第二章 第二節
今回の話は、第一章・第三節で、
青葉が自分の事を駄目人間だと言った理由の一端が垣間見れる内容になっています。
「大丈夫、誤魔化さなくてもいい。似内さんが正義のことを好きなのはよく知ってるから」
「な、なんで!? 私、学校では伊澄先輩と話したことすらないのに!」
「いや、そうは言うけどさ。似内さん、学校でいつも、正義に熱い視線を送ってるじゃないか」
「ば、バレてたんですか!?」
「正義は気づいてないと思うけどね。そういうのには鈍感なんだ」
そういうトコまで主人公っぽい。
「誰にも気づかれないように、細心の注意を払いながら見つめてたのに……」
「確かに、似内さんは正義のことをかなり遠くから見つめてたから、気づくのが難しかった。身体能力が高いだけあって、視力も良いんだな。たぶん、両目で2.0以上あるんじゃないかな? 普段から正義を熱く見つめている俺でなければ、似内さんの視線には気づけなかっただろうね。ほら、類は友を呼ぶって言うし」
「……さりげなく私を同類にしないでもらえます? というか、熱く見つめてたって……。まさかお兄さん、ホモなんですか?」
……またか。またなのか。妹に続いてまた、ホモと言われてしまった。俺はノーマルだというのに。きちんと誤解を解かなければ。
「俺はホモじゃないよ。正義のことを物凄く慕っているだけだ。俺は正義の信者だからね。そりゃ、見つめる視線も熱くなるだろう?」
「うわ……やばいよこの人、頭おかしいよ……」
似内さんがすごい勢いで引いてしまった。
俺が正義の信者なのは事実なので、弁解のしようもない。詰んだ。
仕方ないので、このまま話を続けることにする。
「俺の頭のことはさておき、君が正義のことを好きなら、俺は君に伝えなければならないことがある」
「な、何ですか?」
「君のように、正義を好きな女の子が、他にもいるということだよ」
「……ああ、そうでしょうね。伊澄先輩のような素敵な人なら、多くの女の子から好かれると思います」
「分かってくれるか!?」
正義の魅力を理解してくれていることに、喜びを感じたからだと思う。気づいたら俺の身体は勝手に動いていた。
立ち上がり、似内さんと全力で握手を交わそうとする。
しかし、俺の手は、似内さんの手を掴めなかった。
もの凄い勢いで躱されたからだ。
「な、何をする気ですか!? おかしい発言のあとは、セクハラ行為ですか!? ホント気持ち悪いです!」
「悪い。つい、喜びを共有したくなってしまった。あと、1つ訂正させてくれ」
テンションが上がったせいもあるのだろうか。もはや、身体の痛みは感じなくなっている。確認のためにちらっと刺された部分を見ると、傷が塞がっていた。
よし、このまま一気に、言いたかったことを言ってしまおう。
「セクハラ行為をしたのは、俺じゃなくて君じゃないか。似内さん」
「……は、はあ? 誰がお兄さんなんかに!」
まあ否定したくなるよな。内容が内容だし。何故ならば。
「だって君は、人を刺すと、性的快感を感じるんだろう?」
「……っ!?」
「その反応からすると、やっぱり図星か。俺のことを頭おかしいとか言っていた割には、随分と変わった性癖をしてるじゃないか」
「ず、図星なんかじゃない! どんな証拠があってそんな出まかせを言ってるんですか!」
「証拠ならあるよ」
「……えっ?」
「とりあえず、これでいいか」
俺は上着の胸ポケットから写真を取り出し、似内さんに見せた。
その写真は、似内さんが恍惚な表情をしながら、床に倒れている人間を刺している姿を写していた。似内さんも、刺されている人間も下着姿だった。
「な、なんでそんな写真が……!?」
似内さんの顔は、血の気が引いたように青く染まる。
身体も小刻みに震えていた。
……困ったな。怖がらせるつもりはなかったんだが。
