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第四章


◆虎上青葉


 昼下がりの日曜日。俺は、昨日似内さんと来た喫茶店にいた。

 席に着いてコーヒーを飲みつつ、人を待っている。席に着いてから1時間程経った頃だろうか。


「おはよう。ごめん、待ったかい?」


 さわやかさを感じさせる、透き通った声がした。俺はその声がした方向に目を向ける。そこには予想通り、正義の姿があった。優しげな顔立ちであり、綺麗に切りそろえられたショートヘアが、イケメンっぷりを更なる高みへと到達させていた。


 俺は首を横に振って言う。

「いや、全然」

 何しろ、まだ待ち合わせに決めた時間より10分程早いのだから。ちなみに、俺が何故1時間も早く此処にいたのかと言えば、正義との待ち合わせが楽しみすぎて、早く来てしまったからだ。


「じゃあ早速、ミーティングを始めようか」

 正義が俺の前の席に座ってそう言った。俺は頷く。

 ここで言うミーティングというのは、俺と正義が行っている、地域の治安を守るためのパトロールについての話し合いの事だ。実は俺と正義は、毎週日曜日にこの喫茶店に集まり、ミーティングを行っているのだ。


「最近、元芝町の方はだいぶ平和になった気がするね。夜中も静かだし」

「やっぱり、警察署が移転してきた事が大きいんじゃないか?」

「じゃあ今度は、移転元の矢羽田町の方が荒れるかもしれない」

「そうだな。矢羽田町は繁華街も近いし」

「よし。じゃあ今週は矢羽田町を重点的にパトロールしよう」

「ああ。了解」


 こんな感じで、毎週ミーティングを行っているのだが、今日の俺はミーティングについては2の次の気持ちだった。それよりも、正義に話したいことがあったのだ。早速、それを切り出す。

「ところで正義。正義は似内さんを知ってるよな?」

「うん、知ってるよ。けど意外だな。青葉も風子ちゃんを知ってたんだ?」

「ああ。実は、妹が似内さんと仲良いんだ。それでつい最近、話すようになった」


 話すようになったきっかけがきっかけであるため、詳しいことは説明出来ない。それが心苦しいが、嘘はついていないはずだ。

「へえ、そうだったんだ。でもよく僕と風子ちゃんが知り合いだって知ってたね?」

「以前、たまたま街で一緒にいるところを見かけたんだ。何か良い雰囲気だったから、話しかけるのは止めたんだけどな。まるでカップルみたいだったし」

 少々焚き付けるつもりで言ってみたが、

「あはは。僕と風子ちゃんはそんな関係じゃないよ」

 あっさりと躱されてしまった。まあいい、本題はそれじゃない。


「まあ、それはそれとして。似内さん、最近ブレファンに興味を持ったらしくてな。正義、ブレファンに詳しかっただろう? だから、初心者に勧めるならどのタイトルがいいか、アドバイスが欲しい」

