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第七章 第三節


 俺は小さい頃、身体がすごく弱かった。頻繁に病気にかかり、病院通いが常だった。


 そんな俺に、いつも付いていてくれたのが母さんだった。母さんはとても優しい人だった。母さんは、俺が頻繁に病気になっても、嫌な顔一つせず、俺の看病をしてくれた。


 でも、俺は気づかなかった。身体が弱いのは俺だけじゃなく、母さんも同じだったという事を。


 多分母さんは、俺や父さんに心配をかけまいとしたのだろう。俺達に気付かれないよう、自分の不調をひたすら隠していた。


 だから、手遅れになった。


 母さんはいつも優しかった。とても出来た人だったと思う。今でも、母さんは、俺が今まで会ってきた人間の中で一番優しい人だったと思っている。でも、そんな母さんが一度だけ、俺の前で声を荒げた事がある。


「あなたのせいで、私がどれだけっ……!」


 そのあと、母さんがどう言葉を続けたかったのかは分からない。そこまで言いかけた後、母さんは口を閉ざしてしまったからだ。けれど、なんとなくは察することは出来る。


 あなたのせいで、私がどれだけ苦労をさせられたか!


 あなたのせいで、私がどれだけ自分を犠牲にしなければならなかったか!


 おそらく、そのような事だと思う。そして俺は、それを言われて当然だと思う。

「俺は本当に、駄目な奴なんだよ」


 駄目な俺のせいで、母さんは死んでしまった。





 それなのに、今の俺の状況はどうだ?





 新しい家族は、皆俺に良くしてくれる。

 義母さんは優しいし、龍弥は俺を慕ってくれている。

 涼香は俺を慕ってくれるどころか、俺に恋愛感情としての好きを伝えてくれている。


 なんて、俺は幸せなんだろう。


 実の母親を苦しめ、死なせたやつが、幸せであって良いわけがないのに。迫害されるべきなのに。


 どうして、のうのうと生きている?


「仮に、殺されたって文句は言えない。俺は嫌われて当然の、駄目野郎なんだよ!」

 俺は心底そう思っている。

 母さんが死んだ後、すぐに後を追うべきだったと今も思っている。それが出来なかったことも含めて、俺は駄目野郎だと思っている。


 それなのに龍弥は、




「……だから?」




 事も無げにそう言った。俺はきょとんとして、龍弥を見る。龍弥は諭すような表情で言う。

「兄ちゃんが、自分で自分を駄目人間っていうなら、それでも構わない。人っていうのは、最後は結局、自分の価値は自分で決めるものだと思うから。

 だから、兄ちゃんがそう言うのなら俺はそれでも構わない。けどさ。駄目人間が人を好きになっちゃいけない理由なんて無いし、そもそも、」

「……そもそも?」


「兄ちゃん。姉ちゃんを恋愛的な意味で好きな事、隠す気全然ないじゃん」

「……………………………………………………え?」

「え、って。もしかして全然気付いてない? 無意識でやってたの?」

「いや、悪い。全然分からない」




「……じゃあ言うけど。

 兄ちゃんさ、どうして今まで、姉ちゃんと正義先輩を会わせようとしなかったの? 俺には、正義はすごい、涼香は正義と付き合うべきとか言ってるのに」




 頭を強打されたかのような衝撃が俺を襲った。 

 言われてみればそうだ。

 なぜ俺は、あの日偶然正義と涼香が会うまで、二人を会わせようとしなかったんだろう?


 涼香は、正義のような人間と付き合うべき。そう思っているし、そのことは嘘ではない。真実だ。


 そのはずなのに、現実に取ってきた行動はまるで逆。


 それはつまり、言うならば。

 まるで、正義に涼香を取られないように、俺が二人を会わせないようしていたようではないか。


「それにさ。俺には正義先輩の信者だとか、ハーレムについて割と前から語ってたけど、姉ちゃんにその事を教えたのはつい数日前なんでしょ? 

 それだけでも、姉ちゃんに正義先輩の事を出来るだけ教えたくなかったって分かるよ」


「………………ああ、そうだな。言われてみれば、確かにそうだ」

 俺は手で顔を覆った。恥ずかしくてしょうがなかったからだ。これじゃ、本当の気持ちを隠しても意味がない。バレバレだ。




「……観念するよ。そう、俺は涼香の事を妹としてだけじゃなく、異性としても意識してる」




 今まで抑えてきたものが、言葉として溢れてくる。

「好きさ。俺は涼香が大好きなんだ。好きで好きで仕方がない。

 あんなに可愛くて優しい良い子が、俺に好意を抱いてくれていることが、今でも信じられない。毎回毎回、その好意をはねのけて来たことを申し訳なく思ってる。

 でも最低な駄目人間の俺が、その好意を受け入れていいはずがない。だから、好意を向けられてもそっけない対応をしてきたんだ」


「それで姉ちゃんが傷つくとしても?」

「……ああ。俺が好意を受け入れない方が、涼香は幸せになれる。そう思うようにしてきたんだ」

 必死に。

 本当に必死に、そう思うようにしてきたのに。

「……でも、もう駄目みたいだ。もう俺は、涼香への好意を抑えられない……!」


 俺は長年の想いを、言葉に乗せて叫ぶ。

「俺は涼香を愛している! 涼香の事を諦めたくない! けど、だとしても、俺が涼香を好きで、涼香も俺を好きだとしても、それだけじゃ駄目なんだ。俺が、正義とつりあうような男じゃなければ駄目なんだよ!」

 だから無自覚に、正義と涼香を合わせないようにしていたんだと思う。

 正義か涼香、どちらかが相手に好意を持ったら、優秀でない俺は、涼香を諦めなくてはならないから。


 なんて、臆病な男なんだろう、俺は。だから駄目な奴なんだ。とてもじゃないが、正義とつりあわない。


「なら、つりあうようになればいいんじゃない?」


「……うぇ?」

 突然の、あまりにも予想外な提案に、つい変な声が出てしまった。

「姉ちゃんは兄ちゃんとつりあえるようにダイエットをした。兄ちゃんも同じように、正義先輩とつりあうように行動すればいいんだよ」

「……ど、どうやって?」

 だってそうだろう? 正義とつりあうようにするなんて、俺にはそんな発想は最初から無かった。

 あの主人公のような男と、どうやったらつりあうというんだ?

 そんな俺を困惑をよそに、龍弥は事も無げに言う。




「一番シンプルな方法で行こう。兄ちゃん、ちょっと今から正義先輩と殴り合いをして、勝ってきて」



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