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第八章 第二節


◆虎上青葉


 ……楽しい?


 悪いな、正義。俺はこの状況を楽しいとは思えない。


 辛い。苦しい。倒れてしまいたい。

 脳裏に、それらの負の言葉がちらついている。


 それでもかろうじて、この場に立ち続けている事が出来ているのは、涼香の事を諦めたくないという気持ちが、負の言葉に勝てているからだ。


 涼香。


 涼香。

 涼香。

 涼香。

 もっと、もっとだ。

 もっと、涼香の事を想おう。涼香の事を考えるんだ。

 そうすれば、俺はまだ……!




「でも、そうやって立ち続けているだけじゃ、僕には勝てないよ」




 鈍器でぶん殴られたような衝撃が、俺の顎を襲った。


 まずい。

 視界が定まらない。揺れている。


 さらに次の瞬間、腹部に強い痛みが走った。

 蹴られたのだ。蹴られる直前、身体を後ろにずらしたものの、俺はふっ飛ばされ、地面に再び倒れた。


「考えるんだ。どうすれば僕を倒せるのか。このままならいずれ、君は負ける」


 正義の言う通り。逆転の手を探さないと、このまま負けるだけ。けれど、どうすればいい?


 未だ定まらない視界の中、俺は必死に頭を巡らせる。

 どうすれば。どうすれば正義に勝てる?


 反撃に出ようとも、正義には全く隙がない。全ての攻撃がガードされる。

 俺の身体能力では、正義に太刀打ちできない。


 これが殴り合いの勝負でないのなら、身体能力以外で勝てる所を探すべきだろう。けれど、そうではない。戦略に身体能力を考慮しない訳にはいかない。身体能力を補う何かが必要だ。それでいて、正義よりも俺が勝っているもの。


 あるのか? そんなの?


 それでも、探さなければ。

 考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。

 何でもいい、この状況を覆せる、何かを。


「……えっと、青葉。僕に勝てる方法を考えるのは良いけど、地面に倒れてから2分くらい経つし、そろそろ立ち上がってくれるかな? それとも、まだ視界が定まらないのかい?」


「……え。わ、悪い。考えすぎて自分の世界に入ってた」

 倒れてから2分も経っていたのか。気付かなかった。気付けば視界も元通りになっている。


 俺は立ち上がる。

 未だ策は無いが、それでも戦わなければいけない。 その絶望感から、ふと思う。


「本当に、奇跡が起こせればいいのに……………あ」


 先程すがるような気持ちで言った、「奇跡」という言葉。それを受けての呟きだったのだが。


 それで閃いた。というより、思い出した。


 正義に協力するために考えた事だったのに、まさか正義と敵対することになるとは思わなかったから、今の今まで忘れていた。


 正義に勝つには、これに賭けるしかない。

 実際に、実戦で試したことは一度もないが、

「やるしかない、よな」

 どの道、これが通用しなかったら、もう勝ち目はない。だからこそ、これで勝つ。


 その覚悟を、決めよう。





◆伊澄正義


 雰囲気が変わった。

 明らかにさっきまでとは違う。


 身体はボロボロになりながらも、青葉の目には、今までにない気迫が灯っていた。

「っ!」

 気持ちが逸る。


 今度は全力でいかないとやられるかもしれない。そう強く感じる。


 今までは全力は出していなかったものの(最初の攻撃は除く)、決して油断をしていた訳ではなかった。

 青葉が長期戦を狙っているのを察し、体力を温存させていたのだ。


 けれど、あの目を見た後だと、とても出し惜しみなど出来る気がしなかった。


 次で終わらせる。

 その決意を胸に、僕は拳に力を込めた。

「……行くよ」


「来い」

 そう青葉が答えた直後、僕は青葉の元へと疾走した。対して、青葉は構えの体勢をとる。


 その構えを見て、僕は「なるほど」と、感心する。


 青葉の構えは防御ではなく、攻撃のための構えだった。右手の拳で殴りかかる寸前のような体勢で僕を待ち構えている。


 つまり、カウンター狙い。


 青葉は先程から反撃のため、僕の攻撃の隙を伺っていた。しかし、僕が隙を与えず、連続で攻撃を繰り出していたため、反撃に転じることは出来なかった。


 それは、彼の反撃に転じる速さよりも、僕の攻撃の速さが上回っていたことを意味する。だから、青葉は速さを補うために、防御を捨て、攻撃の構えを初めから取ることにした。


 そう確信する。

 だからこそ、僕は疾走を止めない。

 フェイントを織り交ぜながら、僕の動きを読み切れないよう、彼に近づいていく。

 それこそが、カウンターを潰す方法だからだ。


 青葉がカウンターを成功させるには大きく分けて2つの方法がある。


 1つは、僕の攻撃を躱した直後、攻撃をする方法。


 もう1つは、僕に攻撃される直前、僕よりも早く攻撃をする方法だ。


 この2つに共通するのは、どちらの方法の場合でも、僕の動きを完璧に読み切らなければならない、ということだ。


 でなければ、相手の攻撃を引きつけるというカウンターの特性上、失敗する可能性が高い。


 つまり僕は、青葉が読み切れない動きをすれば良い。攻撃を当てられず、躱すことも出来ない動きを。


 そして、それは出来た。


 青葉は僕の動きに着いていけず、硬直している。後は、もう1歩だけ近づき、拳を放てば勝利は確定、









 ……本当に?








「っ!?」

 突如危機感を感じ、瞬時に後ろへと後退する。


 危機感は正しかった。


 躱しながらも見えていた。僕がつい数瞬まで居た位置、そこに、青葉の拳が繰り出されていたことを。



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