 俺は今日の本題である、昨日似内さんと約束していたことを聞くことにする。

「うーん、初心者に勧めるなら……、」

 が、そこまで正義が言ったところで、


「あれ? あっくん?」


 ものすごく聞き覚えのある声がした。

「……えっ?」

 俺をそう呼ぶのは一人だけのはず。

「涼香!?」

「やっぱりあっくんだ!」

 俺が目を向けた先には思った通り、涼香の姿があった。

 さらに、


「こ、こんにちは、伊澄先輩。お兄さん」


「似内さんまで!?」

 似内さんまでいるとは。これは予想外だ。

「こんにちは、風子ちゃん。……もしかして、となりにいるのは、青葉の妹さんかな?」

「あっ、はい、はじめまして。虎上涼香です。いつも兄がお世話になっています」

「こちらこそ、青葉にはいつもお世話になっています。伊澄正義です」

 と、正義はそこまで言ったところで、少しの間涼香を見つめて沈黙し、


「青葉に妹がいるのは聞いてたけど、まさかこんなに可愛い子だとは知らなかったな」


 と、爆弾発言を行った。俺は目を丸くする。

 流石、正義。まさかこんなナチュラルに褒め言葉を繰り出すとは思わなかった。

「か、可愛い!? い、いえ、私は別にそんな……」

 突然の褒め言葉に照れてしまったのか、涼香は顔を真っ赤にしていた。


 ……しかしだ、正義。涼香を褒めてくれるのは嬉しいけど、そのくらいにしておいてくれ。似内さんがものすごく複雑な表情をしている。まあ、想い人が別の異性を褒めてたらそうなるのは仕方ないけれど。


 俺は、似内さんのためにも、話の流れを変えることにした。

「ところで涼香。どうしてここにいるんだ?」

 涼香をこの店に連れてきたことはないはずなのに、涼香がこの場にいることに俺は疑問を感じていた。


 その疑問に対し涼香は、

「あ、えっとね、似内さんと一緒に近くで買い物をしてたんだけど、歩き疲れちゃって。

 それで休憩をしようと思ったら、似内さんがこの店を勧めてくれたの。ケーキがすごく美味しいよって! けどまさか、あっくんが居るとは思わなかったから、すごくビックリしちゃった!」

 と、ニコニコしながら答える。


 が、隣では似内さんが、今度はものすごく気まずそうな顔をしていた。涼香が話している最中、チラチラと俺の方を見ては、すぐに目を逸らしてしまっていた。


 なんとなくは察していたが、この店に涼香を誘導したのは似内さんらしい。まあ、似内さんからしたら、昨日の今日だし、俺と正義がこの店にいることは予想外だっただろうけど。この店で会うことは伝えていなかったし。


 ……そういえば、昨日似内さんとこの店に来た時、似内さんはハーレム計画の事を怒りながらも、ケーキをもぐもぐと食べていた気がする。それも結構な速さで。結構な量を。


 あれは、怒りをケーキにぶつけていたわけではなく、ただ単にケーキが美味しかったから、という訳か。確かにここのケーキはすごく美味しいもんな。分かる。思い返せば、席から立ち上がった時も、ケーキはしっかりと完食していたし。


 俺が納得してウンウンと頷くと、それを察したのか、似内さんは顔を赤くしてしまった。

 恥ずかしがることなんてないのに。

 そんな似内さんの様子に、涼香は気づいていないようだった。

「ところで、あっくん達はここで何してたの?」

 と、問いかけてくる。


 さて。2人でコーヒーを楽しんでた。なんて返答は期待してないだろう。かと言って、パトロールミーティングの事を話すのも憚られる。

 別に、パトロールの事は涼香に隠してはいないし、止められてもいないが、パトロールの事を話すと、涼香は心配そうな表情になるのだ。なので、先程、話が途切れてしまっていた事を話すことにした。


「それについてだけど、丁度良かった。実は、似内さんに貸すためのブレファンについて話そうとしていたんだ。ほら、俺よりも正義の方がブレファンに詳しいから、初心者にプレイさせるならどれがいいか話を聞こうと思って」

 続けて、正義の方を見て問いかける。

「なあ、正義はどれがいいと思う?」


「そうだなあ……。ブレファンは各タイトルでストーリーが独立しているから、どのタイトルを遊んでもいいんだけど、個人的には3がいいと思う。

 戦闘もシンプルだし、ストーリーも分かりやすい。ゲーム初心者でも遊びやすいと思うよ」

 なるほど。確かに3は良いチョイスだ。

 最近のブレファンは、ストーリー中に割と専門用語が出てくるし、戦闘システムも過去のシリーズタイトルのものをアップデートしていっているから、何時間かプレイして慣れれば、ストーリーも戦闘も楽しさがぐっと感じられるが、初心者には慣れるまでとっつきづらいかもしれない。

