第二章 第三節
◆似内風子
私は10歳になった頃にはもう、人を刺したいと思うようになっていた。
刃物を持つと、気持ちが昂る。人を刺したいという欲望が高まっていく。
1度くらい、人を刺してもいいんじゃないか。
そう思ったことは数えきれない程ある。
私が人を刺しても、刺された人は死なないから。
実際に刺した事はないけれど、それは確信していた。
なぜなら、初めて私が「人を刺したい」と思った時、誰に教えられた訳でもないのに、私の身に何が起きていて、何をすることができるのか。そして、自分が超能力者であること。それらが全て、頭で理解できたから。
私は、刃物を所持している時に限り、自分の身体能力を大幅に強化できる。
代償として、日常生活において、常に人を刺したいという気持ちに襲われる。その代わり、人を刺せば、性的な強い快感を得ることが出来る。相手も死ぬことはない。等々。
そういう事が出来る能力を持つ、超能力者になった。
一応、10歳の私はそれらが事実かを確かめるために、手で小さな針を握った状態で、体育の100メートル走に参加してみた。
そしたら、運動が苦手なはずの自分が上級生を上回る、学校内トップのタイムを叩き出してしまった。それは陸上の同学年で競う大会であれば、軽く全国優勝出来るレベルのタイムでもあった。
大会ではなく、あくまで体育の授業だから記録は保存されないけれど、周りからすればあまりにも不自然すぎるタイムなので、私はもう体育の授業で超能力は使わないことにした。
それから数年間、ハサミや包丁なんかの刃物に出来るだけ触れないようにして、人を刺したいという欲望をひたすら耐えてきた。
人とも出来るだけ関わらないようにした。
もし私が欲望に耐えきれなくなった時、最初に犠牲になるのは、私と親しい立場の人間になってしまう可能性が高いからだ。そんなのは耐えられない。
それがとても嫌だったから。そういう気持ちが膨らんでいったから。1人になることを決める。
家族から離れ、1人暮らしをすることにした。中学は、超能力の事は伏せた上で両親を説得し、学生寮のある学校に入った。学年10位以内の成績を取り続けると約束したら、渋々学生寮での1人暮らしを承諾してくれた。学生寮といってもマンションみたいなもので、部屋の中にはお風呂やキッチン、洗濯機があり、部屋の中だけで生活が出来た。同じ寮内の生徒とは関わらないようにした。そうでなければ、意味がないからだ。
高校を選んだ理由も、中学の時と同じだった。
そして、友達も、恋人も、欲しかったけど、作らないようにしていた。
そうしていたはずだった。
虎上さんと知り合うまでは。
「私、虎上って言います。これからよろしくね」
高校入学初日。虎上さんは、誰よりも最初に、私に話しかけてきた。
それ以降も、虎上さんは事あるごとに私に話しかけてきた。
朝の登校時には、
「おはよ、似内さん」と。
昼食時には、
「似内さん、一緒にご飯食べよ?」と。
移動教室があれば、
「似内さん、一緒に行こ?」と。
放課後には、
「一緒に帰ろうよ、似内さん」と。
何度も、何度も話しかけてきた。
私はその度に断った。冷たく、そっけなく感じるように。
似内さんだけではなく、他のクラスメイトも話しかけてきた事があったが、その度に私はそっけない態度をとっていた。そうすれば、そのうち諦めて距離を置いてくれるからだ。
中学ではそうやってそっけない態度をとり続け、3年間、1人きりを貫いた。
高校でもそうしようと思い、そっけない態度をとり続けた。
その甲斐もあり、入学してから1週間が過ぎた頃には、クラスメイトは誰も私に話しかけることはしなくなった。
ただ1人、虎上さんを除いて。
「どうして虎上さんは、私に構うの?」
どんなにそっけなくしても話しかけてくるので、ある日、とうとう理由を聞いてしまった。
私の問いに対し、虎上さんは笑顔で言う。
「もちろん、似内さんと仲良くなりたいからだよ」
「理由になってないと思う」
私は淡々と述べていく。それに対し、虎上さんが少し首を傾け、口元にひとさし指を立てて言う。
「そうかな? 充分理由になってると思うけど」
「じゃあ、どうして仲良くなりたいと思ったの? 私、不愛想だし、一緒にいてもつまんないでしょ?」
「そんなことないと思う!」
やけに強くそう言うので、私はこう尋ねた。
「何を根拠に?」
「え。あ、それは……、」
虎上さんが言葉を詰まらせる。根拠などなく、でまかせで言ったからだろうか?
