第三章 第三節
それでもなんとか、似内さんと静音さんを落ち着かせ、普通に話が出来る状態にした。
「つまりね、似内さん。静音さんは、正義のハーレムに加わることを望んでいるけど、それと同時に、自分がハーレム主であるハーレムを作ろうとしているんだよ」
「いや、つまりとか言われても困るんですけど……」
似内さんは混乱しているようだ。
「……早間先輩は、伊澄先輩の事が好きなんですよね?」
「うん、大好き」
「それなのに、お兄さ……虎上先輩の事も好きなんですか?」
「もちろん。青葉君も、正義君と同じくらい大好きだよ」
「……どちらか1人だけを選ぼうとは思わないんですか?」
「全然?」
静音さんははっきりと言う。
「どちらかだけを選ぶなんて、もったいないから」
「……え? もったいない? もったいないってどういう……」
「あ、もしかして。似内ちゃんって、誰かを好きになるってことを、普通のことだと思ってる?」
そう思うのは損してるよ? とでも言うかのような表情で、静音さんは言った。そして、
「それは普通じゃなくて、奇跡って言うんだよ?」
そう言って、ニッコリと微笑んだ。
「私はね、幸運な事に、容姿にはすごく恵まれたから、小さい頃から男の子によく告白されてたんだ。回数を忘れちゃうくらい多かった。
だけど残念ながら、その中に好きな男の子はいなかったの。それどころか、ここ最近まで、恋愛的な意味で男の子を好きになったこともなかった。
というかそもそも、私って人でもモノでも、強く好きになれるのってあんまり無いんだ。だから趣味も、素直に2次元関係って言っていいのか分かんない」
それを聞いた似内さんが首を傾げる。
「え、でも、この部屋を見る限り、ゲームや漫画が大好きなように見えるんですが……」
「じゃあ試しに、何でもいいから、その辺に落ちてるモノのタイトルを何個か言ってみてくれる?」
「タ、タイトルですか?」
似内さんは自分の周りにあった、複数の散乱物を手に取る。
「えっと……。まず、ブレードオブファンタジー4」
「次」
「ブレードオブファンタジー5」
「次」
「ブレードオブファンタジー3 another side story 第2巻」
「次」
「ブレードオブファンタジーマガジン4月号」
「次」
「ブレードオブファンタジー2 オリジナルサウンドトラック」
「次」
「ブレードオブファンタジー 公式アンソロジーブックvol.8」
「さて、似内ちゃん。これらの共通点は何でしょう?」
「全部、ブレードオブファンタジー!?」
似内さんは周りを見渡し、散らばっているモノのタイトル確認する。そして、気づいた。
この部屋にある2次元関係のモノが全て、ブレードオブファンタジーに関係するものだという事を。
「その通り、大正解。私はね、漫画とかゲームが好きなんだけど、それはブレードオブファンタジー限定なんだ」
「な、なぜ?」
「うーん、自分でも不思議なんだけど、ブレードオブファンタジー以外のゲームや漫画があんまりハマれないんだよね。
試しに、ネットとかで話題になった流行りのゲームとかをプレイしてみても、微妙に感じるというか」
「ちなみに、他には何か趣味はないんですか?」
「無いよ。……あ、ごめん、あった。青葉君をからかうこと」
「それは趣味じゃないです、いじめです」
静音さんの発言をスルー出来ず、俺は話に割り込んだ。
「いじめじゃないよ、愛情表現だよ」
「どっちにしても止めて下さい。訴えますよ」
「嘘、こんなか弱い女の子を訴えるっていうの?」
「ホントにか弱い女の子は、スタンガンなんて持ってないと思います」
「スタンガン!?」
似内さんが驚愕の表情を浮かべる。
「早間先輩、スタンガンを持ってるんですか!?」
それに対し、静音さんはあっけからんと、
「うん、持ってるよ」
そう言った。
「持ってると色々便利だし」
「便利!?」
「そうだよー。例えば、夜中に1人で歩いていて、変な男達に囲まれても、対処できるし」
「そうですね。男3人相手に、傷1つなく、めんどくさそうな顔で倒してましたしね」
「そうそう」
「……どうして、早間先輩もお兄さんも、実際にあったかのように話すんですか? まさか……」
いやな予感がするとでも言いたげな表情で、似内さんは言う。
それに対し俺は、心苦しいが、現実を突きつける。
「そう、実際にあったんだ。ホントにビックリしたよ。
あれは、正義とのパトロール中の出来事だった。
危険な目に遭ってる人……、いや、正確には、危険な状況にある場所。
それが超能力で分かり、その場に駆けつけてみたら、静音さんがスタンガンで最後の1人を倒してるシーンに遭遇。
最初は俺も正義も意味が分からず、少しの間放心してしまった」
俺の話を聞いて静音さんがにこやかに言う。
「うんうん。今から思えば、あの時の青葉君と正義君の表情はレアだったなあ。特に正義君は、あれ以来あんな顔見れた事ないし」
「そりゃそうですよ。誰だってあんな顔になるでしょうよ。その直後のバトルを含めて、刺激的すぎるファーストコンタクトでしたよ」
「あはは、そうだったねー」
あっけからんと言う静音さんに対し、
「早間先輩はお兄さんの超能力の事を知ってるんですね……。でもそれより、バトルって一体どういうことなんです……?」
似内さんが正当な疑問を問いかけてくれた。
うん、何だろう。似内さんが割と常識的な人だからだろうか。似内さんに癒しを感じ始めている自分がいる。