「悪いけど、盗撮させてもらったよ。写真撮影が、料理に並ぶ俺のもう1つの趣味かつ特技でね。ほら、信者としては、慕う人間が見せる色々な姿を、形に残しておきたいんだ。でもこの写真じゃ分かりくいから、もう1枚の写真を見てもらおうかな」
俺は胸ポケットから別の写真を撮り出す。
その写真には、先程の写真に写っていたのと同一人物が、苦悶の表情を浮かべながら痛みに耐えている姿が、はっきりと写っていた。
「よく写っているだろう? 俺が慕い、君が愛する、伊澄正義の姿が」
「ひっ……!」
似内さんが地面に膝をついた。
目には涙を浮かべている。
……なんてことだ。女の子を泣かせてしまいそうになっている。しかも妹の友達を。やはり、俺は駄目人間だ。
写真を見せるのは刺激が強すぎたか。
第三者の視点で見ることで、自分がやったことが、より分かってしまうから。
やはり、俺の予想通りの悩みを、似内さんが抱えているのかもしれない。
罪悪感に襲われるが、怯むわけにはいかない。俺は話を続ける。
「5月4日。この2枚の写真を撮影した日だ。俺はデザート作りのための食材を買うために、駅前の商店街に来ていた。そしたら、正義の姿を見かけた。
俺は正義に話しかけようとしたが、その時、正義と一緒に話している女の子の姿を見つけた。それが似内さん、君だった。
俺は君達の関係が気になったため、ストーキングすることにした。君達は電車に乗ったり、バスに乗ったりして、最終的に人気のない山奥の小屋へと入った。小屋には小さな窓があったので、そこから俺は中の様子を伺った。
お互い下着姿になっていたので、あともう少ししたら、男女の営みが開始されるのかもとワクワクしてたら、君はナイフを持ち、正義を刺した。正義も刺されることを納得しているようだった。俺は意味が分からなかったがとりあえず、バレないように写真を撮った。そうやってこの写真を手に入れたという訳だ」
「まさか、つけられていたなんて……」
「まあ、君や正義が気づかないのも無理はない。俺は正義の自然な表情を撮影するために、普段から自分の気配を消す訓練をしているからね。それが尾行や盗撮の役に立ったわけだ」
いやまあ、それだけが理由で訓練している訳ではないのだが、それについては言わなくても良いか。
「……ホント、ナチュラルに変態発言をかましてきますね」
「なるほど。自然とナチュラルを掛けたのか。似内さんは面白いな」
「私は不愉快ですけどね……!」
キッ、と似内さんが睨めつけてきた。
良かった。どうやら、泣く方向から俺に怒りをぶつける方向に変わったようだ。
「それで、写真を見せつけて、私をどうしたいんですか?」
「どうもしないさ。ただ俺は、君が正義と付き合うための手助けがしたいだけだ」
「……は?」
似内さんが首を傾げる。
「私と伊澄先輩が付き合うための手助けをする? えっ? 弱みにつけこんで、私を脅すつもりじゃないんですか? 『もう、俺が慕う正義に近づくな』、とか」
「どうしてそんなことをしないといけないんだ。君は俺を誤解している。俺に君を脅すつもりはない。君のしたことを他の誰かにバラす気もない。怖がらせてしまったことは悪かった、反省する。だが、これだけは勘違いしないでくれ。俺は、君が正義と付き合うための……、幸せになるための手助けがしたいだけなんだ」
「……」
「だから、教えて欲しい。何がきっかけで正義と知り合ったのか。どうして正義や猫を刺すことになったのかを。君が悩んでいる思いを、どうか俺に教えてくれ」
似内さんは俯き、地面の1点を見つめる。
俺に真実を話すかどうかを考えているのだろう。緊張と不安が入り混じったような表情をしながら思案している。
長い沈黙の後、似内さんは色々なものを諦めたような表情となり、口を開いた。
「……分かりました、教えますよ。私の悩みを」




