を述べた。
「? 私、別に感謝されるようなことは言ってないと思いますけど……」
「いや、なんというか、会ってから今まで似内さんには、罵倒されることが多かったから、俺の事を褒めるのが意外すぎて、つい、こう、嬉しくなって、感謝の言葉を言いたくなったんだ」
「……お兄さん、変なところでピュアですね」
その突然のセリフに、俺の身体が熱くなる。はい、そうです。照れてしまいました。
鏡で見なくても分かる。確実に、俺の顔は赤くなっている。恥ずかしくなった俺は、無理やり話題を変える、というか元に戻す。
「え、えっと……、その、悪いけどそろそろ、どうして似内さんが山奥の小屋で正義を刺すことになったのか。どうしてその後、飼い猫を刺すことになったのか。理由を教えてもらえるかな?」
「あっ、はい」
幸い、似内さんは話題の急な軌道修正に不審がることもなく、続きを話し始めてくれた。