第五章 第一節
◆虎上青葉
翌日、月曜日。時刻は7時前。俺は学校に登校し、教室の自分の席についた。
今の時間は、教室に俺しかいない。当たり前だ。始業は8時40分からなのだから。
普段の俺は、こんなに早く登校はしない。
ただ、今日はやることがあるため、いつもよりも早めに家を出た。
俺は誰もいない教室でスマホをいじりながら、ある人物が来るのを待っている。
暇つぶしにスマホをいじり始めてから15分ほど経った頃、廊下からコツコツと足音が聞こえた。
その足音が次第に大きくなる。目当ての人物が来たのかもしれない。
やがて足音は止み、代わりに人の声が聞こえた。
「あれ? 今日は早いじゃん、虎上」
教室の入り口に目を向ける。そこには予想通り、目当ての人物がいた。俺はスマホをいじるのをやめ、彼女に話しかける。
「おはよう、青柳さん。実は、青柳さんと2人だけで話したいことがあって、早めに来たんだ」
目立つ明るい色の金髪で、ミディアムヘア。第2ボタンまで開けたワイシャツに、短いけれど短すぎる訳でもないスカート。そして、白と黒で彩られたブレスレットを身にまとう、正義のことが大好きなギャル。青柳彩矢さんがそこにいた。
「話したいこと? 2人だけで?」
「ああ」
教室に入った青柳さんは、いつもの席に座る。
その席は、俺の席から3つの席を挟んだ、丁度右横に位置している。
青柳さんは、胴体を机の方へと倒し、伸ばした両腕と右頬を机につけ、顔だけが俺の方を向いている寝そべった体勢で、俺に話しかけてきた。
「もしかして、あたしを口説こうとしてんの?」
本気で言っている訳ではないだろう。その証拠に、青柳さんはからかいの笑みを浮かべている。なので俺は、少しふざけた感じに言い返すことにする。
「違うよ。青柳さんが正義を好きなのは充分分かってるから、口説いたって100パーセント断られるだろうしね」
「その言い方だと、あたしが正義を好きだと知らなかったら、口説いてたように聞こえるけど?」
「そんな、滅相もない。俺なんかじゃ、青柳さんと釣り合わない」
「それだと今度は、あたしと釣り合うなら口説いてた、みたいに聞こえる」
「じゃあ、こう言おうか。青柳さんの事は眼中にない。アウトオブ眼中」
「それはそれでヒドいと思う。あと、アウトオブ眼中って言い方、古くない?」
「あはは」
「え、今笑うトコ? ……まあ、それはそれとして。2人だけで話したい話って、どんな話? 補給に集中したいから、早く済ませてくんない?」
机に頬をすりすりさせながら、青柳さんは言う。
青柳さんが言う補給というのは、青柳さんにとって、一日を元気に過ごすために必要な日課のようなものだ。
そしてそれは、現在進行形で行われている。
正義の席で。
そう、青柳さんが今座っている席は、正義の席なのだ。本当の青柳さんの席は別にある。
つまり補給とは、正義の席でだらだらすることなのだ。
青柳さんは学校のある日は必ず、早朝に来て補給を行っている。俺がこの事を知ったのは、高校に入学してから半年ほど経った頃だった。
ある日、俺は宿題を学校に置き忘れた。その事に気付いたのは帰宅後、しかも時間は21時を過ぎていた。
今から学校に行くのも面倒だし、時間が時間だけに校内に入れるかも分からない。なので、明日早めに学校に行って、宿題をやろうと思った。
次の日の早朝、俺は学校に向かった。時刻は7時。教室に足を踏み入れた俺は、そこでたまたま補給の光景を目にしたのだった。
ちなみに補給のことを正義は知らない。
というか、補給の事を知っているのは、青柳さん自身を除けば、俺しかいないそうだ。だから、青柳さんには、補給の事を口止めされている。
絶対に正義には言うな、と。
もの凄く焦った顔で、そう言われた。
そんな青柳さんは現在、
「えへへー、やっぱ正義の机は良いなぁー、落ち着くなぁー」
幸せそうな顔をしながら机に浸っている。今にも机にキスをしそうな勢いで、机に頬ずりをしている。
それを邪魔するのは心が痛いが、俺は今この場にいる理由をを告げることにした。
「青柳さん。正義は今日、たぶん彼女が出来る」
言葉を告げた瞬間、青柳さんは身体をバッと起こした。先程までの幸せそうな表情とは打って変わって、焦りと不安と困惑が混ざったかのような表情をしていた。
「ど、どういうことだよ!? 彼女って恋人のこと!?」
「そう。静音先輩が正義に告白するかもしれない」
俺はあえて、告白する人が2人であることを伝えなかった。なぜなら、とある事を確かめかったからだ。この発言は、そのための前準備。
「静音先輩? ……あ、そうか! あのハーレム思想のスタンガン女か!」
「正解」
青柳さんは以前、静音さんに、一緒に正義ハーレムに入って欲しいと誘われている。青柳さんはそれを拒否。
言葉での説得を無理だと判断した静音さんは、文字通り、実力行使にて、青柳さんをハーレムに加えようとした。
……が、青柳さんも同じく、実力行使にてそれを防いだ。青柳さんは空手の有段者なのだ。髪を染めてしまったので、今は道場には行けないが。そのため、現在は色々な格闘技の技術を独学で習得し、総合格闘技の使い手となっている。
「……よし、わかった。行くぞ」
青柳さんが席から立ち上がる。
「行くってどこに?」
確信に近い予想はついているが、一応聞いた。
「スタンガン女のトコ。あいつの告白を、力づくで止めるんだよ」
やはり、予想通りの答えが返ってきた。




