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第八章 第六節

本日、完結までの4話を順次投稿していきます。どうぞよろしくお願いいたします。


◆虎上青葉


「スタンガン女から念のためって渡されたものが、こんな形で役に立つとは思わなかったな」


 青柳さんが地面からスタンガンを拾う。そう、先程のゴンッ!という音は、青柳さんが正義に投げたスタンガンが、正義の後頭部に当たった時の音だったのだ。

 でもどうして、青柳さんが静音さんのスタンガン(スペア)を持っているんだ? 訳が分からない。


「な、何で彩矢までっ……う!?」

 言葉から察するに、正義もこの状況を理解できていないんだろう。体勢を崩していた上、困惑を隠せない正義は、俺から見ても隙だらけだった。

 そこに、静音さんは隠し持っていたもう1つのスタンガンを喰らわせた。

 威力は低めに設定しているようで、気絶はしていないようだが、まな板の上でピクピクしている魚のようになっている。


 ……想定外の事が起こりすぎて、困惑しっぱなしである。青柳さんが静音さんに協力しているのも意味が分からない。青柳さんは静音さんの事が嫌いなはずなのに。駄目だ、訳の分からない事が多すぎる。


 そんな俺を見かねたのだろうか。似内さんは俺に近づいた後しゃがんで、

「えーっと、お兄さん。一体何が起きてるのか分からないって顔してますけど、大丈夫です。すぐに、私達が何をしたくてここに来たのか分かりますから」

 と、耳元で囁いた。俺もそれに合わせ、小声で問いかける。

「大丈夫って、そんな訳ないだろう。何で俺を助けるような真似をしたんだ」

「あー。えっと、それはなんというか、私も自分のことを棚に上げてるんで、ものすごく恥ずかしいんですが……」

「?」


「あ、あのですね。私は、伊澄先輩が悲しむところは見たくない訳です。で、それは青柳先輩も、静音先輩も同じな訳です」

「だろうね。でも、それと今の話となんの関係が?」

「つまり、その……、確実に失敗する事は、止めたいじゃないですか」

「確実に失敗? どういうこと? 要領が掴めない。似内さんは一体、何が言いたいんだ?」

 そう言うと、似内さんは少しだけ怯んだが、その数秒後、何か意を決したような顔になる。


「……じゃあ、はっきり言います。私達は、伊澄先輩の、虎上さんへの告白を止めるために、ここに来たんです」


「……は?」

「まあ、それはあくまで、2つある理由のうちの1つにすぎないんだけどね」

 いつの間にか、俺のすぐ隣に静音さんがいた。

「いや、いやいや。ちょっと待ってくれ。何で、正義の告白が、確実に失敗するなんて言い切れるんだ?」

「そこに疑問を生じないのは、正義君の信者なだけあるね」

「ある意味さすがですね」


 似内さんと静音さんがジト目でこちらを見てくる。何故? 呆れられるような言動をした覚えはないぞ。

「本当に分からないんですか?」

「分からない」

 似内さんと静音さんが2人で目を合わせ、やれやれと言わんばかりに首と手を振った。

 うん、呆れられてる事だけは分かった。

「じゃあ、仕方ないか。答えを教えてあげよう。ねえ、青葉君。君って、妹ちゃんに超が付くほど愛されてるよね? 兄妹のレベルを超えるくらいに」

「……その事、静音さんに話しましたっけ?」

 妹がいることは話したが、妹から求愛されてることは話した覚えがない。確実に面倒なことになるからだ。なのに、何故知っている?


「まあまあ、それは気にしないで。で、どうなの? 愛されてるんでしょ?」

「……そうです、ね」

「あっ、お兄さん照れてる」

「気のせい、だよ」

 頬が熱くなっているのは自分でも分かっているが、何か恥ずかしいので気のせいという事にしておく。


「でも、やっぱりそうなんですね。確かに、虎上さん、学校でお兄さんの事をよく話すんですよ。それもすごく楽しそうに」

「……」

「青葉君って、やっぱり割とピュアだよね。さっきよりも顔が赤くなってるよ」

「……勘弁して下さい」

 駄目だ。こういうことには免疫がないのだ。抑えようと思っても、顔の火照りを抑えることができない。


「じゃあからかうのはこれくらいにして、結論を言うね。要するに、妹ちゃんは青葉君のことが好きすぎるから、例え正義君に告白されたとしても、絶対に断るってことだよ。だから止めに来たの」


 正義の告白が断られる? そんな馬鹿な。あの完璧イケメンの告白が失敗するというのか?

 ありえない。

 ……ありえないが、100歩、いや10000歩譲ってそうだとしよう。

「だったら、どうして涼香は、正義と食事に出かけたんだ? 正義に恋愛的な興味がないのなら、食事に2人だけで行く必要なんてないはずだろう?」

 名目上は友好を深めるためだとしても、知り合って間もない異性に誘われて、2人だけで食事に行くのは、そこに何かしら別の理由があるからだろう。

 普通に考えれば、涼香が正義に恋愛的な好意や興味を持っているからと考えられる。そんな涼香が、正義の告白を断るというのか?


