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第三章 第七節


 帰り道。


 しばらく俺と似内さんは無言だったが、ある時、似内さんが話しかけてきた。


「あの、お兄さん」

「何?」

「……怒ってます?」

「? いや、別に全然怒ってないけど、どうして?」

 意味が分からず、似内さんの方に目を向け、問いかける。似内さんは気まずそうに俯いていた。


「その、お兄さんには、ハーレムなんて受け入れられないって言ってたのに、静音先輩と話してくうちに、ハーレムを容認するような形になってしまったので、……なんというか、お兄さんの気分を害してしまったかな、と」

 ……なるほど。そういうことか。


「似内さん」

「はい」

「やっぱり、似内さんは良い子だ」

「はい?」

「涼香は良い子と友達になったなあ」

「な、何ですか!? いきなりどうしたんですか!?」

「ん? どうしたって、喜んでるんだけど」

「どこに喜ぶ要素がありました!?」


 むしろ、喜ぶ要素しかない。

「色々あるよ。ハーレムを容認してくれて嬉しいとか、俺を気遣ってくれて嬉しいとか、涼香の友達が似内さんで嬉しいとか」

「嬉しいのオンパレード!? あの、じゃあ、怒ってはないんですか?」

「もちろん、怒る要素なんてないよ。むしろ、感謝してる」

「感謝?」

「うん。俺が言うのもなんだけど、ハーレムなんていう、荒唐無稽なことを受け入れてくれてありがとう」

「あ、やっぱり、現実的でないとは思ってるんですね」


 まあ、そりゃそうだろう。普通に考えて、現代日本でハーレムなんて現実的ではない。

「でも、現実的でなくとも、必ず現実にする」

 だからこそ、そのことを良く踏まえた上で、現実的にしていく事が重要なのだ。

「伊澄先輩が無理と言えば、それまでですけどね」

「無理と言われたら、俺がそれを変えるさ」

「変えられるんですか?」

「ああ。説得してみせる」

「もし説得出来なかったら?」

「意地でも説得する。説得出来ないという選択肢はないよ」


「……何がお兄さんをそこまで駆り立てるんですか?」

「昨日言っただろう? 俺は正義の信者だ。正義のためになることなら、何でもする。

 正義のハーレムを築くことが、正義のためになると思ったから、こうして行動しているんだ」

「でも普通、信者と呼ばれてる人達って、慕っている人の意見には絶対逆らわないイメージがあるんですけど。ハーレムは無理って言われても説得するんですか?」

 確かに信者というのは、一般的にはそんなイメージなのかもしれない。しかし、だ。


「似内さんの言っている信者は、妄信型の信者だ。確かに、妄信型の信者は慕っている人物の意見には絶対に逆らわない。

 けれど俺は、意見型の信者だ。慕っている人物の意見を尊重しながらも、全面的には受け入れない。もっとこうすればいいんじゃないかという案が浮かべば、それを伝えるよ。それが意見型の信者だ」

「信者に妄信型とか意見型とかあるんですね。初めて知りました」

「だろうね。俺が勝手にそう言ってるだけだから」

「えー……」


 そんな会話を続けながら、俺と似内さんは歩き続ける。

 夕方の住宅街には、人気ひとけがあまりなかった。すれ違った人の数は、片手で数えるほどしかいない。とても静かで、話しやすかった。


 でもたぶん、話しやすいと感じるのは、それだけが理由じゃない。似内さんの雰囲気が、昨日や静音さんの家に行くまでと違って、柔らかくなっているからだろう。静音さんのおかげだ。


「そういえば、さっき静音先輩の家で聞きそびれたんですけど、どうして静音先輩って、お兄さんと伊澄先輩と会った日、夜中に出歩いてたんですかね? 静音先輩って、夜中に外で遊ぶようなタイプには見えないんですが」

「ああ、それか。実は、静音さんはその日、新作ゲームを買いに外に出てたんだよ。そのゲームを買った帰り道、3人組の男に襲われたって訳」


「ゲーム? 夜中にですか? ゲーム屋は閉まっているんじゃ……」

「そうでもない。例えば、TSUTAYAやゲオみたいな、レンタルビデオショップだけどゲームも売ってるって店なら、深夜2時くらいまで営業してるよ。

 それに、そういう店じゃなくても、店と発売されるゲームによっては、特別営業として、深夜0時からゲームを売ることもある。

 ブレードオブファンタジーって結構有名なゲームで、少なくとも国内で100万本以上売れるゲームタイトルだから、他店との販売競争に勝つ意味でも、深夜発売するところは割とある……らしいよ。全部正義と静音さんから聞いた話なんだけどね」


「へぇ、なるほど。というか、静音先輩だけじゃなくて、伊澄先輩もゲームに詳しいんですね」

「なにせ、ご両親がゲームを作る仕事をしてるからね。そりゃ詳しいだろうさ」

「そうだったんですか!?」

「そうなんだよ。だから、正義も結構ゲームはする方なんだ」

「……じゃあ、もしかしてなんですけど、静音先輩が深夜に買いに行ったゲームって、伊澄先輩のご両親が作ったゲームだったりするんですか?」


「いや、流石にそこまでの偶然はないよ。でも、正義もブレファン……、あ、ブレファンっていうのはブレードオブファンタジーの略語なんだけど、ブレファンは好きらしくて、静音さんと会うと結構な頻度で、ゲーム談義を楽しそうにしてるよ」