でも、どうやらそういう訳でもないらしい。虎上さんは少しの間逡巡していたが、やがて続きを述べた。
「え、えっと。実は、私見ちゃったの」
「見た? 何を?」
似内さんはなぜか気まずそうにしている。意味が分からない。何を見たのだろう?
私の事を、つまらなくないと言える根拠はあるけど、言うのは気まずい。
それってどういう――、
「高校に入学する前の春休み。似内さんが、リラックスぱんだのぬいぐるみを、すごく楽しそうに選んでるところを、です……」
「――」
私の頭が一瞬フリーズした。
見られていた?
あの時の姿を?
な、なんで?
確かに、春休みに私は、とあるデパートにリラックスぱんだのぬいぐるみを買いに行った。
そのデパートとリラックスぱんだを作っている地元メーカーがコラボをしたらしく、デパート限定の新作ぬいぐるみが販売されるというニュースを見たからだ。
リラックスぱんだというのは、小さな子供からOL、主婦など幅広い層に人気のキャクターだ。
いわゆる、癒し系のキャラクターで、ものすごく脱力した感じのポーズをしている、ぱんだ。
このリラックスぱんだが、私は大好きだった。1人寂しい時は、リラックスぱんだを抱いていると、寂しさが紛れた。
そんな私だから、リラックスぱんだの新作を目にすると、否応もなくテンションが上がる。
その姿は、学校での私とは全然違う。
「ど、どうして私を見てたの……? 高校に入学するまで、虎上さんとは知り合いでもなんでもなかったでしょ……?」
私は、動揺を隠せずにいた。そんな状態の私に対して、虎上さんは胸の前で両手を合わせ、頭を下げた。
「ごめんなさい! 悪いとは思ったんだけど、あまりにも似内さんが楽しそうにしてたから、つい。
それに、似内さんすごく綺麗だったし、初めてプレゼントを貰う子供みたいにキラキラした目をしてたし、『可愛いよぉー!』って何度も言いながら、ぬいぐるみをすごく愛しそうに撫でてたたから目を離せなくて……ってあれ? 似内さん、どうして頭を抱えてるの?」
見られていた。ばっちりと見られていた。う、うあああぁぁ……。
「穴があったら入りたい……」
「似内さん? 大丈夫?」
虎上さんが心配そうに尋ねてきた。
「大丈夫じゃなぁい……」
精神的ダメージがすごいが、何とか返答した。
虎上さんは再び頭を下げる。
「盗み見をしてしまったのは、ホントにごめんなさい!
だけど、あの時に思ったの。この子と友達になれたら、きっと楽しいだろうなあって。本当は、あの時話しかけたかったんだけど、私に勇気がなくて話しかけられなかったの。
それでずっと、話しかけなかったことを後悔してたんだけど、高校に入学したら似内さんと再会出来たから、すごく嬉しかった。だから決めたの。もう話しかけるのを躊躇ったりしない。絶対に似内さんと友達になるって!」
虎上さんが顔を上げる。そして、私の目をまっすぐに見て、こう言った。
「似内さん。私と、友達になってくれませんか?」
結論から言えば、私は、それを断ることが出来なかった。
正直、リラックスぱんだを選んでいたところを見られて、ひどく動揺していたから、虎上さんの誘いに頷いてしまったというのもある。
……あるのだけど、でも、実を言えば、嬉しかったからこそ、頷いた。
「友達になってくれませんか?」と言われた時、私の心は、この数年間で一番弾んだのだ。
私は、弱い人間だ。
自分から人を避けたくせに、たったの数年で、それに耐えられなくなっていた。
1人は寂しい。もう、嫌だった。
私は、虎上さんと友達になった。
……だから、罰が当たったのだ。
本日、頑張ってもう一話分投稿したいと思いますので、
23時以降にまた見に来ていただけると幸いです。




