第一章 第三節
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涼香が憐れむような表情で俺を見つめている。いや、ようなではないな。絶対憐れんでるぞ、これ。
「涼香、俺は別に病人じゃない。至って正常だ」
「うん、大丈夫だよ、あっくん。あっくんは正常だって分かってるよ。ただちょっと、頭の一部におかしい所があるから、そこを治してもらうだけだよ」
「それもう正常じゃないって断定してるよな!?」
「だって、おかしいじゃん。伊澄先輩の自覚もしてない恋愛に、勝手に手出しするなんて」
心なしか、涼香の口調と目つきがキツくなっているように感じる。これはまずい。なんとか弁明しないと。
「……分かった。これからその理由を説明するから、よく聞いてくれ。どうして俺が正義と似内さん達をくっつけようとしているかを」
「……とりあえず話してみて」
少しだけ、涼香の目つきが柔らかくなる。この機を逃さず、俺は次の言葉を述べる。
「涼香。俺は、優秀な人間は、1人ではなく多くの人間と付き合い、ハーレムを形成するべきだと思うんだよ」
「……は?」
あ、まずい。目つきも口調もさっきよりキツくなってしまった。
しかし、ここで怯むわけにはいかない。
「待て、待ってくれ。別に俺の言っていることは、世界規模で考えればそんなにおかしいことじゃない。現に、この現代社会でも、複数の女性を妻にすることができる一夫多妻制、すなわちハーレムをつくることが認められている国がある。ただしその国では、妻達を平等に愛することができて、妻達や子供達を不自由にさせないくらい、金銭的に裕福じゃないといけない。つまり、優秀な人間である必要があるんだ」
「ここ日本だよ?」
じゃあなぜ、兄妹恋愛の社会権が圧倒的に弱いこの国で、お前は堂々と俺に結婚を迫ってくるんだ?
と、ツッコミたかったが、また話が脱線してしまいそうなので、そのツッコミは胸に秘めておくことにした。
「日本で一夫多妻制や多夫一妻制が無いことは充分分かってるよ。でも、だとしても、俺は我慢ならないんだ。どうして、正義ほどの素晴らしく優秀な男が、1人の女性だけと付き合うことしか出来ないのか。どう考えても人類の損失だ。俺には納得できない」
続けて俺は言う。
「優秀な人間が、多くの異性と交わり、多くの優秀な子孫を残す。そしてその優秀な子孫が、また多くの異性の交わり、多くの子孫を残す。これを繰り返せば、優秀な人間の数が増え、世界はより良くなる。俺はそう信じている。だから、正義にはハーレムを形成して欲しいんだ」
「その意見に納得はしてないけど、一応聞いとくね。それだと、優秀じゃない人は結婚しにくくならない?」
「だろうな。優秀な人間には多くの異性が集まる。だから、俺の考える通りの世界になれば、駄目人間は一生ひとり身だろうな。淘汰される。つまり、俺みたいな駄目人間は、一生ひとり身だ。それで良いと思ってる」
俺には、自分が今までにやってきたことで、人に誇れることが1つもない。
勉強もスポーツも並程度。趣味、特技はあるが、人に誇れるようなレベルのものではない。
今でこそ、正義のハーレムをつくるという夢はあるが、正義と会う前の俺には何の夢もなかった。
そしてその夢も、正義に与えてもらったようなものだ。
俺自身が生み出した、誇れることはなにもない。つまらない駄目人間、それが俺だ。
そしてなにより、実の母親を不幸にした最低野郎だ。
最低でつまらない駄目人間。そんな人間なのだ、俺は。なのに、
「私がいる限り、あっくんをひとりになんてさせないよ?」
涼香は優しく接してくれる。
……ああ、そうだった。自分がやってきたことでは人に誇れることはないが、それ以外なら誇れることがあった。
俺には、優しくて可愛い妹がいる、ということだ。
俺の顔に全く似ず……、いや、義理の妹だから、顔が似てないのは当然なのだけど、身内のひいき目を抜かしたとしても、妹は超可愛い。
あと、今の母さんは美人だ。最初に父さんから紹介された時は心底驚いた。よくこんな美人を捕まえることができたものだ、どんな手を使ったんだ、と。
最初は正直、結婚詐欺に引っかかったのかもしれない、と割と本気で思っていた。そう思うのも無理はないくらいの美人さんだった。だから、その子供である涼香も容姿が優れていた。
涼香本人が自覚しているかどうかは知らないが、涼香はウチの学校でもトップクラスの容姿を持っている。似内さん達と比較しても遜色ないレベルなのだ。
さらに明るく社交的で、他人への気遣いがきちんと出来る、優しい子だ。
だから俺としては、どうして涼香が、俺を好きになってくれたのかが全く分からない。
どうして俺みたいな、最低でつまらない人間を、好きになってくれたのだろう?
涼香のような女の子は、正義のような優秀な男を好きになるべきなのに。
まあ、涼香にこれを言うと、すごく怒られそうな気がするので、胸の内に秘めておくけど。
俺は無理矢理にでも会話の流れを変え、本来の目的を果たすことにする。
「……涼香。今だけでいいから、俺への恋愛アプローチからちょっと離れてくれ。あと、似内さんの連絡先を教えてくれ」
「物凄い勢いで話を変えてきたね。連絡先を勝手に教えるのは駄目って言ったでしょ? 紹介もだけど」
やっぱり、そうなるか。なら、俺がどれだけ本気なのかを行動で示すことにしよう。
「教えてくれた連絡先は、今日の用事が終わったら破棄する。連絡先を教えてもらったのも、俺が無理矢理聞き出したことにする。約束する、涼香が疎まれるようなことには絶対しない。頼む」
俺は誠意を行動で伝えるため、土下座をする。
「え、頭を上げてよ、あっくん! ど、土下座したって駄目なんだから……!」
土下座をしているため、涼香の表情は見えないが、だいぶ動揺していることは分かる。これは説得のチャンスだ。
このチャンスを確実にものにするため、あまり使いたくなかったが、切り札を使うことにする。
「なら、どうすれば教えてくれる? 何か条件あるなら言ってくれ。俺に出来ることなら何でもする」
「何でも!?」
「ああ、何でもだ。約束する」
そう。何でもするという切り札だ。
俺は涼香とした約束を破ったことは一度もない。一度した約束はどんなことでも確実に守るのだ。すなわち、この切り札を使うと後でとんでもなくまずいことになる気がしてならないのだが、仕方ない。
……それに、まずいことになる気がしてならないとは思いつつも、本当にまずいことにはならないとも思っている。涼香は優しい子だから、この条件を盾にして無理やり、付き合ってくれとか結婚してくれとは言わないのだ。俺が本当に困ることは、涼香はしない。
涼香は頭を押さえつつ、「あー」とか、「んー」とか、「うああー」とか唸りながら考えた後、何か諦めた感じの表情で俺にこう言った。
「……分かった、教える。でも先に、私が似内さんに、あっくんに連絡先を教えてもいいかを聞く。その後、もし似内さんのOKが貰えたら、あっくんに教える。それでもいい?」
だいぶ譲歩してくれた方だと思う。助かった。
「ああ、それでいいよ。でも、1つだけお願いがある。似内さんに、連絡先を教えてもらうための交渉をする時に、一言だけ、俺からの伝言として、伝えてほしい言葉がある。たぶんこの伝言を伝えてくれれば、似内さんは俺に連絡先を教えてくれるはずだ」
「えっ? どんな言葉?」
俺は事前に調べておいたことを言う。
「5月22日」
次回から第二章に入り、色んな意味で話が大きく動き出します。