第八章 第八節
◆虎上青葉
キスをされている間、身体が限界だったとかは関係なく、俺は全く身動きが取れなかった。
いや、取れなかったのではなく、取らなかったのかもしれない。それがどういう意味を示しているかは、あえて考えないでおくが。
そして、唇が離れる。
唇が離れた直後、「ファーストキスって、こんな感じなんだ……」と、小さく呟いた静音さんが印象的だった。
キスをしていたのは、時間にしたら10秒もなかっただろうに、俺には永遠のようにも感じられた。自分の顔が真っ赤になっていることが分かる。
静音さんの顔も真っ赤になっていた。そして、真っ赤な顔のまま、はっきりとした口調で俺に言う。
「私、妹ちゃんに負けないくらい、青葉君を愛してるからね? 今の君は、妹ちゃんだけに夢中だろうけど、そのうち私にも夢中にしてみせるからっ! 分かった?」
「は、はあ」
俺はなんと返せばいいか分からず、曖昧な返事をしてしまう。
「はっきりしない答えだなあ……。でもまあ、今日はいっか。それじゃこれから、青葉君を勝たせるために頑張ってくるから、ちょっと待っててね」
……うん? 勝たせる?
「……何に?」
「何って、もちろん勝負のことだよ。青葉君を正義君に勝たせるの」
勝たせるって、殴り合い勝負のこと!? マジで言ってるのか!?
「いやでも、こんな、静音さん達が乱入してきた時点で勝負は……、」
「中断にも、取り消しにも、無かったことにもならないよ? だって、正義君が言ってたよね? 青葉君か正義君のどちらかが負けを認めるか、戦えなくなるまで勝敗はつかないって。だからまだ、勝負は終わってないよ」
言われてみればそうだ。が、しかし。
「た、確かにそうですが、青柳さん達が乱入してきた時点で、俺はもう、負けに近い状態だったんです。だから、」
もうどうすることも出来ない。そう思っていたのに、
「でもそれって結局、負けてないって事だよね?」
静音さんが右手の等し指を頬に当てつつ、首を傾げてそう言った。
「……え?」
「負けに近い状態って言うのは、負けが確定したわけじゃない、とも言えるよね? さっき見てた限り、青葉君、負けを認める訳でも諦めたりもしてた訳でもないでしょ?」
「そ、それはそうですが……」
「負けてないのなら、勝負は続いてるよ」
「けど、もう俺は、身体がまともに動かすことすらできないんです……」
負けてなくても、諦めていなくても、戦えなくては意味がない。だというのに、
「うん。だからね、青葉君はそこで見ててくれればいいから」
と、静音さんは言いきる。
「いや、だって、これは俺と正義の勝負だから、俺が何とかしないと意味が、」
と言いかけた所で、静音さんが、俺の唇に、人差し指をすっと当てた。
さっきのキスのことを思い出し、少し顔が熱くなる。それを見て、ニコッと笑った静音さんは、俺の唇から指を離し、言う。
「ねえ、青葉君。殴り合い勝負がどうやったら勝敗がつくか、言ってみてくれる?」
「……正義の繰り返しになりますけど、俺と正義のどちらかが負けを認めるか、戦えなくなるか、です」
「うん、そうだよね。だったら、私が青葉君の代わりに、正義君を倒しちゃっても良いってことだよね?」
「……は?」
何を言ってるんだ、この人は?
「だって、第三者の力を借りちゃ駄目っていうルールじゃないし。私が正義君を倒したら、自動的に青葉君の勝ちってことになるでしょ?」
「なんて無茶苦茶な!?」
「無茶苦茶でもなんでも、勝てれば何の問題も無いと思うの」
「暴論すぎる!? そ、それに、正義に勝つって、どうするつもりなんですか!?」
恐らく何をされても、正義は自ら負けを認めないだろう。ならば、気絶なりさせて、戦えなくなる状態にさせるしかない。そして、静音さんはスタンガンを持っている。ここから導き出される答えは……。
そこまで考えて、急に背筋が寒くなる。そんな俺を見た、静音さんが笑う。
「あはは。大丈夫大丈夫。スタンガンで正義君を気絶させようとか思ってないから。さっきだって、スタンガンを使ったには使ったけど、気絶させるほどの威力じゃなかったでしょ?」
「なら、どうするつもりですか?」
「キスで気絶させるの」
「キスで気絶?」
えっ、キスで気絶って何? どういうことなの? そもそも、キスで気絶させることって可能なの?
「うん。じゃあ行ってくるね。という訳だから風子ちゃん、そろそろまた、自分の世界から戻ってきて」
そう言って、俺がキスされた直後から硬直していた似内さんを、自分の世界から連れ戻し、静音さんは似内さんと一緒に、正義達の方へと向かって行った。
それからの出来事は、あくまで俺が見た限りの光景であるが、先程の似内さんのように、恥ずかしさ等で目を覆いたくなるようなものだった。なので簡潔に述べたいと思う。
まず、青柳さんと交代する形で、似内さんが正義とキスをした。似内さんはギリギリまで躊躇していたが、静音さんに背中を押され(物理)、キスをした。その際、青柳さんが「やっぱ駄目ぇ!」と言って似内さんのキスをやめさせようとしたが、静音さんがスタンガンで青柳さんを気絶させた。というか、青柳さんには使うのか……。
似内さんは最初躊躇したものの、慣れてきたのか、気分がノッてきたのか、キス魔になった。相変わらず顔が真っ赤なままだったが、正義の顔のあらゆる箇所にキスしていた。キスをし始めてから5分ほどが経ち、似内さんは蕩けきった顔をして正義とのキスを終えた。その表情は端的に言うと、エロかった。ちなみにキスをされている間正義は、もう痺れも慣れた頃だろうに、スタンガンを喰らった直後のように、ピクピクと痙攣しているかのような状態だった。まあ、相変わらず顔は真っ赤にさせていたが。
そして、真打が動き出す。似内さんに代わり、静音さんがキスを始めたのだ。
ただ先に言っておくと、俺の語彙力ではその光景を説明することは難しい。
何故なら、エロすぎたからだ。色々なものに引っかかる。
先程の似内さんもエロかったが、あれはあくまで、R15的なエロさだ。しかし、静音さんはR18一歩手前なエロさを醸し出していた。なんかもう、一応服を着てるだけで、ヤることをやってるようにしか見えない。そう思うのは、静音さんの舌の動きが凄すぎるからだろうか? それに、舌だけでなく、静音さんの一挙動一挙動がエロすぎた。そのエロさは、正義とのキスで耐性を得たはずの似内さんが、恥ずかしさで気絶したほどだ。キスはディープキスと呼べるほど濃厚で、それを受けている正義の状態は、俺が「大丈夫? 息出来てる?」と不安になるレベルだった。だが、それで気づく。先程静音さんが言った「キスで気絶させるの」という言葉。それはこういうことを意味していたのではないか。
その予想は当たったようで、ディープキスを受けた正義は、ほどなくして気絶してしまった。
つまり、俺は勝者となったのだ。
5人中3人が気絶しているという混沌とした状況の中、俺は、ふと思ったことを呟く。
「なんだこれ」
次の投稿が最終話となります。