「それを言うなら、私とお兄さんも2人だけで食事をしてますけどね」


「いや、俺達の場合は、正義の事を相談するためで……」

 と、そこまで言ったところでハッとする。まさか、そういうことなのか。

 俺の表情を見て、似内さんは頬を緩ませた。

「はい、つまりそういうことなんです。虎上さんは、正義先輩に恋愛的な興味は無くても、別の興味はあったんです。

 自分が大好きな人の事を、その大好きな人と仲の良い、第三者から聞いてみたい。

 そういう興味があったんですよ。お兄さんは、虎上さんに、正義先輩の信者だって言ってたんですから尚更です」


 涼香は正義に恋愛的な好意は抱いていなかった……そうだったとしても。

「…………そういう事だったとしても、それで、正義が涼香に告白することを止めていい訳じゃない。告白は……個人の自由だ」

 それに、告白を止めると言うが、正義がそう簡単に告白を止める訳がない。

 正義の意志の強さは尋常ではない。それが、正義が自身を自己中だと例える所以なのだから。


「そうだね。だからこそ、私達は来たんだよ。正義君が妹ちゃんに告白する前に、私達が正義君をオトしちゃおうって思って。それがもう1つの理由」

「オトす?」

 オトすって、つまり、正義に惚れさせるってことか? どうやって?


 そんな俺の困惑をよそに、静音さんは青柳さんに向かって大声で言う。

「という訳で、彩矢ちゃん! 後もつかえてるし、早速やっちゃってくれる?」

 後もつかえてる? 一体、何をする気だ? 俺は青柳さんの方に目を向ける。

 青柳さんは、倒れている正義の顔を覗き込むように、何故か正座をしていた。青柳さんが正座をしている姿は初めて見る。その事に驚くと同時に、ある事に気付く。


 かつてないほど、青柳さんの顔が赤くなっている。

 そして深呼吸を繰り返ししている。

 俺はこの光景に、どこか既視感を感じていた。


「……まさか」


 愛の告白か?

 俺が感じた既視感。それは、俺が今までに見た、漫画やアニメでの告白シーンだった。顔を真っ赤に染めたヒロインが、意を決し、愛の告白をする。そのシーンと酷似していたからだ。だが、なぜ?

 俺がそう思うのと同時に、静音さんが大きな声で言う。

「おーい、彩矢ちゃん。早くしないと私が先にやっちゃうよー!」


「うっせえ! 黙ってろ! い、今からやるんだから!」

「彩…矢…?」

 まだ自由に身体を動かすことが出来ないようだが、痺れが治まってきたのか、正義が声を発した。

 まずい。

「青柳さん! 駄目だ! 早まるな、そんなことをしたら……!」

 青柳さんが呪いを受けてしまう。青柳さんもそれは分かっているはずなのに、どうして!?

「大丈夫だよ、青葉君」

「大丈夫って……、大丈夫な訳ないでしょう!?」

「まあ、確かに賭けではあるんだけど。勝算は充分にあると思うんだ」


「はい、私もそう思います。でも、出来れば、私が一番にやりたかったです。……そうしないと、正義先輩の一番にはなれませんし……。失敗したら一蓮托生ですし」

 そう言って、珍しく似内さんがそっぽを向いた。それを宥めるように静音さんが言う。

「そこはほら、私達よりも片思い歴が圧倒的に長かったわけだし、花を持たせてあげてもいいのかな、って」

「それを言われると、反論できないですけど……」


 いやいや、2人とも何を言ってるんだ?

 呪いは実在するんだぞ。告白なんてしたら、正義への恋心を失ってしまう。

「くそっ……!」

 限界を迎えている身体を無理矢理にでも動かす。何としても止めなければ!

 けれど、この行動は静音さんに簡単に止められてしまった。静音さんが後ろから抱きついてきたため、身動きが取れない。おまけに右手で口を塞がれてしまった。

 振りほどかなければならないというのに、もう俺にはそれに抵抗できる力は無かった。俺に出来るのは、ただ見守ることだけ。


「……あのな、正義」

 そして意を決したのか、ついに青柳さんが言葉を紡ぐ。

 今までで一番、顔を赤く染め、告白のための言葉を……、




「あたし、お前の事、全然好きじゃねえんだ。むしろ嫌い」





 発しなかった。


 発された言葉は、俺の想像と全く違った。

 訳が分からない。何で青柳さんはそんな事を言う?

 対して、嫌いと言われた正義はというと、きょとんとした顔のまま何も言えずにいた。

 まあ、そんな顔になるのも無理はないだろう。突然、仲がいいと思っていた幼馴染に嫌いと言われたのだから。心の中でショックを受けててもおかしくない。


「だから。これから、お前を苛めてやる」


 更なる驚愕の言葉を履き、青柳さんは。




 正義にキスをした。




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