なんというか、アレだ。
満員電車に乗ってしまって、『ああ、このまま目的地までずっとこうなのかなあ』と、立ってつり革に何とか掴まりつつ思っていたら、次の停車駅で目の前の席に座っていた人が降りて、その席に座れて『良かったあ』と思う、あの感覚に近い。
……近いのか? どうだろう? 自分でもよく分からなくなってきた。
まあ、それはさておき、似内さんの疑問に答えるとしよう。
「バトルは文字通り、バトルだよ。俺と正義は、静音さんと戦ったんだ」
「なんでまたそんなことに!?」
「いや、最初にあの光景を見た時は、静音さんが男達に襲われたところを、正当防衛としてスタンガンで倒したのかなって思ったんだ。
けど、冷静に考えてみると、スタンガンを持った10代の女の子ってどう考えても普通じゃないし、おまけに襲われたとは思えない程すごく冷静だったし、もしかしたら、この女の子が男達を襲ったってケースも考えられるな、って思ったら、」
「私が『次は君達?』って言った後、襲いかかっちゃったんだよね。それでバトルになっちゃった。
でもほら、一応理由を言わせてもらうと、いくら私がスタンガンの扱いに慣れてるからって、男2人相手じゃ、隙を狙わないと勝てないし、先手を打ったというか」
「直前に男3人を倒してる人の発言とは思えないですね!? 静音さん、ホントは戦闘狂かなにかじゃないですか?」
「そんなことないよー。集中すると周りが見えなくなるだけ。それに、襲いかかったのはいいけど、すぐに正義君にスタンガンを取り上げられちゃったし」
「その前に俺を倒しましたけどね。スタンガン、滅茶苦茶痛かったんですよ?」
「それはごめんなさい。私が悪かったです」
珍しく、静音さんが頭を下げた。
そのため、俺は強く言えなくなる。
「……もう過ぎたことなのでいいです。俺も迎え撃っちゃったのは事実ですし」
それに気を良くしたのか、静音さんは再びニヤケ顔になる。
「さすが青葉君。優しいね。お礼に私のハーレムに入る義務をあげる。あ、権利じゃなくて義務って言ったのは、強制って意味だからね」
「そんな義務は全力でお断りします」
静音さんが不満そうに頬を膨らませるが、知ったことではない。
俺は、スタンガンにやられた後の話に戻す。
「俺が気絶してる間、正義が正しい経緯を静音さんから聞き出してくれた。それでようやく静音さんが被害者側だったって分かったんだ。
そしてそのあと俺も目を覚まして、3人で話している内に、お互いが同じ学校に通う生徒だって分かって、友達になったという訳。分かったかな、似内さん?」
「……」
「似内さん?」
似内さんの方に目を向けてみると、まるで意識がないような遠い目をしていた。
「似内さん、大丈夫?」
再び問いかけてみると、はっとした顔をして、
「……あ、はい。大丈夫です。ちょっと、情報量の多さと超展開に、頭が追いついてなかっただけです」
と言った。
「あはは。そうだよね、割と超展開だよね。でもそれが、青葉君と正義君との出会いだったの。正直、この出会いの時点で5割くらいオトされちゃった」
静音さんは頬に手を当て、照れているような仕草をした。
対して似内さんは、
「5割!? そんな惚れるような展開ありましたっけ!? 特にお兄さんなんて、速攻でやられちゃって、惚れるような場面がまるでないように感じましたけど!?」
と、ごもっともな意見を述べた。
にもかかわらず、静音さんは「そんなことない」と首を振る。
「あったよー。充分あった。でもその理由を詳しく言うのは、なんか野暮になっちゃうから言わない。ごめんね」
「え、いや、謝る必要はないですけど……。こちらこそすみません」
似内さんのほうがよっぽど謝る必要なんてないのに、そう言って頭を下げた。
それを見て俺は、良い意味で、真面目な子だなあ、と思った。俺の事をピュアだと言っていたが、似内さんのほうがピュアだと思う。
静音さんも似たようなことを思ったのか、
「やだ、やっぱ可愛いー!!!」
そう言って、似内さんに抱きついた。
「きゃっ!?」
似内さんが顔を真っ赤にしている。
その様子を見て、静音さんは笑いながら言う。
「あはは、ごめんね。似内ちゃんの反応が可愛くて、つい。でもこれなら、大丈夫かな。似内ちゃんとは仲良くやっていけそう」
「? どういうことですか?」
「正義ハーレムの一員として、仲良くやっていこうね、って話だよ」
「わ、私は、ハーレムの一員になる気はありません!」
「そうなの? でもあたし、似内ちゃんの事がすごく気にいったから、一緒に正義ハーレムに入って欲しいんだけどなー」
「む、無理です! い、言い方はちょっとアレですけど、私は、伊澄先輩を独り占めしたいんですから! 他の女の人と一緒に伊澄先輩と付き合うなんて出来ません!」
まあ、普通はそうだよな。ハーレムを受け入れる女の子は限りなく少ないはずだ。
静音さんが自分のハーレムだけではなく、正義のハーレムも受け入れているのは、『自分が複数の男の子を好きになってるのに、相手の男の子は自分だけを好きでいなければならないのは、不公平だから』という理由からだった。
しかし、似内さんは違う。今の似内さんは、ハーレムを受け入れることはない。
だから、あらかじめ手を打っておいた。
俺は静音さんの方に視線を向ける。静音さんは小さく頷き、似内さんに向かってこう言った。
「そっか、残念。それじゃあ私、来週の月曜日の放課後、1人で正義君に告白するね」