第五章 第三節
「ごめんなさい、青柳先輩。ちょっと痛くしますね」
次の瞬間、青柳さんは、地面に仰向けで倒されていた。表情は、痛みよりも、「一体何が起きた?」と言わんばかりのものになっている。
「な……、え、は……?」
青柳さんの視線の先には、
「はじめまして。一年の、似内風子と言います」
正義のハーレム候補の中で、最強の身体能力を持つ女の子が立っていた。
ありがとう、似内さん。完璧なタイミングだった。
似内さんには予め、隠れてこの場近くに待機してもらい、静音さんが負けそうになったときに手助けするようにお願いしてあったのだ。
「お、お前何のつもりだよ。何であたしの邪魔をする?」
もっともな疑問だろう。
どうして初対面の後輩に、自分がやられてしまっているのか。そもそも何でこの後輩がこの場にいるのか。青柳さんは困惑でいっぱいのはずだ。
そんな青柳さんに対し、似内さんは、
「私も、伊澄先輩が好きだからです。今日私は、静音先輩と一緒に、伊澄先輩に告白します」
ストレートに啖呵を切った。
その啖呵を受け、青柳さんは身体を起こして言う。
「告白? お前がスタンガン女と? じゃあまさか、お前はこのスタンガン女と同じで、正義のハーレムの一員になりたいってこと?」
「そうなります」
「理解出来ねえ」
青柳さんは似内さんを睨みつける。
「どうしてそう思うのかが全く理解出来ねえ。他の恋敵と一緒に、正義と過ごすなんてあたしには無理だ。 好きな男は自分だけのものにしたい、そう思うのが普通だろ?」
青柳さんも、涼香と同じ意見だった。
好きな男を独占したい。
世間一般の女の子が持つ、当たり前の感情。
「そうですね。私もほんの少し前までそう思っていました。でも……」
似内さんが静音さんに目を向ける。
「一緒にいて楽しかったり、尊敬できる人となら、それでもいいかなって思ったんです。
あ、もちろん正義先輩に、一番愛されたいとは思ってますけどね」
そう言って、似内さんは笑った。
それを見た静音さんは涙目になり、
「風子ちゃん!」
似内さんに抱きついた。
「し、静音先輩!?」
「やっぱり風子ちゃんは良い子だよー! 可愛いよー!」
「は、離して下さい静音先輩! 恥ずかしいです!」
「無理ー! もっと触るー!」
「きゃっ。く、くすぐったいです!」
似内さんは、完全に巻き込まれる形だったが、結果として、青柳さんとの2人の世界に突入してしまった。
何かあの空間がすごく百合百合したものに感じる。俺としては目の保養になっているが、俺とは別にこの状況を見ていた青柳さんは、
「馬っ鹿じゃねえの!」
叫んだ。
「そもそも何で告白が成功すると思ってんだよ! どうせ皆振られるのに!」
……ん?
「どうせ皆振られる……? どうして?」
俺は隠れていた草陰から立ち上がる。
「わっ、びっくりした! お前、急に姿が見えなくなったと思ってたら、そんなトコにいたのかよ!?」
はい。ちなみに、似内さんも同じように近くの草陰に隠れ、静音さん達の様子を伺っていた。
「まあ、俺のことは気にしないで。そんなことより青柳さん。どうして皆振られるって言い切れるんだ?」
「っ、それは……」
「もしかして、それが青柳さんが告白をしない理由なんじゃないか?」
「えっ」
「そ、そうなんですか!?」
3人の視線が青柳さんに向けられる。
「……だったらどうすんだよ?」
青柳さんが俺を見る。俺は、
「それを解決する」
はっきりとそう言った。
「無理だ」
はっきりと否定されたけど。
「どうしてそう言い切れるんだ? そう言い切れる理由はあるのか?」
「あるけど……、言わない」
「なぜ?」
「……言っても信じねえと思うからだよ」
「そんなに信じがたいことなのか?」
「ああ」
それを聞いて俺は、ありえないとは思いつつも、一応聞いてみる。
「……実は、正義がホモだったとか?」
「な訳ねえだろ!」
ですよね。
事前の調査で分かってはいたものの、ちゃんと否定してくれると安心する。が、
「そうですよ。お兄さんじゃあるまいし」
「違うよ!?」
だからなぜ、俺に飛び火してくるんだ、似内さん! この展開、これで何度目だよ!?
「うわっ。お前そうだったのかよ!?」
「だから違うって!」
「大丈夫。青葉君がホモでも、私は問題なく愛せるよ?」
「ホモじゃないです、少し黙ってて下さい!」
何でこういう時だけ、3人の仲が良いんだ!?
俺は必死に自分がホモではないことを力説した。
いかに女の子が好きで、いかにおっぱいが好きかを。途中、青柳さんと似内さんが「こいつやばい」みたいな表情をしていたが(静音さんは大爆笑していた)、気にしないことにする。
そして、
「じゃあ改めて、正義に告白しても皆振られるって事になるのか教えてくれ」
何とか会話の流れを元に戻した。
「だから、説明しても意味ねえんだって」
「でも、言ってくれないと、無理なのかどうか判断できない」
「……」
「頼む。絶対にその理由を否定したり、馬鹿にしたりはしない。青柳さんを信じる。だから教えて欲しい」
俺は頭を下げる。
「わ、私からもお願いします! 理由を聞かせて下さい!」
「そうだね。私も知りたい。お願い、青柳ちゃん」
続けて、似内さんと静音さんが頭を下げてくれた。
しばらく無言で考えていた青柳さんだったが、やがて根負けしたのか、口を開いた。
「……しょうがねえ。一度だけしか言わないからよく聞け。
……正義にはな、正義に告白しようとした人間が、正義を好きだって気持ちを無くしちまう呪いが掛かってるんだよ」
それを聞き、まずは似内さんが、
「ど、どうしましょう!? これじゃ私も静音先輩も、告白が出来ません!」
と、見るからに不安そうに言い、
「うん、だいぶまずいね。何とかその呪いを解ければいいんだけど」
続けて静音さんも、珍しく深刻な様子でそれに応答した。
俺も、正義に彼女が出来なかった理由がこういう理由だとは思わなかったので、かなり戸惑いを隠せない。
それでも、俺は現状とるべき手段を提案することにした。
「俺としては、まずは、その呪いの原因を突き止めないといけないと思う。この場合だと、呪いを誰がかけたか、だ。今一番怪しいのはやっぱり、現象について語れる、青柳さんか?」
「そうだね」
「はい、私もそう思います」
提案に対し、静音さんと似内さんが同意してくれた。そんな俺達の会話を見て、青柳さんが不思議そうな表情で言う。
「……お前ら、マジで呪いを信じたの? あたしが言っといてなんだけど、現実味が全くない話だと思わないの?」
「いや、そうでもないよ」
俺は正直に答える。
現実味がない?
いや、現実味がないことなら、ここ最近に何度も起きている。なので、青柳さんの言うことにも、そういうのもあるんだな、と理解できる。
ただ、一つだけ、青柳さんは説明を誤魔化している所がある。
おそらく、それを正しく訂正することが、青柳さんの信用を得ることになるんだろう。
なので俺は「呪い」では無い、正しい言葉を伝えることにする。
「でも一つだけ訂正するなら、それは呪いじゃなくて、超能力だよね?」
青柳さんは目を見開いた。どうやら、俺の読みは正しかったらしい。