第八章 第五節
◆虎上青葉
もう一手。
勝つための手段が、もう一手、要る。
現状、超能力のおかげで、正義と何とか互角に戦えてはいる。
けれど、それでも、元の身体能力の差は歴然だ。俺が少しでも判断を間違えるか、体力切れになるかのどちらになれば、敗北は即時確定する。
そして、必死に自分を騙して動かしてきた身体は、もうすぐ、本当に動かなくなろうとしている。時間にしたら、多分あと1分もないだろう。
だから考えろ。頭痛なんて気にするな。神経がすり切れてもいい、全力で頭を働かせろ。勝つための手段を生み出すんだ。
勝つにはどうする?
それは単純だ。正義がダウンするくらいの、威力の高い一撃をぶつければいい。
でもそれは出来ていない。何故だ?
それも単純だ。俺の身体能力が低くて、拳をまともに当てることが出来ないからだ。さらに当たったとしても、そもそもの威力が低いから、決定打にならない。
なら、どうすれば威力を上げられる? 威力の高い一撃を生み出せる?
まず、俺が全力で拳をぶつけることが出来る構えを取る。その後、正義が俺に拳を放った際にタイミングを見計らって、カウンターの拳を放つ。そうすれば、正義の拳の勢いを逆に利用することで、俺がただ殴った時よりも、さらに威力の高い一撃をぶつける事が出来る。その時の正義はノーガードな訳なので威力はさらに上がる。ボクシングで言う、カウンター・ブローだ。普通に攻撃を当てた時よりも、約2~3倍のダメージを与えることができる。カウンター・ブローを正義にぶつける。これが現状、俺に出来る唯一の勝利手段だろう。
そしてこれは、先程実行した。俺が超能力の応用を正義に初披露した時。あの時の拳が俺の全力の一撃を込めたカウンター・ブローだった。攻撃の引きつけが甘かったせいで、結果は失敗に終わったが……勝機は見えた。
その証拠に正義は、あれ以来カウンター・ブローを警戒しているらしく、一度攻撃した後すぐに後退して回避を行う、ヒットアンドアウェイ戦法をとっている。
カウンター・ブローを当てることが出来れば、正義に勝つことが出来るはずだ。
先程は失敗したものの、コツは掴んだ。隙さえあれば、今度は当てられる自信がある。そう、隙さえあれば、だ。前述の通り、正義は攻撃の後、すぐに回避体勢をとってしまうため、カウンター・ブローを行う隙が全くないのだ。回避を主体としたヒットアンドアウェイ戦法に対し、カウンター・ブローは相性が悪い。しかし、もう他に手はない。
ほんの少しの間でいい。隙さえあれば。正義が隙を見せてくれれば。
でも、そんな奇跡が、俺の限界までの残り数十秒の間にあるのだろうか?
いや、無い。そんな都合のいい奇跡は起きない。むしろここまで俺が戦えていること自体が既に奇跡なのだ。だったら最後くらい、奇跡が訪れるのを待つのではなく、自分の力で奇跡を起こさなければ。
無理矢理にでも、正義に隙を作らせる。動きを止めさせる何かをするんだ。
そうでなければ勝てない。
考えろ。何でもいい、常識に囚われるな。ほんの少しでも可能性があればそれでいい。
死力を尽くせ、隙を産みださせる方法を全力で考えろ。
人間はどういう時に、隙を作る? 動きを止める? 考えろ、考えろ、考えるんだ。
決死の攻防の中、必死に考えに考え。たどり着いたのは……。
あの時の、涼香の姿だった。
「分かった……!」
正義が拳を俺に放つ。
今だ。このタイミング。ここで、
「クラス全員〇ませハーレム! 僕と29人の花嫁達!」
「なっ!?」
俺の発言を聞いた正義は、目を大きく開き、驚きの声を発した。どうやら成功のようだ。
人間が隙を作ったり動きを止めたりするのはどんな時か?
