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第八章 第一節


◆虎上青葉


「こんなトコまで来てもらって悪いな、正義」


 俺は今、数日前に似内さんを呼び出した神社にいた。

 もう20時を過ぎたからか、人はまったくいない。

 これでいい。そうだと思ってここに来たのだから。


「それは別にいいんだけど、突然走り出すからビックリしたよ?」

「若気の至りってやつだよ」

「若気の至り!? なんでこのタイミングで!? ごめん、全然意味が分からない」

「ですよね」


 さて。正義をこの場に連れてきたのはいいが、どうしたものか。

 ノープランでここまで来たものだから、正義にどうやって喧嘩を了承してもらえるのか分からない。考える時間もない。だから、シンプルに伝えることにする。


「それで、若気の至りついでで悪いが、俺と本気で、殴り合いの勝負をしてくれないか?」


「いいよ」


「いきなり何を意味不明な事言ってんだと思うかもしれないが、これは俺にとってすごく重要な……って、本当にいいのか!?」

 龍弥から、正義が俺と戦いたがっていると聞いていたとはいえ、こんなに簡単にOKを貰えるとは思っていなかったので驚く。

「うん。実は、確かめてみたいことがあってね」

 確かめてみたい事?

「じゃあ、早速やろうか。一応ルールを決めておこう。僕か青葉のどちらかが降参するか、気絶するなりして戦うことが出来なくなったら負け。ってことでいいかな?」


 ……あれ? さっきは戦闘狂じゃないって言ったけど、気絶させることを想定している時点で割と戦闘狂な気がしてきた。けど、俺が言えるのは一つ。


「問題ない」


 そもそも引き受けてくれただけで感謝すべきなのだ。条件に文句なんてつけられない。

 俺の言葉を聞いた正義は、満足そうに微笑み、


「ありがとう。じゃあ、行くよ」


 そう言った次の瞬間、俺との距離を一気に詰めてきた。

 そして、顔面に向かって拳が振るわれる。

「ッ!」

 俺は全力で頭部を右に傾け、それをギリギリで回避する。


 回避できたのは正直、偶然だった。

 拳の軌跡がかろうじて見えたから、それに当たらないように首を動かしただけだったからだ。

 軌跡が見えたのは、日々の盗撮等で動体視力が鍛えられていたのが功を奏したのかもしれない。

 あとは、龍弥も言っていた通り、パトロール中の乱闘で回避行動の技術が磨かれていたのも理由だと思う。


 しかし、偶然は2度も続かない。


 続け様に繰り出された蹴りに対応しきれず、わき腹を抉られる。

「ぐぇっ!」

 パトロール中に出くわすクソ野郎達のとは比較にならないほど、速くて重い一撃だった。

 情けない嗚咽とともに、地面に転がる。


 強い。強すぎる。


 たった一撃喰らっただけなのに、俺の身体はもう悲鳴を上げている。それでも、ナイフで肉を抉られた時よりはマシだと思い、必死に意識を保ち、呼吸を整える。

 こんなの無理ゲーだろ、と嘆きたくなった矢先、


「……やっぱり。青葉なら、僕を超えられるかもしれない」


 と、正義は言った。意味が分からない。

 正義は一体何を言っているんだ? 俺が正義を超える? 

 勝つしか道はないのは分かっている。


 けれど、勝つ方法が全く思いつかない。ひたすら攻撃を躱すという、勝つための前提条件がいきなり崩れたからだ。


「……超える、っていうのは、勝つって事か? 俺は、もう、早速ボロボロなのに」

 俺はよろめきながらも何とか立ち上がる。そんな俺を見て、正義は堂々と言う。

「そうだよ」


「……自分で言うのも何だが、偶然が、いや、違うな。奇跡でも起こらない限り、厳しい」

 そう。

 例えば、俺がトラックにひかれかけた時に起きた事。超能力が発現した事、正義に助けられた事、それらが奇跡。

 そんな奇跡のような事が起きなければ、正義に勝つことは出来ないだろう。


「でも青葉なら、あの時のような奇跡を、ここでも起こしてくれる」


 正義も奇跡という言葉から、俺の考えていた事と同じ事を連想していた。しかし、だ。

「簡単に言ってくれるな」

 俺だって、期待に応えられるものなら、応えたい。 でも、奇跡と言うのは、滅多に起こらないから奇跡というのだ。そんなにポンポン起こるものじゃない。なのに、


「君なら出来る。さあ、次行くよ」


 正義は俺が奇跡を起こすことを疑っていない。


 真っ直ぐに俺を見据える。そして再び、俺に迫ってくる。直撃を喰らえば一瞬で敗北が確定する、圧倒的なまでの絶望が。


 前提条件は崩れたものの、スタンスは変えられない。出来る限り正義の攻撃を躱し、もしくは受け流し、勝機を待つ。


「……畜生。起こるなら起こってくれよ、奇跡」






◆伊澄正義


 蹴る。殴る。

 それらをランダムに、何度も繰り返した。


 端からみれば一方的なリンチのように見えているのだろうか?

 僕は未だに無傷。対して青葉の身体はボロボロ。立ち上がっているだけで精一杯のように見える。


 それでも僕は、油断を全く出来なかった。


 気を抜けば、僕はあっという間にやられる。

 そんな予感が頭を離れなかった。現に、青葉はものすごいスピードで成長しているからだ。


 それを確信したのは、最初に青葉に殴りかかった時だ。

 青葉は、僕の初撃を回避した。

 青葉は気付いていないのかもしれないが、僕の初撃を躱すことが出来た人間は、非常に稀だ。

 さらに、その後の追撃は喰らったものの、直撃を避け、気絶せずに立ち上がった。


 これには正直、気分が高揚した。僕の攻撃にここまで対応できたのは、ここ数年で青葉だけだったからだ。


 個人的に、戦いは最初の攻防が一番重要だと思っている。最初の攻防とは、いかに先手を取るか、ということでもある。


 先手を取れるというのは、どの状況、どの場面、どの物事においても有利なことだと思う。


 例えば囲碁。黒が先手で白が後手のゲームだ。相手の石を取りつつ、自陣を広げていき、最終的に自陣が相手よりも広ければ勝利となる。ただ、このゲームは、開始時に白側が6目半の黒石を獲得している状態から始まる。


 これは、先手が非常に有利なため、公平性を高めるための処置だ。しかしこの6目半も2002年に改めて決められたものであり、以前は5目半だった。それではまだ黒側が有利だということで、白側に1目プラスすることになった。


 やはり、先手というのは、きわめて有利で価値があるものなのだ。それは殴り合いの勝負においても同じ。

 僕が殴り合いにおいて先手が取れた場合、その最初の攻防で、その戦いは決着した。僕の勝利で。


 けれど、今まさに例外が起きた。最初の攻防を終えても青葉は敗北しなかった。今も僕の攻撃を受け流しながら、必死に反撃の機会を伺っている。それはつまり、僕の攻撃に対応してきている事を意味する。




「楽しい」




 思わず、気持ちを口に出してしまう。

 高揚を抑えられない。


 ……だから、どうか。


 君にも同じ気持ちを味わって欲しいと、心の底から願う。


 あの日、静音先輩と初めて出会った時。


 僕よりも早く静音先輩に向かっていった、あの光景を見てから、ずっとそう願っている。

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