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第八章 第三節


◆虎上青葉


 さすが、正義。俺の奥の手すら躱すのか。


 ようやく掴んだ勝機を逃したにも関わらず、俺は正義を心から讃えていた。




 俺の超能力は、危険情報の視覚化。


 目を凝らせば、空間や人物などの対象が、赤や黄色などに色づいて見える。

 例えば、ナイフで刺されそうになっている人と、刺そうとしてる人がいたとする。すると俺の目には、刺されそうな人、刺そうとしてる人、その周りの空間が、赤いフィルターを通したかのように見える。

 ちなみに、全く危険でない空間を見た場合、その空間は、青のフィルターを通したかのように見える。


 色ごとに危険度が異なるのだ。


 それを利用して俺は、正義との街のパトロールで、危険な目に遭っている人の有無を探っていた。


 つまり、俺の超能力は、危険を察知することが出来る超能力であり、それだけの効果しか無い。


 だからこの超能力を乱闘なんかの喧嘩に使うことは出来ない……と、思っていた。


 けれど、ある時思った。


 全体(複数の対象)を見るんじゃなく、対象を限定し、その対象をいくつもの点に分割して見たらどうだろうか、と。


 対象を人間として、その人間をいくつもの点で分割し、その箇所毎に危険度を表すことができれば、その時々で一番危険な箇所に注視することで、その人間がどういう攻撃をしてくるか予測出来るんじゃないか。そう思ったのだ。


 先程の例で言えば、ナイフで刺そうとしている人だけに対象を限定することで、その人がどうやって刺そうとするか(どの場所に刺すのか)が予測出来るという訳だ。


 約1年前、自分の超能力がどういうものか判明した時、それ以上の使い方はないと思いこんでいた。

 でも、それとは別に、応用的な使い方も出来るんじゃないかと思い、対象をいくつもの点として分割し、見るようにしてみた。


 すると、今まで単色で彩られていた対象が、複数色で彩られた対象として見えるようになった。


 これは、人間の体温を身体の場所毎に比較するために用いられる、サーモグラフィーの見え方に近い。


 サーモグラフィーでは体温が高い所ほど赤く彩られて見えるが、俺の超能力では危険な箇所ほど赤く彩られて見えた。

 ただ、この応用技を使うと、強い頭痛に襲われるため、これまで使用は控えてきた訳だ。


 ……が、今はそんなことどうでもいい。


 応用技を全力で駆使して、今度こそ攻撃を当ててやる。


 右腕を手前に引き、再びカウンターの体勢へと戻す。


 もっとだ。もっと、正義を引きつけるんだ。俺への攻撃が繰り出されるギリギリまで見極めろ。でなければ、俺の攻撃は正義には当たらない。

 ギリギリで攻撃を躱し、先ほどよりも速く、拳を繰り出す。それでようやく、正義に一撃を入れられる。


「正義。ふがいなくて悪かったな。でも、ここからは期待に応えてみせる」


 自分に言い聞かせるように宣言する。


 正義は、俺が正義に勝つことを望んでいる。けれど未だ俺は、自分が正義に勝てるはずがないと思っている。それでも、勝たなければ涼香を失うことになる。なら、勝つしかない。


 勝てば、正義の望みと、涼香の両方を手に入れられる。


 応用技の代償である絶え間ない頭痛に耐え、必死に目を凝らしつつ、宣言する。


「俺は勝つんだ!」


 叫び、自分を震いたたせる。

 正義はそんな俺を見て、少し驚いた表情をした後、口元を緩めた。そして、


「うん、期待してるよ」


 そう言って、再び俺に向かってきた。









 そこからは、執念の戦いだった。


「勝つ」

 躱す。殴る。躱す。殴る。

「勝ってやる」

 その繰り返しが、永遠のように続く。


「負けてたまるか」

 体力は既に限界を迎えている。身体はいたるところに傷がつき、口の中は血の味しかしない。頭の中は常にズキズキとした酷い痛みで満ちている。


 それでも、


「絶対に、勝つんだッ!」


 必死に身体を動かし、言葉で自身を鼓舞し、勝利を目指す。


 一瞬たりとも気の抜けない攻防。


 だと言うのに、

「……!」

 ふと、思った。


 ゴッ!!


 当たる寸前、回避行動を取ったものの、攻撃は避けられなかった。正義の拳が左頬を抉る。


 衝撃で後ろに吹き飛ばされる。直撃は防げたので、なんとか転ばずに耐えられた。そして、









「……ははっ。あははっ」









 思わず、笑みがこぼれた。こぼれてしまった。


 ああ。そうか、こういうことか。俺は理解した。ほんの少し前まで抱かなかった、この感情を。




「俺は、楽しんでいるんだな」




 体力は既に限界。

 だというのに、身体が動く理由。


 負ければ涼香の事を諦めなければならない、だから負けれられない、勝つために頑張る。それが一番の理由であることは間違いない。


 けれど、もう1つ大きな理由があったのだ。




 それは、この状況が楽しいから。




 俺が心の底から尊敬している人間と、死力を尽くし、互角に戦えているこの状況を、俺は楽しいと感じているのだ。


 楽しいし、負けられないからこそ、俺は限界を超えられている。


 そう思えるのは、以前読んだインタビュー記事の存在も、理由の一つだと思う。

 以前、龍弥に薦められ、とある雑誌を読む機会があった。確か、「俺の好きな芸能人が載ってるから、兄ちゃんも試しに読んでみて」くらいの軽いノリだったと思う。


 読み進めていく中で、その芸能人が、仕事についてのインタビューを受けた記事に目が止まった。

 たぶん、自分の考えとは違いすぎたから、逆に目が止まったのだと思う。


 その芸能人はデビュー以来、仕事を一日も休んだことがないらしく、インタビュアーは、「どうして仕事を休まないんですか?」と聞いていた。それに対し、その芸能人はこう答えていた。


「仕事が楽しいからです。いやまあ、自分はまだまだ未熟者なので、休んではいられないという危機感も手伝ってはいますが」


 インタビュアーはさらに、「それでも、時には休みたくはなりませんか?」と聞く。対して芸能人は、


「確かに、時には辛くて、休みたいと感じる時もあります。それでも、この仕事を楽しいと思えるからこそ、無休で続けられているんだと思います」


 そう答えていた。

 当時の自分はそのインタビュー記事を見て、どこか別次元の話だと感じた。


 自分とは立場も考え方も違う、仕事中毒者の話。


 将来やる仕事は、完全週休二日制が良いと思ってる自分には、全く理解できない。


 と、感じたのだ。


 けど、今は違う。完全週休二日制が良いという気持ちに変わりはないが、今なら、その芸能人の気持ちが少しだけ理解できる。




 楽しいと感じるからこそ、人は頑張ることが出来る。


 楽しいと感じるからこそ、人は辛いことも乗り越えられる。


 だからこそ、人は限界を超え、成長出来る。



 そういう風に、理解出来たのだ。




 別に、仕事に限った話ではなかった。

 スポーツでも、ゲームでも、部活動でも、恋愛でも、何でもいい。これは、日常の様々な事に言える話だったのだ。




「……ああ、そうか。これが、この気持ちが、充実感」



 初めて感じたこの気持ちは、どこか晴れ晴れとした、暖かいものだった。


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