それは驚いた時だ。
以前、涼香がキャミソール姿で俺の前に現れた時、俺は驚いて硬直した。その時の事を思い出し、正義を驚かすことが出来れば、正義の動きを止めることが出来ると思ったのだ。
だから、俺にとって切り札と言える言葉を。
正義は知っていても、俺が知り得ないはずの言葉を、言い放ったのだ。
俺の読みは的中した。切り札の言葉を受け、俺を狙っていた正義の拳がわずかに硬直する。数瞬ののち、正義は再び攻撃へと移るが、もう遅い。これならいける。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
俺は残っていた力の全てを振り絞る。
そして。
正義の拳が俺へと到達するよりも先に、正義の頬に、全力の一撃を叩き込んだ。
これは決して褒められた方法ではない。むしろ最低な部類の方法だろう。けれど、初めてまともに、決定打と言える一撃を、正義に与えることが出来た。
「ぐうぅっ!」
呻き声を発すると同時に、正義が初めて地面に背をつける。
しかし。
「…………………ビックリしたよ。君がそのタイトルを知っているとは思わなかった」
正義は立ち上がった。正真正銘、俺の最後の、全力の一撃に耐えきったのだ。
「今の拳も素晴らしかった。でも、今回は僕の勝ちみたいだね」
正義の言う通りだ。もう、俺は立っていることすらできず、地面に膝と手をつけている。
「畜生……!」
手ごたえはあった。だが、それでも足りなかった。
悔しい。
今までの人生で、ここまで悔しいと思う事はこれが初めてだった。
勝ちたかった。勝って、涼香に好きだと伝えたかった。
「無抵抗の相手にとどめを刺すのは気が引けるけど、ルールはルールだ。とどめを差させてもらうよ。それとも、降参してくれるかい?」
「断る」
そうだ。例え、負けが避けられないとしても、それだけはしない。しちゃいけない。自分から勝利を諦めることだけはしてたまるか。
「……うん、そう言うと思った。それなら」
正義が拳を振りかぶった……その時。
「させません」
聞き覚えのある声と共に、俺と正義の間に突如、人が割り込んだ。
その姿を見て、俺は驚愕する。
「似内さん!?」
なぜ? どうして似内さんがここにいるんだ?
「風子ちゃん!?」
正義も驚愕している。
俺はもちろん、正義も似内さんがここに来ることは想定外だったようだ。
「えっと。私もいるんだけど」
「「!?」」
俺と正義はほぼ同時に、その声がする方を見る。するとそこには、
「静音さん!?」
「静音先輩!?」
あの夜出会った時と同じく、スタンガンを携えた、静音さんの姿がそこにあった。
「正義君、邪魔してごめんね。あと、動かないでね。もし動いたら、ビリビリさせちゃうよ」
「ど、どういうことですか? 静音先輩も風子ちゃんも、何でここに?」
「それはもちろん、正義君と青葉君の喧嘩を止めるためだよ。ね?」
「はい」
そう言って似内さんが頷く。
「静音先輩と一緒に散歩してたら、たまたま、伊澄先輩とお兄さんが喧嘩してるのを見かけまして。止めなきゃと思った訳です」
いや、そんな訳がない。
偶然でこんな場所にこれる訳がない。
何らかの方法で、俺と正義の喧嘩……もとい勝負を知って、2人で止めに来たんだろう。そしてそうなら、2人は恐らく、俺と正義の勝負の理由も分かっているはずだ。
分かっているなら、止める必要もないはずだ。だって、勝負を止めようが止めまいが、勝敗がどうなろうが、正義は涼香に告白するだろう。そうなれば、正義にかかっている呪いは解除される。
似内さんも、静音さんも、青柳さんも、正義に告白することが可能になる。止める理由なんてないはずなのに。
「……止めないで欲しいな。僕は青葉と勝負をしていたんだ。どちらかが負けを認めるか、戦えなくなるまで殴り合う勝負を。その勝負に、僕は勝ちたいんだ。だから風子ちゃん、そこをどいてくれないかな?」
「ごめんなさい、伊澄先輩。大変申し訳ないんですが、お断りします」
「なら、」
一瞬の内に、正義は体勢を低くする。
「強行突破させてもらうよ!」
そしてそのまま、片足で地面を強く蹴り、その勢いで駆け、似内さんを躱そうとする。
「うん、駄目」
静音さんがすかさず動く。正義との間に距離があったからだろう。静音さんはスタンガンを正義へとぶん投げた。
しかし、さすが正義。それを片手で弾く。
が、その次の瞬間。ゴンッ!という音のすぐ後、正義が地面に膝をつく。一瞬、何が起きたか分からなかったが、その疑問はすぐに解けた。
「不意打ちしちゃってごめんな、正義」
「……あ、彩矢!?」
正義の背後には、青柳さんの姿があった。
いつもこの小説を読んでくださり、ありがとうございます。
この小説も完結まで残り4話となりました。その残り4話を、(内容的に、短い間隔で読んで欲しいと思いましたので、)明日中に全て投稿したいと思います。
そのため現在、投稿のための準備を行っています。明日の夕方以降、徐々に投稿していく予定ですので、また是非読みに来ていただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。