 かと言って、1と2はストーリーが良いものの、まだまだ戦闘システムに粗削りな面がある。それらを踏まえると、3は最適解だと思う。流石、正義。


 じゃああとは3を似内に貸せば良い……と思ったが、ここである事を思いついた。

「ごめん、似内さん。俺、3はもう手放していて持っていないんだ。だからゲーム機しか貸せない」

「あっ、そうなんですか……」

 似内さんが見るからに落ち込んだ。


 涼香が「あれ?」という顔でこちらを見てきたが、俺はアイコンタクトで、少しの間黙っていてほしいことを伝える。それが分かってくれたのだろう、涼香は疑問を言葉にだすことはなかった。

 似内さんに嘘を付くのは心苦しいが、俺がこう言えば多分正義なら…、

「それなら、僕が貸そうか?」

 ありがとう、そう言ってくれると信じていた。

「ほ、本当ですか!? 嬉しいです!」

 似内さんも嬉しそうでなにより。

「ついでだし、ゲーム機もセットで貸すよ。何なら今日このあと、家に取りに来る?」

「伊澄先輩の家に!? は、はいっ! ありがとうございます!」


 それからしばらくの間、俺達は会話に花を咲かせた。

 それは、この店のケーキやコーヒーの美味しさについてだったり、今後の学校行事についてだったり、似内さんと涼香がおそろいで買ったリラックスぱんだについてだったりと、様々な事だった。とても楽しかった。


 途中、正義から際どい質問(俺と似内さんが初めて会った時についてなど)もあったが、それはなんとかはぐらかすことが出来た。

 そして、話すネタが無くなるくらい話し終わると、自然と解散となった。

 似内さんは正義と一緒に伊澄家へと向かい、俺と涼香は自宅へと帰ることにした。






「楽しかったぁっー!」

「そうだな」

 帰り道、俺と涼香は並んで歩きながら、今日の出来事について話していた。

「今日は良い日だったなあ。あっくんと伊澄先輩に偶然会えたし、それに、すごく幸せそうな似内さんが見れたもん。

 似内さん、伊澄先輩と話す時、あんな顔になるんだね。ホント、恋する女の子って、感じだった!」


 言われてみれば確かに、俺から見ても、似内さんはとても幸せそうな顔をしていた。

 やっぱり一般論として、好きな人と一緒にいるとああなるのだろうな。

「実は今日まで、似内さんが伊澄先輩を好きって事をあんまり信じてなかったんだけど、撤回するね。似内さんは伊澄先輩が大好き。確定です。ごめんね、あっくん。疑っちゃって」


 疑う気持ちも分かる。似内さん、学校だと涼香を除いて、ほとんど誰とも話さないらしいし。

 そんな似内さんが正義を好きだということは、似内さんと親しいほど疑問に思ったはずだ。

「別に良いよ。それより、ゲームの貸し出しの時、気を遣ってくれてありがとうな」

 俺は本当の事を黙っていてくれたことに礼を述べた。


「あっ、やっぱりあれってワザとだったんだ」

「ああ。俺はブレイドオブファンタジー3を手放してない」

「だよね。だってあっくん、ゲームは売らない主義の人でしょ? だからおかしいとおもったんだー」

 大正解。俺は今までに手に入れたゲームを手放したことはない。

「ああいう風に言えば、きっと正義が、似内さんにゲームを貸してくれると思ったんだよ」

 期待通り、正義は似内さんにゲームを貸してくれた。本当にありがたい。


「けど良かった。あっくんが思ったよりちゃんと、似内さんと伊澄先輩をくっつけようとしてるって分かって。ハーレムとか言ってたから、もっと変な方法でくっつけるんだと思った」

「変な方法って?」

「無理やり似内さん達をピンチな状況にさせて、そのピンチを伊澄先輩が助ける的な? ほら、吊り橋効果ってあるじゃん」

「いやいやないない」

「だよねー」


 そう言って二人で笑った。

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