「そ、それは、なんか、ますます静音先輩と伊澄先輩がお似合いに感じてきました……」

「あー……。確かに、ゲームの話に関しては似内さんが不利だな。似内さんって、今までにどのくらいゲームをやったことある?」


「……すみません。私、まともにゲームをやったことがない人間です。ゲームソフトもゲーム機も持っていません。

 ゲームで遊んだのは、遠い昔、まだ私に超能力が目覚める前、というかまだ私に失くす前の友達がいた頃、その子の家でパーティゲームを遊んだ時が最後ですね……」

 似内さんの目から光が消える。

「……なんというか、その、……ごめん」

「いえ……」


 お、おう、居た堪れない。このままではいけない、何とかしようと思い、

「そ、そうだ。じゃあこうしよう。俺も持っている、ブレファンのタイトル1つを、ゲーム機とセットで似内さんに貸してあげよう」

 と、提案した。

「それをプレイしとけば、正義とゲーム話が出来るし、話も弾むかもしれない」


「ほ、ホントですか! それは是非、お願いしたいです!」

 似内さんの目に光が戻る。

 というか、輝いている。どうやら成功のようだ。良かった。

 居た堪れなさから解放されるのと同時に、俺はふと、ある事を思いついた。


「ただ、1つお願いがある。俺と似内さんが知り合ったことを正義に伝えてもいいかな? 当然、超能力関係のことは隠した上でだけど」

「……はい? 別にいいですけど、どうしてこのタイミングで?」


「いや、実は明日、正義と会う予定があるんだ。そこで俺が、似内さんがブレファンに興味を持ったことを正義に伝える。そして、似内さんにおすすめ出来るブレファンのタイトルを聞く。

 そうすれば似内さんに、正義がチョイスしたおススメを貸せる。そしてなにより、似内さんが正義と後日会った時に、自然にゲーム話を切り出せると思ったんだ。

 普段ゲームをしない似内さんが、自分からブレファンに興味を持った、っていうのは少し無理があるし。俺を通じて興味を持ったって言う方が説得力あると思う」


「な、なるほ……」

 似内さんは納得しかけたが、

「あ、今思ったんですけど、静音先輩と知り合ったことは伝えないんですか? お兄さんを通じて興味を持ったと言うより、静音先輩と知り合ったことを伝えた上で、静音さんがブレファンを好きなので興味を持ったという方が、説得力があるんじゃ……」

 と、疑問を投げかけてきた。そう思うのは至極当然だろう。


「うん、それも思ったんだけど、あえてそれはしない」

「どうしてですか?」

「すごく単純な話で、ブレファンに関しては静音さんが圧倒的に詳しいから、正義におすすめを聞いても、静音さんに聞いた方が絶対良いって話になりそうだから。似内さんと静音さんが知り合ったことはまた別の機会に話そう」

「た、確かにそうですね。分かりました」


 それから少しの間、沈黙の時間が流れた。その後、似内さんが今度は何故か恐縮そうな表情をしていたので、問いかけてみる。

「……どうかした?」

 先程の話よりも切り出しにくいようで、似内さんは逡巡していたが、しばらくしたのち、

「……あの、すごく今更なんですけど、昨日お兄さん、ちゃんと帰れました? 私、お兄さんの服をボロボロにしちゃいましたし……。虎上さんから何か言われたんじゃ……」

 と、聞いてきた。


 似内さんの言う通り、似内さんからナイフ投げ攻撃を受けた事で、俺が着ていた服は穴あきやら血まみれやらでボロボロになっていた。

 俺としては、そうなることは充分想定していたため、特に気にしていなかった。

 だが、似内さんはその事についてずっと気に病んでいたようだ。


 俺は、似内さんを安心させるために言う。

「ああ、大丈夫。似内さんと別れた後、念のため持ってきていた替えの服に着替えたし。

 ただ、着ていた服が違う状態で家に入ると、涼香や家族に変に疑われそうだったから、ばれないように家に侵入して自室に入った。ほら、言っただろう? 俺、気配を消したりするのは得意なんだ。

 あ、それと、その後、涼香が自室を訪ねてきて、似内さんと何を話してきたのか聞かれた時も、正義と似内さんをくっ付けるための恋愛話をしてきたとしか言わなかったよ」


「確かに、あの後届いた虎上さんからのメールは、正義先輩との恋愛頑張ってね的な内容でした」

「だろう? だから大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。でも俺の事よりも、月曜日の告白を成功させる事について注力して欲しい。似内さんなら必ず成功できるから。俺はそう信じてる」


「……お兄さんって割と、恥ずかしい言葉を普通に言えるタイプなんですね」

「ん? 恥ずかしい? 俺、今恥ずかしいこと言ったかな?」

 当たり前の事を言っただけなのに。

 俺が戸惑っていると、似内さんは何故か、穏やかな表情を浮かべた。




「言ってましたよ。相手に面と向かって信じてるだなんて、普通は恥ずかしくてなかなか言えないです。

 だけど、そういうのを気にしないのが、お兄さんの良いところなのかもしれませんね」




 そう言って、似内さんは微笑んだ。


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